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第三章 立志編
ジェレミアside
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「只今戻りました。兄上。」
「お、遅い!一体、今まで何をしていたんだ!この愚図が!」
入室した途端、ビュン、と何かを投げつけられる。ヒョイ、と持ち前の反射神経で躱すと、パリン!と音を立てて、グラスが壁にぶつかり、粉々に砕けた。
「申し訳ありません。他の方々への挨拶回りがありましたので…。」
「俺が呪われたかもしれないというのに挨拶回りだと!?」
「帝国の皇族として、他国の者と親交を深めておいて損はありません。呪いの件もご安心ください。何かあったとしても、私が命を賭けて兄上をお守りします。」
「だったら、さっさとあの化け物を殺してこい!」
「兄上。ルーファス殿下はローゼンハイムの第二王子です。他国の王族を手に掛けてしまえば、国際問題になります。最悪、戦争になってもおかしくありません。」
「戦争?ハハッ!いいじゃないか!ローゼンハイムの戦に勝てば、帝国はもっと大きな国になる!
最高じゃないか!俺が帝国の皇帝になった時は父上の時よりももっともっと大きな国にしてやる!
俺こそが皇帝!大陸一の覇者となるんだ!」
「…。」
兄の言葉にジェレミアは溜息を吐きたくなった。
どこまで愚かなのだろうか。この男は…。
戦争をすればどれだけの被害が出るのか分かっているのか。幾ら帝国とはいえ、ローゼンハイムと戦えば大きな打撃を受ける。例え、勝ってもその被害は計り知れない。
何より、犠牲になるのは国民だ。民は守るべき命。皇族たる者、国の為、民の為に尽くすべきだ。
それを…、この男は自分の野望の為に戦争を起こしても構わないというのか。
「ローゼンハイムには、光の聖女様がいます。ローゼンハイムに手を出すという事は、聖女様に刃を向ける行為も同然です。そんな真似をすれば、魔法協会が黙っていません。周辺諸国の王達からも批判を浴びる事でしょう。聖女様を敵に回せば、勇者達も敵に回すことになります。兄上は国を滅ぼすおつもりですか?」
「なっ…!黙れ!女の分際で!皇太子である俺に意見をするとは何様だ!」
「…申し訳ありません。」
「何だ!その態度は!もっと額を擦りつけて平伏しろ!」
「お元気そうで何よりです。それだけ、叫ぶ元気なら、呪われても大丈夫そうですね。」
ジェレミアがサラッとそう言うと、ハリトはサッと顔を青褪める。
「そ、そうだ!呪い…!い、嫌だ…!お、俺が呪われるなんて…!」
ガタガタと震えだすハリトをジェレミアは冷めた目を向ける。
馬鹿馬鹿しい。噂に踊らされて実に滑稽だ。これが次期皇太子など世も末だな。
「ジェレミア!な、何とかしろ!」
「何とかしろと申されましても…、私はしがない女の身ですので…。」
「ええい!この、役立たず!何の為にお前を連れてきたと思っている!普段から役に立たないのだから、こんな時ぐらい役に立ったらどうだ!」
ジェレミアはピクッと眉を顰める。役に立て?どの口が言うんだ。散々、自分を道具のようにこき使っておいてよくもそんな口が叩けるものだ。
ジェレミアはクイッと指を動かし、魔法を発動した。
すると、バン!と勢いよく窓が開かれ、フワッとカーテンが舞った。
「ヒッ…!」
自分が呪われたと恐れているハリトはそれだけで恐怖し、慄いた。
「たまには空気の入れ替えも必要かと思いまして…。勝手ながら、窓を開けさせていただきました。」
「お、お、驚かすな!あ、後、窓は開けるな!は、早く閉めろ!」
「分かりました。」
