冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第一章 出会い編

ルーファスの飼い猫

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「どうして、君は…、いつもいつもそうやって男を煽るような事ばかり言うんだ。」

ルーファスは唇を噛み締め、何かを堪えるかのように吐き出した。

「…昨日の言葉は、嘘じゃない。あれは、君が相手だったからだ。」

「え…、」

「幾ら酔っていたからと言って、何とも思っていない女にあそこまでする訳ないだろう。そこまで、俺は見境ない男じゃない。」

リスティーナはルーファスに押し倒され、両手首を掴まれ、押さえつけられてはいるが…、その拘束は見た目ほど強くないことに気が付いた。手首を掴まれているのにそこまで痛くない。
ここでリスティーナが少し力を込めれば、簡単に振り解けそうな弱い拘束。
彼はいつでもリスティーナが逃げられるように力を弱めてくれているのだ。

「酔っていたからこそ、本音が出てしまったんだ。本当は…、君を犯したあの日から…、もう一度君を抱きたいと思っていた。」

リスティーナは初めて知る事実に目を見開いた。
ルーファスはゆっくりとリスティーナの手首を掴んでいた手を離し、そのまま頬に触れた。

「君に言うつもりはなかった。ずっと隠すつもりだった。俺にその資格はないと思っていたから。
なのに…、君にそんな事を言われたら…、期待するだろう。」

「殿下…。」

知らなかった…。私の事、そんな風に思ってくれていたなんて…。

「これでも、君は嫌じゃないと言えるのか?…今なら、まだ逃がしてやれる。嫌なら嫌だとはっきり言ってくれ。」

「嫌じゃないです。」

リスティーナはそっと彼の手に触れる。ルーファスの手が動揺したように一瞬、ピクッとしたが払いのけることはしなかった。

「わ、私…、実は殿下に言っていなかったことがあるんです。」

リスティーナの言葉にルーファスは無言でこちらを見つめる。

「で、殿下は満月になるとその…、身体が熱くなってしまうのでしょう?で、ですから次の満月の時に私でよければ殿下のお相手をできないかと思って…、」

「っ、な…、」

「で、でも、こんなはしたない事を言ったら、殿下に引かれるのではないかと思ってずっと言えなかったんです。で、ですから…、昨日殿下にあんなことを言われても、嫌じゃありませんでした。今だって…、」

そこまで言って、リスティーナは思わず彼の手から逃れるようにして、顔を横に向けた。恥ずかしくて、それ以上彼の顔が見れなかった。
その時、ギシッと音がした。顔の真横に彼の手が置かれ、そのまま影ができる。
反射的に見上げると、思った以上に近い距離に彼の顔があり、リスティーナは頬を赤くした。

「で、殿下!?」

「本当か?」

「っ…、は、はい…。」

確かめるように問われ、リスティーナはコクン、と小さく頷いた。
数秒黙ったままのルーファスがじっとリスティーナを見つめた。今度は目を逸らさなかった。
吸い込まれそうな深い闇色の目…。目を逸らさずに見つめ続けていると、その闇色の目が近付き、気が付いた時には唇が重なっていた。リスティーナは一瞬、目を見開くがすぐに目を瞑り、彼の口づけを受け入れる。そのままそっと唇を離され、ルーファスはこちらを窺うように見つめた。

「…すまない。嫌だったか?」

リスティーナはい、いいえ!と言いながら、首を横に振った。

「そうか…。」

ルーファスが微かにフッと口元を緩めた。ホッとしたような表情にまた胸が高鳴った。

「もう一度…、してもいいか?」

「はい…。」

リスティーナは小さく頷いた。視線を合わせ、もう一度彼と唇を重ねる。
口の中に彼の舌がヌルッと絡みつき、クチュ、チュク、と卑猥な音が洩れた。
ハア…、と甘い吐息を洩らし、そっと彼の腕に縋りつくように触れる。
その時、扉がノックされる音が響いた。

「リスティーナ様。もう、お目覚めになられていますか?」

「す、スザンヌ!?」

リスティーナは我に返ると、バッと彼と距離を取った。ルーファスも反射的に身体を離し、ベッドの端に腰掛けた。リスティーナは髪を手櫛で整え、火照った頬を冷ますように手を当てたりとしながら、慌ててスザンヌに返事をした。

「おはようございます。ルーファス殿下。リスティーナ様。」

「お、おはよう。スザンヌ。」

ルーファスと不自然な位に距離を取り、顔を赤くしたリスティーナはそう答えるのが精一杯だった。



スザンヌが起こしに来たことで彼との口づけは中断となった。
着替えをすませたリスティーナはそのまま彼と向き合った状態で朝食を食べているがシーン、と気まずい沈黙が続いている。
リスティーナはさっきから俯いていて、彼の顔を直視できずにいた。

