冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第一章 出会い編

オッドアイ

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「逃がさないわよ!」

「だ、ダニエラ様!?」

乱入者はダニエラだった。いつもは、綺麗に整えられた髪が乱れ、ドレスの裾が少し破れている。
いつも悠然とした顔をしているのに今日は余裕がなく、ハーハーと荒い息を吐いている。
顔は怒りで赤く染まり、それだけで迫力があった。

「見つけたわ!もう逃げられないわよ!」

ダニエラは荒い足音を立てて、こちらに近付いた。怒りのあまり、ルーファスがすぐそこにいる事にも気づいていない。

「リスティーナ様!その猫をこちらに渡しなさい!」

「え、ええ…?あ、あの、ですが、この猫は…、」

「その猫は私を引っ掻いた上にドレスを破いたのよ!今すぐ殺してやるわ!」

ダニエラの言葉にリスティーナはギョッとした。ギュッとノエルを庇うように抱き締める。

「こ、殺す…!?そ、そんな…、それ位で殺すなんて…、」

「それ位ですって!?」

「あ…、」

失言だったと気づくがもう遅い。ダニエラは目を吊り上げ、リスティーナに詰め寄った。

「私を誰だと思っているの!?私は公爵令嬢よ!その私に傷をつけたのよ!?それだけで十分…!」

「うるさいぞ。ダニエラ。」

「はあ!?気安く私の名を…!」

ルーファスの言葉にダニエラがクワッと食いつくようにして視線を向ける。
が、ルーファスを目にした瞬間、固まった。そして、顔を青褪め、手にしていた扇を取り落とした。

「な…!?る、ルーファス殿下!?な、何故あなたがここに…!?」

「何でも何も、ここは俺の後宮だが?」

何か問題でもあるのか?と目を細めて聞くと、ダニエラはヒッ!と悲鳴を上げて、

「し、失礼しますわ!」

一目散に逃げだすダニエラとその後に続くダニエラの侍女達。
満足に挨拶もなく、悲鳴を上げて、逃げ去る彼女達にリスティーナは唖然とした。
幾ら彼女が元は公爵令嬢で正妃という位にあるとはいえ、あんな失礼な態度を取るなんて…。
ルーファスを見つめるが、彼は気にした様子もなく、紅茶を啜っていた。

「ノエル。悪戯も大概にしろ。」

ルーファスの言葉にリスティーナの腕の中にいた黒猫はにゃあ、と鳴いた。
まるで人間の言葉を理解しているみたい。
それにしても、彼がいてくれたおかげで助かった…。
私一人だけだったら、あのダニエラを言い負かすことなんてできなかっただろう。
ホッとして、リスティーナは腕の中にいるノエルを見つめ、その愛らしさに目を細めた。

「フフッ…、可愛いですね。殿下は猫がお好きなんですか?」

「別に普通だ。昔、王宮の庭にひょっこり現れて、そのままついてきたから、なりゆきで飼っただけだ。」

「そうなんですか。殿下は猫に好かれやすいんですね。」

「そうでもない。俺に懐く猫なんて、ノエルだけだ。…しかし、珍しいな。ノエルは俺以外に懐かない。他人に触れられるのを嫌うし、少しでも近づくと、威嚇するのに君には平気なんだな。」

「え?そうなんですか?」

こんなに人懐っこいのに…。リスティーナは撫でていた手を止め、思わずノエルを見下ろした。
すると、ノエルが不満げな声を上げる。すぐにリスティーナはノエルの喉元を擽った。
ゴロゴロと喉を鳴らすノエルにリスティーナはそんな風には見えないなと思った。

