冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第三章 立志編

ルーファスとラシード

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リスティーナがラシードの手によって寝室に連れ込まれた直後…、アーリヤはハー、と溜息を吐くと、

「全く…!お兄様ったら、勝手なんだから。カーラ。酒を持ってきて頂戴。飲まなきゃやってられないわ。」

「はい。姫様。」

カーラがすぐに酒の準備をする。アーリヤは長椅子に腰掛け、不機嫌そうに腕を組んだ。

「国に帰ったら、お兄様のコレクションの武器を幾つか譲ってもらうとしましょう。それ位してくれないと割に合わな…、」

アーリヤはブツブツと文句を言っていると、不意に殺気を感じた。
ハッとして、護身用の剣に手をかけたのと同時にバン!と音を立てて、扉が勢いよく開かれた。
息を切らしながら、中に入ってきたのは、ルーファスだった。

「ルーファス殿下!?」

何でここに…!?アーリヤが警戒したように身構える。
ルーファスが現れた瞬間、カリルも腰に下げていた長剣を引き抜き、カーラは短剣を取り出した。
扉の前には護衛がいた筈だ。そう思い、入り口に視線を向けると、護衛の兵士は倒れていた。
こいつ…。一体、何をしたの?剣も魔法も碌に使えない身体だというのに…。
これも呪い?全く…!厄介なんだから…!アーリヤは内心、舌打ちした。

「アーリヤ様!お下がりください!」

カリルがアーリヤより前に出て、ルーファスに対峙する。
ラシードの側近を務めているだけあって、カリルも剣術の達人だ。
純粋な剣の勝負なら、カリルが圧勝するだろう。だけど…、相手は剣も魔法も通用しない呪われた王子だ。
どんなにカリルが剣が強くても…、この得体のしれない力を持つ化け物のような男に勝てるとは思えない。

「何用です?ここがパレフィエ国の王太子であり、炎の勇者でもあらせられるラシード殿下の部屋であることはご存知の筈…。例え、ローゼンハイムの王子であろうとも、このような無礼は許されません。今すぐ、お引き取りを…、」

カリルはルーファスにそう指摘するが当の本人はその存在を無視して、寝室に足を向ける。
長い黒髪と仮面のせいで表情は見えない。ただ、その目線は寝室に注がれていて、一直線に寝室を目指していることは明らかだった。
だが、その足取りはおぼつかない。ゆっくりとカリルの横を通り過ぎようとするルーファスにカリルは剣の切っ先を向けた。

「聞こえなかったのですか?ローゼンハイムの第二王子、ルーファス殿下。私は今すぐここから立ち去れと言ったのです。それが聞けないというのなら今すぐ…、」

「カリル!止めなさい!」

アーリヤが声を上げたのと、ルーファスが動いたのは同時だった。ルーファスが無言でカリルに手を翳すと、カリルは抵抗する間もなく吹き飛んだ。そのまま、壁に激突する。

「ガッ!?ハッ…!」

カリルは強かに背中を打ち、一瞬呼吸が止まった感覚を味わった。何が起こったのか分からなかった。
あまりの衝撃に立っていられず、床に座り込んでしまう。カリルはそれ以上、その場から動けなかった。

「死にたくなければ、邪魔をするな。」

ルーファスはカリルにそう言うと、そのまま寝室に向かった。
アーリヤとカーラは止めることはできなかった。
ルーファスは寝室の前に行くと、扉の取っ手に手を伸ばした。が、触れる一歩手前でピタッと手を止めた。この気配…。扉からは強い魔力を感じた。この魔力の色…。ラシードの…。
触れると、火傷をする魔法の類か。ルーファスは扉には手を触れず、そのまま手を翳した。
その直後、扉が物凄い音を立てて、爆発した。




な、何…!?突然、扉が壊され、リスティーナは思わず寝室の入り口に目を向けた。
そこには扉の残骸が床に散らばっていた。扉とはいえ、かなり頑丈に造られていたのにそれを一瞬で…?
唖然としていると、入り口の前に誰かが立っていた。コツ、と靴音と共に中に入ってきたのは…、ルーファスだった。

ルーファス様!?どうして、ここに…?
リスティーナはいきなり現れたルーファスを信じられない思いで見つめた。
目の前にいるルーファスの姿が幻じゃないと気づくと、リスティーナは安心感からじわっと涙が溢れた。
嘘…。本当に、来てくれた…。ルーファス様…!

「久しぶりじゃないか。ルーファス。随分と軟弱になったもんだな。立っているのも辛そうじゃないか。」

ラシードは一度リスティーナから手を離し、ゆっくりと寝台から降りて、立ち上がると、ルーファスを一瞥した。ラシードはルーファスを見ても、怯むことなく、平然とした態度を貫いている。

「ラシード…。」

ルーファスはラシードを睨みつけた。髪の間から覗く冷たく、凍り付くような眼差しは普通の人間なら怖気づくだろうがラシードは余裕な態度を崩さない。

「何をしている…。」

「見て分からないのか?今、取り込み中なんだが。」

「…離れろ。」

ルーファスが怒りを孕んだ眼差しで低く、呟いた。

「今すぐリスティーナから離れろ…!」

ビリビリ、と空気が震える。ピシッ、と壁や窓に亀裂が走った。
リスティーナは思わず辺りを見回した。そして、すぐにこれがルーファス様の仕業だと気が付いた。
いけない!これ以上、力を使ったら、また…!
と、止めないと…!

