冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第二章 相思相愛編

救出

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「あれ…?ミラとセリー?何であんな所に…?」

ジーナは小腹が空いたので厨房から軽食を貰って帰る途中、ミラとセリーの姿を見かけた。
その二人の前にはスザンヌがいた。
声は聞こえないが、何だかとても切羽詰まった表情を浮かべているスザンヌにただ事ではない雰囲気を感じ取った。というか、あの三人があそこにいるということは今リスティーナ様は一人だという事?
何か問題でも起きたのだろうか?
スザンヌは突然、身を翻すとどこかへ走り去っていった。
ジーナは未だにその場に留まった二人の元に近付いた。

「セリー。ミラ。何かあったの?」

「あ、ジーナ。起きてて大丈夫なの?」

セリーとミラがジーナの姿に驚いたように振り返った。

「実は、さっき王妃様がリスティーナ様の部屋にやってきて、内密な話があるからって部屋を追い出されちゃって…。」

「それをスザンヌに話したら、凄い形相を変えてどこかへ行っちゃったのよ。」

「王妃様が!?」

ジーナは二人の言葉にギョッとした。
持っていた果物とパンを落としたジーナにミラが慌てて身を屈んだ。

「わわっ!ジーナさんったら、落としましたよ。」

そう言って、落とした物を拾い上げ、顔を上げるとジーナの顔は青褪め、震えていた。

「ジーナ?どうしたの?そんなに震えて…、まだ具合がよくないんじゃ…、」

セリーが心配そうに声を掛けると、ジーナはフラッとふらついた。

「ジーナ!?ちょ、だ、大丈夫!?」

慌ててセリーはジーナを支えた。ジーナはギュッとセリーの腕を強く握り締めた。

「と、止めなきゃ…、」

ジーナはそう呟き、セリーから手を離すと、痛みが残る身体を引きずりながら、歩き始めた。その後をセリーとミラが慌てて追った。

「ちょ、ど、どうしたのよ!ジーナ!」

「ジーナさん!無理しちゃだめですよ!それに、リスティーナ様の部屋には近づいちゃだめですって!」

ジーナは二人の言葉には答えずに廊下を歩き続けた。ズキッと傷が痛んでジーナは苦痛に顔を歪め、床に膝をついた。

「ウッ…!?」

「ジーナさん!ほら!やっぱり、無茶しているじゃないですか!」

「早く部屋に戻って休んだ方がいいわ。ほら、肩を貸してあげるから…、」

そう言って、セリーが肩を貸してジーナを部屋まで送ろうとするが…、

「駄目…!あたし、行かないと…!このままだと、リスティーナ様が…!」

「え…?何?どういう事?」

「ジーナさん?」

「このままだとリスティーナ様が殺されてしまう!」

「え、ええ!?な、何で!?何でリスティーナ様が!?」

「こ、殺されるって…、そ、そんな大袈裟な…。そもそも、王妃様がリスティーナ様を殺す動機なんてないじゃないですか。」

「説明は後でするから…!今はとにかくリスティーナ様の所に行かせて!」

ジーナの必死な表情に押され、二人は戸惑いながらもジーナの言葉に頷いた。

「え、あれ?スザンヌさん?」

途中、スザンヌとすれ違ったが、スザンヌは三人に目も暮れず、どこかへと走り去っていった。
ジーナは怪我をしている為、いつもより歩くのが遅く、漸くリスティーナの部屋へと辿り着いた時には息も絶え絶えだった。それでも、呼吸を整えて何とかリスティーナの部屋に入ろうとしたのだが…、部屋の前にいた王妃の近衛騎士に止められた。

「何者だ?妃殿下は只今、取り込み中だ。部屋には入ってはならぬ。」

「そんな…!私はリスティーナ様の専属侍女です!そこを通して下さい!」

「例え侍女でも部屋に入ることは許されない。王妃様のご命令だ。この部屋には暫く、誰も入ってはならぬ。」

「どうしてですか!?人払いといっても、王妃様の侍女は中に入るのを許されて、どうして、リスティーナ様の侍女である私達は許されないのです?
リスティーナ様の侍女である私にも部屋に入る権利はある筈です!何か疚しい事があるからこうして、人払いをしているのではありませんか!?」

