冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

文字の大きさ
37 / 222
第二章 相思相愛編

晩餐の誘い

しおりを挟む
リスティーナは薬草湯に浸かりながら、ホッと息を吐いた。温かい…。
お湯に浸かりながら、昨夜の情事を思い出す。
前回は一回だけだったのに、昨日は三回もしてしまった。
一回で終わるかと思いきや、ルーファス様に「もう一回いいか?」と言われたら、断る事なんてできなかった。…でも、まさか三回もすることになるなんて思わなかった。
ルーファス様って見た目は穏やかで紳士なのに、夜はあんなに激しくなるんだ。
昨夜の彼の熱のある視線や吐息を思い出すだけで赤面してしまう。細く見えるけど、意外と逞しく、力もあるし…。

「ッ…!」

バシャ、と水音を立てて、リスティーナは自分の顔にお湯をかけた。
ふと、胸元に散らされた赤いキスマークに目を落とす。昨日、ルーファスに跡をつけたいと言われ、意味がよく分からないまま頷くと、胸元に吸い付かれ、チリッとした痛みがしたかと思ったら、彼が口づけた所に赤い跡が残った。それが鬱血跡であり、俗にいうキスマークだということを昨日、初めて知った。
リスティーナはまともな性教育を受けなかったし、男性は苦手だったことから男女の色恋にも疎いせいでそういった知識は基本的な事しか知らない。せいぜい、どうやったら、子供ができるのかという知識しか持ち合わせていなかった。ルーファスも本を読んでやり方を覚えただけで実践するのは初めてだと言っていた。初めてなのにキスマークをつけることに成功したのが嬉しいのかその後も執拗にキスマークをつけられてしまった。
それがまるで彼の物だという証そのもののような気がして、リスティーナもそれを受け入れた。
が、その後の事は全然考えていなかった。

「今日は、首元を隠せる服にしよう…。」

リスティーナはそう決意した。いざとなったら、スカーフで隠せばいい。
そう考えながら、風呂から上がった。



「リスティーナ様。今晩、ルーファス殿下から夕食のお誘いがきていますが…、どうしますか?」

「え!?ルーファス様から?」

リスティーナは刺繍をする手を止め、顔を上げた。
ルーファスからの誘いに胸が高鳴る。スザンヌにルーファスからのカードを渡された。
白地に金色の文字で書かれた美しいカード。
男性が書いたとは思えない程、繊細で綺麗な字だった。微かに睡蓮の香りがする。
ドレスと塗り薬を贈ってくれた時に添えられたカードと全く同じ字だ。わざわざカードまでくれるなんて…。ルーファス様の性格が表れている気がする。リスティーナは思わずフフッと口元が綻んだ。
断るという選択肢はそもそもなかった。
リスティーナの伝言を承ったスザンヌはその場を下がった。その後、なかなか帰ってこなかったスザンヌにどうしたのだろう?と思いながらもリスティーナは刺繍を続けた。




「ということで…、料理長。リスティーナ様は野菜や果物が好きみたいなので料理は野菜メインでお願いします。」

「お任せください!」

料理長はやる気に満ちた様子で頷いた。料理長といっても、厨房を任されているのはこの女料理長だけだ。以前は他にも料理人がいたが、皆ルーファスを恐れて辞めていく者が後を絶たず、残ったのがこの女料理人だけだった。今でも王宮から通いで手伝いに来てくれる料理人はいるが、実質厨房を取り仕切っているのはこの女料理長だ。料理人として、優秀であるにも関わらず、女という理由だけで馬鹿にされていた彼女の料理を認めてくれたのがルーファスだった。それ以来、料理長もルカ達と同様にルーファスに仕える数少ない使用人の一人だった。