ジェレミアはゆっくり近づき、窓を閉めた。チラッとハリトに目をやれば、ガタガタと震えている。大の大人が情けない。
「心配しなくても、兄上は呪われませんよ。兄上には例のお守りがあるではありませんか。」
「ハッ…!そうか!そうだな!俺としたことが…!何故、それに気付かなかったんだ!ジェレミア!そういう大事な事は早く言え!全く!お前のせいで無駄な時間を過ごしてしまったではないか!」
「…それは申し訳ありませんでした。」
こうやって、すぐ他人に責任転嫁するのはよくあることだ。昔から変わっていない。
ジェレミアは溜息を吐きたくなるのを堪えながら、表面上は謝罪した。
「それより、兄上。王妃様から言いつけられていた商談の件ですが…、こちらの書類に詳細が記されています。一度、目を通して頂ければと…、」
元気になったのなら好都合。さっさと終わらせてしまおう。そう思い、ジェレミアは自分が纏めた書類をハリトに渡そうとするが…、
「書類?そんな面倒なことはお前がやれ。」
「しかし、今後の為にも一度、商談相手の公爵と話し合いをしなければなりません。それまでにきちんと書類に目を通して、内容を理解した方が…、」
「ごちゃごちゃとうるさいぞ!俺は皇太子だぞ!そういう書類仕事はお前の仕事だろう!お前は黙って俺の言う事を聞けばいいんだ!」
またか。面倒な仕事はすぐに丸投げするんだから…。ジェレミアは諦めたように溜息を吐いた。
「分かりました。兄上がそう仰るのでしたら、その通りに致します。」
「フン!最初っからそう言えばいいんだ!」
「では…、何かありましたらまたお呼びください。」
そう言って、ジェレミアは一礼し、その場を退出した。
自分の与えられた部屋に戻ったジェレミアは長い溜息を吐いた。
相変わらず、兄上の相手をするのは疲れる…。
まあ、あの男が仕事を丸投げするのはいつもの事だが…。
あの様子だと、商談も全てこちらがやる羽目になりそうだな。
ジェレミアはパラリ、とページを捲って書類に目を通していく。
「そういえば…、」
ジェレミアはふと、書類から顔を上げ、呟いた。
「最近、ずっと目の疲れに悩まされていたのに…。急になくなったな。」
おかしいな。特に薬も飲んでないし、治療も受けてないのに…。
ジェレミアは原因が分からず、首を傾げた。
「それにしても…、」
ジェレミアは先程の出来事を思い返していた。ルーファスの側室、リスティーナ。
可憐で儚げな雰囲気が亡くなった母に似ている。
まさか、あんな形で彼女に会う事になるとは思っていなかった。
ずっと謝りたいと思っていた。
ようやく謝罪をすることができた。ただの自己満足でしかない謝罪かもしれない。
それでも、リスティーナは謝罪を受け入れてくれた。
「…努力家、か。」
ジェレミアはリスティーナに言われた言葉を呟いた。
嬉しかった。そんな風に言ってくれた人は周りにはいなかったから…。
ジェレミアは幼い頃から、普通の人よりも魔力が高く、勉強も人よりできた方だった。
だけど、ジェレミアは天才ではない。それなりに努力をしないと、結果を出すことはできなかった。だから、努力をした。努力をすることでいい結果を出そうと頑張った。だけど…、結果を出しても、周りの人間は決まってこう言った。
『さすがは皇族だ。』
『皇族なのだから、できて当然。』
分かっている。貴族の世界では結果が全てだ。その過程なんてあまり評価されない。分かっている。だけど…、そう言われる度にジェレミアは鬱屈とした感情を抱いた。まるで努力をしようがしないが関係ないとでもいわれているかのようで…。自分の努力が踏みにじられているような気さえしてしまう。
