冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第一章 出会い編

ケルヴィン皇帝の肖像画

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リスティーナはノエルを抱きながら、ルーファスの後に続いた。ルーファスが通り過ぎる度に騎士や使用人達はあからさまに怯え、避けた。侍女の何人かはまるで化け物にでも遭遇したかのように顔を青褪め、逃げていく。

「こっちだ。」

ルーファスはそんな周囲の反応に気にする素振りもなく、案内をしてくれる。
慣れているかのような態度にリスティーナはやるせない気持ちを抱いた。

やがて、二人は王宮から少し離れた奥まった所にある別館に辿り着いた。
王宮の建物よりも質素な外観だ。煌びやかな王宮と比べると劣って見える。それでも、建物自体は頑丈に造られており、しっかりと手入れがされ、警護もついている。同じ離れでもリスティーナが母国で暮らしていたような離宮とは全然違う。彼の後に続きながら、リスティーナは辺りを見回した。使用人がほとんどいない。王族であり、第二王子である殿下ならもっといてもいい筈なのに…。

「どうした?」

「あ、いえ…!ただ、あの…、使用人の数が少ないのではと思いまして…、」

「ここにいる使用人は十人にも満たない。後は全員、辞めた。」

「え。」

「余程、俺が怖いらしいな。まあ、俺というよりも呪いが移るのが恐ろしくて堪らなかったのだろう。」

自嘲するルーファスにリスティーナは言葉に詰まった。

「それに、派遣された使用人は信用ならない。」

「ど、どうしてでしょうか?」

「俺の命を狙った暗殺者が紛れているからな。」

暗殺者。リスティーナは息を呑んだ。
そうだった。彼は何度も殺されかけて、その度に…。
リスティーナは腕の中にいるノエルをギュッと抱き締めた。少し強く抱き締めたせいかノエルが抗議の声を上げるように鳴いた。慌てて腕の力を緩める。
やがて、大きな白い扉の前に着くと、ルーファスは扉の取っ手を掴んで、中に招き入れた。

「あ、殿下!お帰りなさい!遅かったですね。そうだ。ノエルの事なんですけど…、」

部屋に入ると、使用人らしき格好をした人が出迎えてくれた。そこには、水色の髪に同色の目をした愛らしい美少女がいた。
白い肌にぱっちりとした大きな瞳、薄い唇…。華奢な身体…。紛れもなく、美少女がそこに立っていた。まるでお人形さんみたい…。
何故かスカートではなく、ズボンを履いており、従者のような恰好をしている。
事情があって、男の振りをしているのだろうか?

美少女もリスティーナを見て、驚いたように目を見開いた。
こんな綺麗な子が使用人…?私なんかより、全然お姫様らしい。そう思っていると、

「って、え!?で、殿下!だ、誰ですか!この美女は!?」

「俺の新しい側室だ。」

「え、ってことは、この方がリスティーナ様!?」

美少女はリスティーナを見て、動揺していた様だが、我に返ると、慌てて一礼した。

「し、失礼しました!リスティーナ様。僕は、ルカ・ド・ラーヴェと申します。殿下の従者を務めさせて頂いております。」

「え…、ぼ、僕?あ、あの…、ごめんなさい。こんな事をお聞きするのは失礼なのですが…、あの、あなたは男性…、なのですか?」

「へ?あ、はい。そうですよ。よく女に間違えられるんですけどね。」

キョトンとした後、ルカは苦笑して頬を掻きながらそう言った。
リスティーナは嘘…!と悲鳴を上げそうになったが寸での所で押し留まった。
どう見たって、美少女といった見た目なのにまさか男性だったなんて…!
ズボンを履いているのも男装しているのかと思っていた。声も高いのでてっきり、女性なのかと勘違いしていた。衝撃的な事実にリスティーナは固まってしまう。

「リスティーナ姫?どうした?」

「ッ!し、失礼しました。えっと、リスティーナと申します。初めまして。突然、お邪魔してしまい申し訳ありません。」

ルーファスに話しかけられ、リスティーナは我に返ると、慌ててルカに挨拶を返した。
そんなリスティーナにルカはびっくりしたように目を見開き、やがてニコッと嬉しそうに笑うと、

「いえいえ!どうぞ、ごゆっくりなさって下さい!」

ルカは今、お茶をご用意します!と言って、慌ただしく部屋を出て行った。

「る、ルカさんってだ、男性の方だったんですね。私、てっきり女性の方かと…。」

「ああ。あいつはしょっちゅう女に間違えられるから、気にするな。」

「殿下はルカさんにお会いした時、女性だと間違えなかったのですか?」

「間違えるもルカに初めて会った時俺の目はほとんど見えていなかったし、せいぜい髪色でしか判別できなかった。まあ、確かに見えるようになった時は女みたいな顔だと思ったがあいつが男なのはとっくに知っていたからな。」

そう言って、ルーファスはリスティーナに長椅子に座るように促すと、

「少しここで待っていてくれ。」

そう言って、奥の部屋に向かった。リスティーナは改めて室内を見回した。
ここが殿下の部屋…。全体的に薄暗い。本がたくさんある。薬のような匂いもした。
その時、ルーファスが戻ってきた。