「ですが、いいのですか?殿下は野菜が苦手なのに…。」

「いいんですよ。殿下がリスティーナ様好みの料理を作るようにと指示しているんですから。…まあ、これ見た時、一瞬だけ表情が固まってましたけどね。」

ルカは料理長にそう答え、リスティーナの好きな料理をメモした紙を渡した。
料理長はメモに目を通した。

「…見事に殿下の嫌いな物ばかりですね。」

「そもそも、殿下は野菜全般が苦手なので、野菜中心の料理となるとそうなるのは当たり前だと思いますけど。」

「本当に大丈夫なんですか?今までだって私が殿下の野菜嫌いを克服できるようなレシピを作っても殿下は全然食べてくれなかったのに…。」

そうなのだ。ルーファスは実はかなり偏食で野菜全般が苦手だった。そもそも、食事をするのが苦手なんじゃないかと思う程、ほとんど食事をしない。だから、あんな枯れ木のような身体をしているのだ。

「大丈夫ですよ。本人がそれでいいと言ってるんですから。それに、リスティーナ様の侍女の話だと、あの人、リスティーナ様の前だと野菜を食べているらしいですよ。」

「え!?嘘でしょう!?私達がどれだけ説得しても頑として食べなかったあの殿下が!?」

料理長はこれはチャンスだと思った。

「つまり、リスティーナ様を使えば、殿下の野菜嫌いを克服できるかもしれないってことですね!?」

「そういう事です。この際、リスティーナ様に協力してもらいましょう!で、じゃんじゃん野菜を食べて貰って殿下の野菜嫌いをなくすんです!主治医の先生も栄養と睡眠はしっかりとらないと治るものも治らないと言ってましたからね!」

「素晴らしいです!リスティーナ様に喜んで貰うのが第一ですが、殿下の野菜嫌いもこれで改善するのでしたらこんなに嬉しい事はありません!では、早速下ごしらえを…!」

料理長はそう言って、腕を捲った。
そんな二人のやり取りを兜を被った騎士の格好をした男が静観し、そのまま静かにその場を立ち去った。



「もう少し摘んでおこうかしら?リスティーナ様なら、この白い薔薇が似合いそうだわ。」

庭の薔薇を摘んでいるリリアナに騎士の男が近付いた。

「リリアナ。」

「わ!びっくりしたー。ロイドじゃない。相変わらず、あなたって気配がないのね。」

足音も気配もなく、突然、現れた男にリリアナは驚いて振り返った。ロイドと呼ばれた男はリリアナに言った。

「それは今日の晩餐会の…?」

「そうよ。リスティーナ様に似合うかなと思って…。あの方は赤い薔薇よりも淡い色が似合うかと思って。」

「殿下の新しい側室か。あの殿下が女性に心を許すとはな。その側室、本当に信用できるのか?」

「何て事を言うの!ロイド!リスティーナ様を悪く言うだなんて私が許さなくてよ!」

リリアナはロイドをキッ!と睨みつけた。

「その側室は元々、一国の王女だろう。殿下に近付いたのだって何か目的があるのではないのか?今までだってそんな女ばかりだったじゃないか。」

「あんな最低な人達と一緒にしないで!リスティーナ様はそんな方ではないわ!」

「何故、そこまで言い切れる。お前達、あまりにも警戒心がないんじゃないか?殿下に何かあったら…、」

「ロイド!あなたの殿下への忠誠心はよく分かっているわ。でも!リスティーナ様をよく知りもしないで決めつけないで頂戴!リスティーナ様はね…、殿下を見ても怯えないし、化け物を見るような目で見なかったわ。それどころか、殿下を一人の人間として尊重してくれた。殿下だけじゃない。私の事も…、蔑んだ目で見ることなく、私という存在を受け入れてくれたのよ。私が殿下の使用人でよかったと言って下さったの。そんな素晴らしい方を悪く言うなんて…!」

「煩いぞ。お前達。」

「殿下!?」

リリアナがロイドに詰め寄っていると、ルーファスが現れた。驚く二人にルーファスは近づくと、

「何をそんなに騒いでいる。」

「も、申し訳ありません。殿下。実は…、」

事の顛末をリリアナは白状した。

「成程。そういえば、ロイドはまだリスティーナと会ったことがなかったな。」

「俺は殿下のご命令には従います。ですが、あまり他人に心を許されるのは危険かと…。その王女だって、ローザ嬢のように裏で何を考えているのか分かったものでは…、」

「ロイド。口を慎め。」

低く、怒りを孕んだ声にロイドはビクッとした。こんなに怒っているルーファスを見るのは初めてだった。

「今後、二度とそのような事を口にするな。二度目はない。分かったな?」

「…申し訳ありません。以後、気を付けます。」

ロイドは深々と頭を垂れた。

「ロイド。お前が女を信用できないという気持ちは俺にも分かる。今までの俺の周りの女は全員、俺を欺き、裏切っていたからな。俺も以前はそうだった。女という理由だけで拒否し、遠ざけて、決して心を許そうとしなかった。だが…、今は違う。」