自分なりに頑張って出した結果なのに…、誰もそのことに気付かない。むしろ、もっと上を目指せと期待を高めてくる。
でも…、リスティーナは違った。あの時、彼女はジェレミアができて当たり前だとは言わず、努力をしないと魔法を使えるようにはならないと言ったのだ。その言葉がどうしようもなく嬉しかった。
自分の努力が認められた気がした。
ルーファス王子が彼女を好きな理由が何となく分かった気がする。
リスティーナの纏う雰囲気は柔らかくて、心地がいい。一緒にいて、癒される。
リスティーナがルーファスについて話している時の表情やルーファスを看病している時のことを思い出す。
ルーファスの素顔を見た時はさすがにあまりにも異質な見た目だったから、驚いたがそれ以上に驚いたのは、リスティーナが躊躇なく、ルーファスに唇を重ねて口移しをしているのを見た時だ。
女性なら、普通、嫌悪するか目を背けてしまいそうな容姿なのに…。
彼女は本当にルーファス殿下の事を慕っているんだな。
ジェレミアはそんなリスティーナから目が離せなかった。
今までずっと…、恋や愛は歪んだ醜いものだと思っていた。
父を見ていると、余計にそう思う。
帝国の皇帝である父は母を愛していた。それはもう…、異常な程に。
父は父なりに母を愛していたのかもしれない。だけど…、父の愛はあまりにも歪んでいた。
父が母に向ける強い執着と独占欲…。深すぎる愛はやがて、毒となって母の心を蝕んでいった。
母は父によって人生を狂わされてしまった。
小さい頃から、父である皇帝の寵愛を競い合う妃や側室達の醜い争いを目の当たりにしてきた。
相手を蹴落とし、皇帝の寵愛を得る為なら、どんな汚い事でも平気でする。
恋とはここまで人を醜くさせるのかと思った。
自分もいつかあのようにドロドロとした感情を抱き、醜くなってしまうのだろうか。
ジェレミアはそれが恐ろしくて堪らない。自分には父と同じ狂った血が流れている。
自分も…、恋をしてしまったらあのように狂ってしまうのだろうか。
好きになった相手を傷つけ、泣かせてしまう。そんな最低な人間に…。
恋や愛を美しいというがそんなのはただの夢物語だ。恋愛なんてしたところで誰も幸せになれない。
むしろ、不幸になるだけだ。
だから、ジェレミアは心に決めた。自分は絶対に恋愛なんてしないと…。
ずっとその考えは変わらなかった。その筈だったのに…。
何故だろう。あの二人を見ていると、その気持ちが揺らいでしまう。
もしかして、あの二人は違うのではないか。一瞬、そんな風に思ってしまった。
ルーファスに恋をしている彼女は、今、幸せなんだろうか。
彼女に聞いたら何て答えるんだろう。
ジェレミアはリスティーナの答えを知りたいと思った。
「お、遅い!一体、今まで何をしていたんだ!この愚図が!」
入室した途端、ビュン、と何かを投げつけられる。ヒョイ、と持ち前の反射神経で躱すと、パリン!と音を立てて、グラスが壁にぶつかり、粉々に砕けた。
「申し訳ありません。他の方々への挨拶回りがありましたので…。」
「俺が呪われたかもしれないというのに挨拶回りだと!?」
「帝国の皇族として、他国の者と親交を深めておいて損はありません。呪いの件もご安心ください。何かあったとしても、私が命を賭けて兄上をお守りします。」
「だったら、さっさとあの化け物を殺してこい!」
「兄上。ルーファス殿下はローゼンハイムの第二王子です。他国の王族を手に掛けてしまえば、国際問題になります。最悪、戦争になってもおかしくありません。」
「戦争?ハハッ!いいじゃないか!ローゼンハイムの戦に勝てば、帝国はもっと大きな国になる!
最高じゃないか!俺が帝国の皇帝になった時は父上の時よりももっともっと大きな国にしてやる!