「なっ…!貴様!たかが使用人の分際で妃殿下を愚弄する気か!?」

近衛騎士が主を批判されて怒りの表情を浮かべた。
そんなジーナを見て、セリーとミラは口を開くこともできず、おろおろした。

「リスティーナ様!」

ジーナは声を張り上げて、強行突破しようとした。しかし、当然、それは騎士達に阻まれる。

「下がれ!」

「リスティーナ様!飲んでは駄目!飲んじゃ駄目です!」

ジーナはひたすら叫び続けた。
ジーナが王妃の侍女をしていた頃、王妃が黒いフードを被った怪しい女と密会をしていた所を見たことがある。会話までは聞こえなかったが何だかとても不穏な空気を感じた。
そして、黒いフードの女から渡された薬を王妃は受け取っていた。
後日、皇帝の愛妾が閨の最中にいきなり苦しみ出し、血を吐いて倒れたという知らせを聞いた。
それを聞いた時、王妃はまあ!と驚いた様子を浮かべ、何と気の毒な…、と扇で口元を覆い、如何にも悲しそうな表情でそっと目を伏せていたがジーナは一瞬だけ王妃の口元が吊り上がっていたのが見えてしまった。それは、ジーナの角度でしか気付かない些細な表情の変化だった。

その時、確信した。愛妾を殺したのは王妃なのだと。ジーナは目の前の美しい王妃が恐ろしくなった。
王族や貴族の間では陰謀や毒殺なんてよくある事だ。位が高ければ高い程、身の危険は常に付き纏っている。親が子を、子が親を殺すこともあるし、兄弟同士で争う事だってある位だ。
だが、今までそういった世界とは無縁で過ごしていたジーナにとっては、あまりにも衝撃的だった。
ジーナは王妃の本性を知っている。あの方は敵とみなした相手には容赦しない。
だからこそ、リスティーナ様と二人っきりになり、人払いをしたと聞いてジーナは嫌な予感がした。
王妃様はリスティーナ様を消すつもりだ。王妃様からすれば言う事を聞かない人形を始末するという認識なのだろう。あの方はそういう人だ。他人の命を駒か道具のように扱う。
恐らく、王妃様はリスティーナ様に毒を盛るつもりだ。ジーナは必死に叫び続けた。

「このっ…!いい加減にしろ!」

「きゃあ!?」

「ジーナ!」

騎士に突き飛ばされ、ジーナは床に倒れ込んだ。ズキッ、と傷口が痛み、ジーナは顔を顰めた。
セリーとミラが慌ててジーナに駆け寄った。

「だ、大丈夫!?ジーナ!」

「酷いです!レディを突き飛ばすなんてそれでも騎士様のすることですか!?それに、ジーナさんは怪我人なんですよ!怪我人に手を上げるなんて…!」

ミラが騎士達を睨みつけ、抗議した。
騎士は一瞬、気まずそうにしたがすぐに開き直ると、

「黙れ!元はといえば、その女が…!」

その時、何やらこちらに近付いてくる足音が聞こえた。時々、侍女達の悲鳴が聞こえる。
騎士達が何だ…?とそちらに視線を向けると、廊下の曲がり角から黒い仮面の男が現れた。
騎士達はそれが誰だか分かると、一様に狼狽えた。

「る、ルーファス王子!?」

「な、何でここに!?」

騎士達が動揺している間にもルーファス王子はこちらに向かって走って来た。
ミラ達も驚いて思わずルーファス王子を見つめた。
部屋の前に着くと、ルーファスは一度足を止めた。そして、無言で騎士達を見つめた。
それだけで不気味な印象を与え、騎士達は得体のしれない恐怖に駆られた。
目を合わせると呪われる。騎士達は目を合わせないようにしながらもしどろもどろにルーファスに言った。