ロイドは顔を上げ、ルーファスを見つめた。

「彼女に出会ってから、それは間違いだったと気付かされた。お前がリスティーナを信用できないというのなら、それを咎めはしない。だが、彼女を傷つける真似は俺が許さない。これは、命令だ。いいな?」

「殿下のご命令とあらば…、従います。」

ロイドはルーファスの言葉に従った。だが、その心はまだモヤモヤとした感情が渦巻いていた。ルーファスはそれに気付いたのか、ロイドに提案をした。

「丁度いい機会だ。ロイド。迎えにはルカを遣わそうかと思っていたが、今回はお前にその役目を任せる事にする。」

「は?」

ロイドは突然の命令に虚を突かれたように声を上げた。

「お前がリスティーナを迎えに行くといい。」

「殿下。少しよろしいでしょうか?」

「すぐ行く。」

その時、ロジャーがルーファスを呼びにやってきた。ルーファスはロイドに背を向け、その場を立ち去った。

「爺。リスティーナの迎えはロイドに任せることにした。」

「ロイドに?…ああ。成程。承知しました。」

ロジャーは一瞬、怪訝な顔をしたがすぐに納得がいった様に頷いた。

「殿下もロイドの気持ちには気づいていたようですね。確かに私共が説明するより、リスティーナ様に直接お会いする方が話が早いでしょう。リスティーナ様の人柄を知れば、あのロイドも殿下の言った意味がよく分かる事でしょうし。」

「そうだといいがな。それより、爺。例の調査はどうなっている?」

「もう少し、時間がかかりそうです。早くて、数日中には報告書が届くかと。ああ。それと…、殿下から頼まれていた巫女の一族に関する文献や資料が先程、届いた所です。」

「そうか。分かった。」

「しかし、どうしてあのような物を?リスティーナ様について調査することに関してもですが、急に巫女について調べようとするだなんて…。あれ程、殿下は巫女に否定的でしたのに…。」

ルーファスはローザの一件もあって、巫女という存在に否定的だった。
ルーファスが巫女に詳しいのは全てローザから聞かされたものだった。だが、巫女の歴史や神聖力について全てを知っているわけではない。そもそも、巫女という存在自体が謎に包まれているのだ。
ルーファスはまだ知らないことが多すぎる。それに、確かめたいこともあった。
その為にも、一から巫女について調べていく必要がある。

「少し…、気になる事があってな。」

ルーファスはロジャーにそう答えると、部屋に戻った。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

辺境伯と幼妻の秘め事

睡眠不足
恋愛
 父に虐げられていた23歳下のジュリアを守るため、形だけ娶った辺境伯のニコラス。それから5年近くが経過し、ジュリアは美しい女性に成長した。そんなある日、ニコラスはジュリアから本当の妻にしてほしいと迫られる。  途中まで書いていた話のストックが無くなったので、本来書きたかったヒロインが成長した後の話であるこちらを上げさせてもらいます。 *元の話を読まなくても全く問題ありません。 *15歳で成人となる世界です。 *異世界な上にヒーローは人外の血を引いています。 *なかなか本番にいきません

虐げられた出戻り姫は、こじらせ騎士の執愛に甘く捕らわれる

無憂
恋愛
旧題:水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士 和平のために、隣国の大公に嫁いでいた末姫が、未亡人になって帰国した。わずか十二歳の妹を四十も年上の大公に嫁がせ、国のために犠牲を強いたことに自責の念を抱く王太子は、今度こそ幸福な結婚をと、信頼する側近の騎士に降嫁させようと考える。だが、騎士にはすでに生涯を誓った相手がいた。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...