「これが先代皇帝の肖像画だ。」

「わ…。見てもいいですか?」

「ああ。」

ルーファスから手渡された肖像画を見つめる。そこには、黒い髪を靡かせ、蒼と紅の二色の瞳をした美しい青年が王冠を被り、玉座に座っている絵だった。
そこには、一国の王にふさわしく、堂々として、王としての威厳のある青年王の姿が描かれていた。何より…、絵の青年は誰よりも美しい。

「先代皇帝は本当に綺麗な方だったんですね…。私、こんなに美しい方は初めて見ました。」

同じ人間とは思えない程に整った完璧な美貌…。
肖像画でこれなら、実物を前にしたら、あまりの美しさに卒倒してしまいそうだ。

「先代皇帝はとても立派な君主だったそうですね。民からは賢帝と呼ばれていたとか…。」

「…ああ。祖父は賢い上に魔力も高く、優秀な魔法の使い手でもあった。武勇にも優れて剣の腕も国一番の使い手だったらしい。」

「凄い…。魔法も使えて剣も強く、その上賢いだなんて…。」

「先代皇帝は欠点を見つけるのが難しいといわれる程、あらゆる才能に満ち溢れた人物だったようだ。
祖父は父上と違って、争いを好まぬ平和主義者であったから、戦争を行わずに交易と外交に力を入れて平和的に国を統治した王だったらしい。」

「立派な方だったんですね。」

「そう、だな。…完璧過ぎて、嫌になる位に。」

「え?」

ルーファスの低く呟かれた声にリスティーナは首を傾げた。
今、何て?彼の横顔が少しだけ苦しそうに歪められた。が、すぐにルーファスは何事もなかったように無表情に戻ると、

「そうだ。君に一つだけ忠告したいことがある。あまり父上や母上の前で先代皇帝の話はしない方がいい。」

「え、どうしてですか?」

「父と母はあまり祖父に対していい感情を抱いていないんだ。」

「え、でも…、王妃様はともかく、陛下にとって、先代皇帝は実の父親では…?」

「血が繋がっているからといって、親が子を愛するとは限らないし、その逆も同じことだ。
別に祖父が父を虐げていたとか軽んじていたという事実はないが…。恐らく、父上は祖父に劣等感を抱いているんだ。
父上も今まで国を治めてきているのだから、決して無能ではない。が、やはり祖父の偉大さに比べるとどうしても見劣りしてしまう。
父上が祖父と似ている所といえば、武勇に優れている所か。それでも、祖父の剣の腕には敵わなかったらしいが。」

確かにハロルド三世は先代皇帝に似ていない。ハロルド三世だって、黒髪黒目の精悍な顔立ちだが先代皇帝の美貌と比べれば明らかに劣って見えてしまう。完璧すぎる父親を持ってしまい、ハロルド三世は父親に複雑な想いを抱いているのかもしれない。

「それに、父上と祖父は性格も正反対だったからな。」

先代皇帝は平和主義者だったらしいがハロルド三世は好戦的で血気盛んな性格。もしかしたら、性格も合わなかったのかもしれない。

「祖父が存命中はずっと周りから、思慮深い皇帝と粗野で野蛮な王太子と呼ばれて、比べられていたらしいからな。」

「そうだったのですね。」

「だから、君も気を付けた方がいい。父上は少しでも気分を害すると、女だろうと容赦がない。」

「は、はい。」

リスティーナはルーファスの言葉にコクコクと頷いた。

「あの…、それでは、どうして王妃様は先代皇帝を嫌っているのでしょうか?」

「母上は元々、他国から娶った王女だった。母上の国ではオッドアイの人間は不吉だという迷信が信じられていたんだ。母上がこの国に嫁いだ時には既に祖父は亡くなっていたから、母上と祖父はそもそも、面識はなかった。ただ、母上は祖父がオッドアイであることを聞いて、毛嫌いしていた。」

「え?お会いしたこともないのにですか?ただ、オッドアイであるというだけで?」

「母上は王女として生まれたせいか誰よりも気位が高く、選民意識が強く、少しでも異質な要素があればそれを否定する。そういう人間なんだ。」

実の母親の事を淡々と語るルーファスには何の情もないように見える。

「…。」

ヨランダ王妃とリスティーナは面識がないから彼女の性格は知らない。
上流階級の人間は差別意識が強い。貴族の世界では他人と違うというだけで差別する傾向があった。
メイネシア国で貴族達が平民の血を引くリスティーナを虐げたように…。

その時、いきなり、足元でビリッとした音がした。見下ろせば、ノエルがリスティーナのドレスの裾を爪で引っ掻いたせいで一部の布が裂けてしまっていた。

「なっ、ノエル!」

ルーファスが声を上げた瞬間、ノエルはピュン、と逃げ出した。

「待て!ノエル!」

「で、殿下!私なら、大丈夫ですから…。」

ルーファスが立ち上がってノエルを追いかけようとするのをリスティーナは止めた。

「少し破れただけですから。よく見なければ分からない程度ですし…。」

「本当にすまない。あいつは昔から、光物に目がなくて…、」

リスティーナのドレスの裾には確かにビーズのような小さな宝石が散りばめられている。きっと、ノエルはこの光物が気になったのだろう。

「ルカ。リリアナを呼んでこい。」

「は、はい!」
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