「どうした?食欲がないのか?」

「い、いえ!そんな事は…、」

ルーファスに話しかけられ、リスティーナは慌てて否定した。
確かにさっきから全然食事が進んでいない。でも、それは彼も同じことだった。

「で、殿下こそ、あまり食べていらっしゃらないようですが…、」

「俺は元々、食が細いから気にするな。」

「そ、そうなんですか。」

彼が細いのは病弱だけじゃなく、少食であることも関係しているのかもしれない。
リスティーナは思わず心の中で納得してしまう。

そういえば、前回一緒に食事をした時も彼はほとんど食事に手を付けなかった。
スープと果物を齧っただけで後は紅茶を飲んだだけだった。今だってそう。
彼の前に置かれたサラダや厚切りのベーコン、パン等は手を付けられてない。
特に野菜系の料理は一切、手をつけていなかった。あれだけでは、栄養が足らないのではないだろうか。
栄養を採れば、少しは彼の身体も良くなるかもしれない。
あの時は、言えなかったが今なら…、リスティーナは勇気を出して口を開いた。

「あ、あの…、殿下。せめて、お野菜だけでも食べられては如何ですか?スープと葡萄だけでは栄養が足りないかと思いますし…、」

ピタッと紅茶を飲んでいたルーファスの手が止まった。

「……。」

そのまま、じっとある一点を見つめた。そこには、彩り豊かなサラダがあった。
何となく、彼の表情が固まっている気がして、リスティーナはもしかして…、と一つの可能性を口にした。

「あ、あの…、違ったらすみません。もしかして、野菜がお嫌いなのですか?」

ピシッ、と今度こそ固まったルーファスにリスティーナは確信した。ということは、私…、嫌いな物を彼に勧めていた?

「ご、ごめんなさい!私…、そうとは知らず…!」

「ち、違う。…別に嫌いではない。食べる必要を感じていなかっただけだ。」

そう言って、彼はフォークを手に取った。そのまま、リスティーナが口を挟む間もなく、フォークにトマトを突き刺すと、口に入れた。
無表情で咀嚼するルーファスだったが、何となく不味そうに食べている様に見える。
そのまま、彼は黙々とサラダや野菜を食べ続けた。

「あ、あの…、殿下。無理はしなくても…、」

「別に無理はしていない。」

彼は無表情のまま、全ての野菜を食べきった。でも、その後に紅茶を飲んでいた。
あれは、多分、口直しだろう。飲む量が少しだけ多かった気がする。
無理をさせてしまったかなと思うが、彼が野菜嫌いだなんて一面がある事をリスティーナは初めて知った。何だか、子供っぽい一面に可愛らしいと感じてしまう。

「何だ?こちらをじっと見て。」

「い、いえ。何でもないんです。…ただ、このパン、美味しいなと思っただけで…。」

リスティーナはそう言って、誤魔化し、クロワッサンを手に取った。
クロワッサンを摘みながら、リスティーナはあ、とある事を思い出した。そういえば、私、殿下にまだドレスのお礼を言っていない。

「あ、あの…、殿下。昨日は言いそびれてしまいましたが…、先日は素敵なドレスをありがとうございました。」

「礼なら、もう手紙で受け取ったから気にしなくていい。」

「いえ。それとこれとは…。本当なら、直接お礼が言いたかったんです。でも、殿下にはいつ会えるか分からなかったので…、」

「君は義理堅いのだな。」

「そ、そうでしょうか?」

ルーファスの言葉にリスティーナは照れたように俯いた。

「君の好みが分からなかったから、適当に選んでしまったが…、あのドレスは気に入ったか?」

「は、はい!勿論です!素敵なドレスをありがとうございます。」

「そうか。なら、いい。」

リスティーナの言葉にルーファスはフッと口元を緩めた。彼といるこの時間がとても心地いい。このまま、時間が止まってしまえばいいのに…。
食事が終わり、食後のお茶を飲んでいると、不意に扉の外から騒がしい声が聞こえた。

「嫌ああああ!猫お!猫がいるわ!」

甲高い悲鳴と何かが裂ける音がした。

「きゃあ!?わ、私のドレスが…!」

バタバタと何かが駆け回る音に思わず顔を上げる。

「騒がしいな。」

ルーファスも部屋の外に視線を向ける。

「様子を見てまいります。」

スザンヌがそう言って、扉を開けた瞬間、いきなり黒い猫が部屋に飛び込んだ。

「きゃあ!?」

スザンヌが驚いて、悲鳴を上げている間に猫はタタッとルーファスの元に一直線に駆け寄った。
そして、ルーファスを見上げて、みゃあ、と鳴く黒猫はルーファスの足元にちょこんと座った。

「ノエル。」

「殿下。その猫を知っているのですか?」

「俺の飼い猫だ。ノエル。お前は、また部屋から脱走したのか。」

呆れたように呟くルーファスにノエルはみゃあ、と鳴いた。
可愛い…。殿下の飼い猫だったんだ。そう思っていると、黒猫がこちらに目を向けた。
あ…、この猫、左右の目の色が違う。リスティーナは黒猫をまじまじと見つめる。
黒猫は右目が紅色、左目が青色をしたオッドアイの猫だった。
オッドアイの猫なんて、初めて見た。綺麗…。思わず黒猫に見惚れていると、猫がトコトコとリスティーナに近付いた。そのまま、ピョン、とリスティーナの膝に飛び乗った。スリスリと擦り寄ってくる猫にリスティーナはキュン、とした。

「か、可愛い…!」

「おい。ノエル。勝手に…、」

リスティーナはよしよしとノエルの頭を撫でた。
ルーファスがノエルを嗜めようとするが、その瞬間、バン!とノックもなく、部屋に乱入者が現れた。
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