「嫌だと言ったら?」

急いでルーファスの元に駆け寄ろうとするリスティーナの手首をラシードが掴み、そのままグイッと自分の胸に引き寄せる。この人…!力、強い…!全然ビクともしない!

「離れろと…、言ってるんだ!」

ブワッとルーファスの両手から黒い靄のようなものが放出されていく。
黒い靄は一直線にラシードに向かっていく。
しかし、黒い靄が当たるより早くラシードが手を翳した。

炎壁ファイアーウォール

すると、目の前に炎の壁が現れ、黒い靄の攻撃を防いだ。

え…!?リスティーナは目を見開いた。ルーファス様の攻撃を防いだ!?
今のは炎の魔法?魔法でルーファス様の攻撃を防ぐことができるの?
目の前の光景に驚いて、リスティーナは呆然と立ち尽くしてしまう。

「やっぱりな…。ルーファス。お前の呪いの力とやらも俺の魔法の前じゃ効かないみたいだな。呪いだ何だと恐れられているみたいだが、大したことないな。」

ラシードはそう言って、ルーファスを嘲笑った。
ラシードは掌に炎を生み出すと、挑発的な笑みを浮かべると、

「じゃあ、次はこっちの番だな。」

ラシードの目がギラッと光った。

火球ファイアーボール

ラシードの手から、火の塊があらわれ、物凄い速さでルーファスに向かって放たれた。
あまりにも高速過ぎて、リスティーナは目で追う事ができない。

「ルーファス様!」

目視できない程の速さの攻撃魔法をルーファスの影が意思を持ったように動き、火の球を呑み込んだ。
ルーファスには傷一つなかった。良かった…。リスティーナはホッとした。
が、次の瞬間、ルーファスの身体がぐらり、とよろめいた。

「グッ…!」

何とかその場に踏みとどまったがルーファスは咄嗟に口元を手で押さえる。
ゴポッと音を立てて、床に血が零れた。ルーファスが口から血を吐いたのだ。

「ッ!ルーファス様!」

リスティーナはラシードの手を振り払い、ルーファスに駆け寄った。
倒れそうになるルーファスを支えるように正面から抱き締める。

「ルーファス様!しっかり…!しっかりしてください…!」

リスティーナは震える腕でルーファスをしっかりと抱き締め、必死に呼びかける。
ルーファスを抱き締めたことで血がドレスに付着するがそんな事に構ってられなかった。

「リス…、ティーナ…。」

ソッ、とリスティーナの頭にルーファスの手が触れる。
弱弱しくもしっかりとリスティーナの髪に触れ、優しく撫でてくれた。

「無事…、か?」

「私なら、全然大丈夫です!それより、ルーファス様の方が…!」

「呆れたな。お前、そんなんで俺からリスティーナを奪い返すつもりだったのか?」

後ろからコツコツと硬い足音が聞こえる。リスティーナはラシードの声に思わず身体が強張った。
振り返らなくても分かる。すぐ後ろにラシード殿下がいる。
リスティーナは思わずルーファスを守るようにギュッと彼を抱き締めた。

「無様だな。ルーファス。四年前よりも随分と腑抜けになったじゃないか。昔から全然変わっていないな。お前は。」

ラシードはつまらなさそうな表情でそう吐き捨てた。
四年前…?それって、ルーファス様がローザ様と婚約破棄した時の事?
昔からってどういう意味…?リスティーナはそんな疑問を抱きながら、ゆっくりと後ろを振り向いた。
ラシードは侮蔑した表情でルーファスを見つめると、

「この国の連中はどいつもこいつも腰抜けばかりだ。ローゼンハイムの名が聞いて呆れる。何が世界最強の国、だ。呪いなんざに一々、びくついて恐れるなんて程度が知れるな。お前は周りの奴らから化け物だなんだと恐れられ、自分が他の奴らより強いと思っているかもしれないが…、俺から言わせればお前はただの腰抜けだ。」

ルーファスはハアハア、と肩で上下に息をしている。苦しそう…。きっと、答える気力もないんだ。
リスティーナはルーファスの身体が心配だった。

「何より、お前は弱い。弱すぎるんだよ。お前の力は魔法を使えば何の問題もなく跳ね返せるもんだ。
それなのに、周りの連中はお前のその力を化け物だの、悪魔の力だの言って騒ぎ立てている。馬鹿馬鹿しい。」

ラシードはハー、と溜息を吐いた。

「それに、お前は力を使ったら、毎回ぶっ倒れてるって話じゃないか。つまり、お前はその力を使えこなせてないってことだ。力の制御もできていない半人前がこの俺に楯突くなんていい度胸だな。そんなに死にたきゃ、今すぐ消し炭にしてやろうか?」

そう言って、ラシードはボワッと音を立てて、手の中に炎を宿らせた。
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