「ノエルは君を気に入った様だ。ここまで他人に触らせるなんて初めて見た。君も猫に好かれやすいんだな。」

「好かれやすいかは分かりませんけど…、私も猫は好きです。」

リスティーナはそう言って、微笑んだ。

「この子、ノエルって名前なんですね。殿下が名付けられたのですか?」

「ああ。」

「可愛い名前ですね。何か由来でもあるのですか?」

リスティーナが何気なく、そう聞くと、不意にルーファスの表情が強張った。
だが、それは一瞬のことだった。

「…いや。ただ何となく付けただけの名前だ。特に理由はない。」

「あ…、そ、そうですか。」

まただ…。リスティーナは微かに彼の目に影が宿ったことに気付いていた。悲しみと苦しみが混ざり合った感情…。彼の顔が傷ついた様に暗い影を落としていたように見えた。
リスティーナはその理由を知りたいと思った。でも…、こんな事を私なんかが聞いていいのだろうか。
そんな葛藤をしていると、ノエルがこちらを見て、にゃあ、と鳴いた。リスティーナはノエルを見て、微笑みながら頭を撫でた。
結局、彼に聞くことはせずに話題を変えることにした。

「ノエルはオッドアイの猫なんですね。私、オッドアイの猫なんて初めて見ました。オッドアイってこんなに綺麗なんですね。」

ノエルの目の色を見ながら、にこにこと思ったままの事を口にすると、ピクッとルーファスは一瞬、肩を震わした。

「綺麗…?」

「ええ。殿下も綺麗だと思いませんか?」

リスティーナはノエルの脇に手を入れて、抱き上げると、じっとノエルの目の色を見つめる。
赤と青の対照的な色合い…。透き通った瞳は見ているだけで吸い込まれそう。

「君は…、オッドアイを持った人間に会ったことはあるか?」

ルーファスの唐突な質問にリスティーナは首を傾げた。

「オッドアイの方ですか?いいえ。実際にお会いしたことはないです。オッドアイを持つ人間はかなり珍しいと聞きますし…、」

リスティーナはノエルを膝の上に乗せながら、そういえば…、と続けて言った。

「魔法史では偉大な魔術師がオッドアイの持ち主だったという話は有名ですよね。
あ、確かローゼンハイム国の先代皇帝、ケルヴィン様もオッドアイだったんですよね?」

「よく知っているな。」

「この国に来てから、歴代皇帝にまつわる歴史書を読んだことがあったので…。ケルヴィン皇帝は殿下のお爺様ですよね?」

「ああ。俺が生まれる前に亡くなっているから会ったことはないが。」

「そうなんですか。ケルヴィン皇帝も青い目と赤い目のオッドアイだったんですよね?とてもお美しい方であったとか…。ノエルと同じだなんて凄い偶然ですね。」

「…そうだな。」

ルーファスの父であるハロルド三世は先代皇帝の息子だが、オッドアイの持ち主ではなかった。
先代皇帝は黒髪に青と赤い目をしたオッドアイの持ち主だったが、ハロルド三世は黒髪黒目の容姿だ。

「君は…、オッドアイを気持ち悪いとは思わないのか?」

ルーファスがこちらをじっと見つめながら、そう訊ねた。
その声は少し震えていて、弱弱しいものだった。
リスティーナを見る目は何かを窺うかのようで…、何かを恐れているかのようだった。
オッドアイでもないルーファスがどうしてそんな質問をするのか分からなかったが…、リスティーナは正直に答えた。

「まさか。そんな事思いません。こんなに神秘的で美しいのに…。」

リスティーナはノエルの目を見つめながらそう言った。

「そうか。」

そう言ったルーファスは何処となく安堵したように見えた。
どうして、彼がそんな反応をする理由が分からなかった。
ルーファスは数秒、何かを考えるように黙り込んだ。リスティーナが声を掛けようとした時、彼が口を開いた。

「もし、興味があるのなら…、祖父の肖像画が俺の部屋にある。君さえ良ければ見に来るか?」

「え!?いいのですか?あ…。ですが、私は後宮からは…、」

ルーファスの誘いにリスティーナは嬉しそうに顔を輝かせるがすぐに顔を曇らせる。
側室であるリスティーナは許可なく、後宮から出ることは許されない。その不安を口にすれば、

「後宮の主である俺が許可すれば問題ない。それに、俺の部屋は王宮とは離れた別の建物にある。
だから、そこまで畏まる必要はない。」

後宮の外に出られる。それは一時の自由を与えられたようでリスティーナは心が弾んだ。
リスティーナはコクン、とルーファスの申し出を受け入れた。
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