「で、殿下…。も、申し訳ありませんがこの部屋には誰も入れるなと王妃様が…、」

「どけ。」

「で、ですから…、王妃様のご命令で…、」

「聞こえなかったのか?そこを退けと言ったのだ。」

低く、怒りを孕んだ声に騎士達は内心、ビクついた。
ルーファスはチラッとミラ達に視線を向けた。ミラ達も思わずビクッとした。

「リスティーナは中にいるのか?」

「へ?あ、は、はい!」

「そうか。」

ルーファスはそれだけを確認すると、騎士に視線を戻した。騎士達は内心怯えながらも任務を全うしようとその場に踏みとどまった。
ルーファスはそのまま無言で一歩足を踏み出した。それを慌てて騎士達が止めた。

「で、殿下!なりません!」

「邪魔をするな。」

ルーファスはギロッと騎士を睨みつけ、手を翳した。すると、ルーファスの手から黒い霧のような物が放たれ、騎士達の視界を覆った。

「な、何だ!?め、目の前が真っ暗に…!」

「う、うわああああ!」

「な、何だこれ!?」

黒い霧のせいで何が起こったのか分からず、ミラ達はただ黒い霧を見つめる事しかできなかった。
その間にルーファスは扉を開けて、部屋に駆け込んだ。黒い霧がおさまった頃には気絶をした騎士が床に倒れていた。





「な、無礼者!誰じゃ!?」

王妃が眦を吊り上げ、部屋の乱入者を睨みつけた。が、その人物を見て、王妃は表情が固まった。

「る、ルーファス!?何故、ここに…!?」

王妃の侍女達は突然現れたルーファスに悲鳴を上げた。

「ご、護衛は何をして…!」

よく見れば、ルーファスの背後には倒れ伏した護衛の騎士達がいた。どうやら、全員気絶をしているみたいだ。五人も近衛騎士を連れてきたというのに、あのような出来損ないに全員やられるとは役立たず共め…!
忌々しそうに顔を歪めた王妃が内心、舌打ちをしている間にルーファスは王妃には目も向けず、床に倒れたリスティーナを見ると、すぐに駆け寄った。

「リスティーナ!しっかりしろ!おい!」

「る、ルー、ファス、様…?」

リスティーナはルーファスに抱き起され、薄っすらと目を開けた。これは、夢…?
血を吐き、呼吸が浅いリスティーナの様子にルーファスは焦ったような表情を浮かべた。
そして、テーブルの上にあったカップに目を留めた。ルーファスが指を振ると、カップが消え、ルーファスの手の中にカップがおさまった。
ルーファスはカップの底に残ったお茶を見つめ、匂いを嗅いだ。

顔色を変えたルーファスはすぐに懐から瓶のような物を取り出すと、それをグイッと煽り、そのままリスティーナに口づけた。口移しで何かを飲まされる。反射的にゴクン、と飲み込んだ。
それを確認し、ルーファスはリスティーナを抱き抱え、そのまま部屋から出て行こうとする。

「ま、待つのじゃ!ルーファス!このような事をしてただで済むと…!」

ルーファスが足を止め、母に視線を向けた。ルーファスと目が合うと、ヨランダはビクッとした。
ルーファスがかつてない程、鋭い視線でこちらを睨みつけていたからだ。

「やってくれたな。あれ程、俺は忠告したというのに…。」

「な、何を言うておる!わらわは何もしておらぬ!」

「聞きたいことは山ほどあるが、あなたと話すのは後だ。」

そう言って、ルーファスは王妃に背を向け、部屋を出て行こうとする。

「だ、誰か!ルーファスを止めよ!」

王妃の金切り声に侍女や騒ぎを聞きつけた騎士が動こうとするも、ルーファスが目を細めると、彼の周囲から黒い霧が発生した。視界を塞がれた彼らはルーファスの姿を見失ってしまい、視覚を奪われたことで動揺し、その場は騒然とした。その間にルーファスはリスティーナを抱えてさっさとその場を後にした。
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