俺こそが皇帝!大陸一の覇者となるんだ!」
「…。」
兄の言葉にジェレミアは溜息を吐きたくなった。
どこまで愚かなのだろうか。この男は…。
戦争をすればどれだけの被害が出るのか分かっているのか。幾ら帝国とはいえ、ローゼンハイムと戦えば大きな打撃を受ける。例え、勝ってもその被害は計り知れない。
何より、犠牲になるのは国民だ。民は守るべき命。皇族たる者、国の為、民の為に尽くすべきだ。
それを…、この男は自分の野望の為に戦争を起こしても構わないというのか。
「ローゼンハイムには、光の聖女様がいます。ローゼンハイムに手を出すという事は、聖女様に刃を向ける行為も同然です。そんな真似をすれば、魔法協会が黙っていません。周辺諸国の王達からも批判を浴びる事でしょう。聖女様を敵に回せば、勇者達も敵に回すことになります。兄上は国を滅ぼすおつもりですか?」
「なっ…!黙れ!女の分際で!皇太子である俺に意見をするとは何様だ!」
「…申し訳ありません。」
「何だ!その態度は!もっと額を擦りつけて平伏しろ!」
「お元気そうで何よりです。それだけ、叫ぶ元気なら、呪われても大丈夫そうですね。」
ジェレミアがサラッとそう言うと、ハリトはサッと顔を青褪める。
「そ、そうだ!呪い…!い、嫌だ…!お、俺が呪われるなんて…!」
ガタガタと震えだすハリトをジェレミアは冷めた目を向ける。
馬鹿馬鹿しい。噂に踊らされて実に滑稽だ。これが次期皇太子など世も末だな。
「ジェレミア!な、何とかしろ!」
「何とかしろと申されましても…、私はしがない女の身ですので…。」
「ええい!この、役立たず!何の為にお前を連れてきたと思っている!普段から役に立たないのだから、こんな時ぐらい役に立ったらどうだ!」
ジェレミアはピクッと眉を顰める。役に立て?どの口が言うんだ。散々、自分を道具のようにこき使っておいてよくもそんな口が叩けるものだ。
ジェレミアはクイッと指を動かし、魔法を発動した。
すると、バン!と勢いよく窓が開かれ、フワッとカーテンが舞った。
「ヒッ…!」
自分が呪われたと恐れているハリトはそれだけで恐怖し、慄いた。
「たまには空気の入れ替えも必要かと思いまして…。勝手ながら、窓を開けさせていただきました。」
「お、お、驚かすな!あ、後、窓は開けるな!は、早く閉めろ!」
「分かりました。」
ジェレミアはゆっくり近づき、窓を閉めた。チラッとハリトに目をやれば、ガタガタと震えている。大の大人が情けない。
「心配しなくても、兄上は呪われませんよ。兄上には例のお守りがあるではありませんか。」
「ハッ…!そうか!そうだな!俺としたことが…!何故、それに気付かなかったんだ!ジェレミア!そういう大事な事は早く言え!全く!お前のせいで無駄な時間を過ごしてしまったではないか!」
「…それは申し訳ありませんでした。」
こうやって、すぐ他人に責任転嫁するのはよくあることだ。昔から変わっていない。
ジェレミアは溜息を吐きたくなるのを堪えながら、表面上は謝罪した。
「それより、兄上。王妃様から言いつけられていた商談の件ですが…、こちらの書類に詳細が記されています。一度、目を通して頂ければと…、」
元気になったのなら好都合。さっさと終わらせてしまおう。そう思い、ジェレミアは自分が纏めた書類をハリトに渡そうとするが…、
「書類?そんな面倒なことはお前がやれ。」
「しかし、今後の為にも一度、商談相手の公爵と話し合いをしなければなりません。それまでにきちんと書類に目を通して、内容を理解した方が…、」
「ごちゃごちゃとうるさいぞ!俺は皇太子だぞ!そういう書類仕事はお前の仕事だろう!お前は黙って俺の言う事を聞けばいいんだ!」
またか。面倒な仕事はすぐに丸投げするんだから…。ジェレミアは諦めたように溜息を吐いた。
「分かりました。兄上がそう仰るのでしたら、その通りに致します。」
「フン!最初っからそう言えばいいんだ!」
「では…、何かありましたらまたお呼びください。」
そう言って、ジェレミアは一礼し、その場を退出した。
自分の与えられた部屋に戻ったジェレミアは長い溜息を吐いた。
相変わらず、兄上の相手をするのは疲れる…。
まあ、あの男が仕事を丸投げするのはいつもの事だが…。
あの様子だと、商談も全てこちらがやる羽目になりそうだな。
ジェレミアはパラリ、とページを捲って書類に目を通していく。
「そういえば…、」
ジェレミアはふと、書類から顔を上げ、呟いた。
「最近、ずっと目の疲れに悩まされていたのに…。急になくなったな。」
おかしいな。特に薬も飲んでないし、治療も受けてないのに…。
ジェレミアは原因が分からず、首を傾げた。
「それにしても…、」
ジェレミアは先程の出来事を思い返していた。ルーファスの側室、リスティーナ。
可憐で儚げな雰囲気が亡くなった母に似ている。
まさか、あんな形で彼女に会う事になるとは思っていなかった。
ずっと謝りたいと思っていた。
ようやく謝罪をすることができた。ただの自己満足でしかない謝罪かもしれない。
それでも、リスティーナは謝罪を受け入れてくれた。
「…努力家、か。」
ジェレミアはリスティーナに言われた言葉を呟いた。
嬉しかった。そんな風に言ってくれた人は周りにはいなかったから…。
ジェレミアは幼い頃から、普通の人よりも魔力が高く、勉強も人よりできた方だった。
だけど、ジェレミアは天才ではない。それなりに努力をしないと、結果を出すことはできなかった。だから、努力をした。努力をすることでいい結果を出そうと頑張った。だけど…、結果を出しても、周りの人間は決まってこう言った。
『さすがは皇族だ。』
『皇族なのだから、できて当然。』
分かっている。貴族の世界では結果が全てだ。その過程なんてあまり評価されない。分かっている。だけど…、そう言われる度にジェレミアは鬱屈とした感情を抱いた。まるで努力をしようがしないが関係ないとでもいわれているかのようで…。自分の努力が踏みにじられているような気さえしてしまう。
自分なりに頑張って出した結果なのに…、誰もそのことに気付かない。むしろ、もっと上を目指せと期待を高めてくる。
でも…、リスティーナは違った。あの時、彼女はジェレミアができて当たり前だとは言わず、努力をしないと魔法を使えるようにはならないと言ったのだ。その言葉がどうしようもなく嬉しかった。
自分の努力が認められた気がした。
ルーファス王子が彼女を好きな理由が何となく分かった気がする。
リスティーナの纏う雰囲気は柔らかくて、心地がいい。一緒にいて、癒される。
リスティーナがルーファスについて話している時の表情やルーファスを看病している時のことを思い出す。
ルーファスの素顔を見た時はさすがにあまりにも異質な見た目だったから、驚いたがそれ以上に驚いたのは、リスティーナが躊躇なく、ルーファスに唇を重ねて口移しをしているのを見た時だ。
女性なら、普通、嫌悪するか目を背けてしまいそうな容姿なのに…。
彼女は本当にルーファス殿下の事を慕っているんだな。
ジェレミアはそんなリスティーナから目が離せなかった。
今までずっと…、恋や愛は歪んだ醜いものだと思っていた。
父を見ていると、余計にそう思う。
帝国の皇帝である父は母を愛していた。それはもう…、異常な程に。
父は父なりに母を愛していたのかもしれない。だけど…、父の愛はあまりにも歪んでいた。
父が母に向ける強い執着と独占欲…。深すぎる愛はやがて、毒となって母の心を蝕んでいった。
母は父によって人生を狂わされてしまった。
小さい頃から、父である皇帝の寵愛を競い合う妃や側室達の醜い争いを目の当たりにしてきた。
相手を蹴落とし、皇帝の寵愛を得る為なら、どんな汚い事でも平気でする。
恋とはここまで人を醜くさせるのかと思った。
自分もいつかあのようにドロドロとした感情を抱き、醜くなってしまうのだろうか。
ジェレミアはそれが恐ろしくて堪らない。自分には父と同じ狂った血が流れている。
自分も…、恋をしてしまったらあのように狂ってしまうのだろうか。
好きになった相手を傷つけ、泣かせてしまう。そんな最低な人間に…。
恋や愛を美しいというがそんなのはただの夢物語だ。恋愛なんてしたところで誰も幸せになれない。
むしろ、不幸になるだけだ。
だから、ジェレミアは心に決めた。自分は絶対に恋愛なんてしないと…。
ずっとその考えは変わらなかった。その筈だったのに…。
何故だろう。あの二人を見ていると、その気持ちが揺らいでしまう。
もしかして、あの二人は違うのではないか。一瞬、そんな風に思ってしまった。
ルーファスに恋をしている彼女は、今、幸せなんだろうか。
彼女に聞いたら何て答えるんだろう。
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