冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第三章 立志編

自己嫌悪

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「ルーファス様!」



リスティーナはルーファスの元に駆けつけると、目を覚ましたルーファスがゆっくりとこちらに視線を向けた。



「リスティーナ…。」



「ルーファス様!良かった…!目が覚めたんですね!身体の具合はどうですか?どこか痛いところはありませんか?」



「…ああ…、大丈夫、だ…。それより、あの後は大丈夫だったか?ラシードの奴は…?」



「大丈夫です。ラシード殿下もあの後は諦めてくれたのか追って来ることはなかったので…。」



「そうか…。」



ルーファスはゆっくりと起き上がるが、すぐに顔を歪めて、頭を押さえた。



「ルーファス様!無理はしないでください。ルーファス様はさっき、血を吐いて倒れてしまったんですから…。」



「俺は大丈夫だ。それより、あいつに何もされなかったか…?」



ルーファスの質問にリスティーナはギクリ、とした。

ラシードに寝所に連れ込まれた挙句、キスされただなんて言ったら、ルーファス様はどう思うだろうか?

…嫌だ。言いたくない。知られたくない。嫌われたくない。

幾ら、無理矢理だったとはいえ、私はルーファス様以外の男性に唇を許してしまった。

そんな私を…、ルーファス様はどう思うだろうか。リスティーナは咄嗟に嘘を吐いた。



「だ、大丈夫です!ルーファス様がすぐに助けに来てくれたので…、」



「本当か?」



「は、はい…。」



ジッと見つめられ、リスティーナは目を逸らしたくなるのを我慢し、無理矢理笑った。



「リスティーナ。手を…、握ってくれないか?」



ルーファスの言葉にリスティーナは怪訝に思いながらも、反射的に手を差し出した。

ギュッと彼に手を握られる。



「…俺が来る前、ラシードに何をされた?」



「あ…、いえ。別に何も…、」



同じ質問をされ、リスティーナは咄嗟に否定するが、ルーファスの顔が強張った。



「あいつ…、君にキスしたんだな。」



「え!?な、何故それを…、あっ…!」



ルーファスの言葉に思わず墓穴を掘ってしまい、リスティーナは慌てて口を噤むがもう遅い。

ルーファスは俯いて、どんな顔をしているのかよく見えない。ギリッと手を握る力が強くなり、リスティーナは痛みに顔を歪めた。



「あいつとのキスは…、良かったか?」



「え…?」



ルーファスが低い声でそう呟いた。感情を無理矢理抑え込んでいるかのような声はいつものルーファス様と違って見える。



「さぞかし、気持ち良かっただろうな。何せ、あいつは今まで数え切れないほど、女と浮名を流した百戦錬磨の男だ。ローザもあいつとのキスは恍惚とした顔で夢中になっていた位だ。…俺みたいについ最近まで童貞だった男と違って、キスも上手かっただろう。」



ゆっくりと顔を上げたルーファスの顔は無表情でほの昏い目をしていた。こんな怖い目をしたルーファス様…。初めて見た。



「る、ルーファス様…、んっ…!」



な、何か言わなきゃ…、そう思い、口を開くが突然、ルーファスがリスティーナの頬に手を触れ、そのまま無遠慮に口の中に指を入れた。まるでリスティーナの言葉を聞きたくないとでも言いたげに…。



「あいつも触れたんだな…。君のこの柔らかい唇に…。」



ルーファスはそのまま指でリスティーナの口の中を犯していく。

リスティーナは口を開けたまま、閉じる事もできずに生理的な涙を浮かべる。口の端から垂れた涎が垂れてしまう。



「ッ…!ふっ…!うっ…!」



「その顔…、あいつにも見せたのか?」



ルーファスの昏い目がリスティーナを見下ろした。また、この目だ。

ルーファスの指がグッとリスティーナの頬の内側を刺激する。

あ…、ルーファス様の指が私の口の中に…。リスティーナは思わず、ルーファスの指を舌で舐めた。ルーファス様の長くて、細い指…。いつも私に優しく触れてくれる手が…、私の口の中にある。

それだけで愛しさが込み上げる。そんなリスティーナにルーファスがギリッと歯を食い縛ると、急に指を口から離した。

リスティーナの口からルーファスの指に銀色の糸が滴り落ちた。

ハア…、と息をするリスティーナだったが急にガッと首の後ろに手を回され、そのまま唇を塞がれる。



「ッ!ふっ、んんっ!?」



ぬるり、と熱い舌が口の中に入ってくる。

いつもルーファス様がしてくれる優しいキスとは違う。まるで獣のようなキス…。

だけど…、それすらも愛おしい。それだけ、ルーファス様が私を求めてくれるのだと思うと、嬉しくてたまらない。もっと、して欲しい…。



「ふっ…!んッ…!ル、ファ―ス、様…!」



「ッ…!リスティーナ…!君は…、俺の物だ…!俺の…、俺だけの…!」



うわごとのようにそう呟くルーファスはまるで焦っている様に見える。どうして、そんな顔を…?

そう思いながらも目の前のキスに夢中になり、リスティーナは抵抗することなく、ルーファスを受け入れ、そっとその背中に腕を回した。

長い長いキスをして、やっと解放された頃にはリスティーナは息も絶え絶えだった。キスの余韻でルーファスに凭れ掛かるリスティーナを支えながら、ルーファスがリスティーナの肩に額を押し付けた。



「…君はやっぱり、俺よりもラシードがいいのか?」



「…?」



「…いや。いい。言わなくても分かっている。ラシードは顔もいいし、頭も切れる。剣も強い上に勇者の一人だ。俺なんかとは比べ物にならない。」



「ルーファス様?」



「だが、ラシードが君を幸せにできるとは思えない。泣かされるのが落ちだ。君が不幸になるだけだ。だから…、」



「ちょ、ちょっと待って下さい!ルーファス様!どうして、急にそんな事を言い出すんですか!?私、ラシード殿下の事なんて何とも思っていませんよ。」



「俺より、ラシードがいいと思ったんじゃないのか?」



「思いませんよ!そんな事!私が好きなのは、ルーファス様なんですから!」



「…本当か?」



ルーファスがリスティーナの手を取り、ジッとこちらを見つめる。リスティーナはその目から逸らさず、コクコクと頷く。



「君は…、ラシードではなく、俺を選んでくれるのか?」



「あ、当たり前です!ルーファス様。さっきからどうして、そんな事をお聞きになるのですか?」



「…。」



ルーファスは俯きながら、ポツリ、ポツリと答えた。



「俺は…、ラシードのように強くはない。女性は皆、強い男が好きなんだろう?

君の言葉を疑っている訳じゃない。だけど…、君だって本当は強い男の方に惹かれるのかと思うと…、どうしても…、そんな風に考えてしまうんだ…。」



俯くルーファスの表情は見えないが、苦しんでいるように見えた。



「あいつに言われなくても、分かっているんだ。俺は…、弱い。ラシードのように強くはなれない…。」



そう言って、唇を強く噛むルーファスにリスティーナは思わず反論した。



「ルーファス様は弱くないです!」



リスティーナはルーファスの手をギュッと握りしめる。



「ルーファス様は強い方です!ルーファス様は何度も私を助けてくれたではありませんか!それに、あなたはずっと呪いと戦ってきました。今だって…!そんな人が弱いだなんて…!」



「リスティーナ…。」



「魔法や剣、体術だけが強さとは私は思いません。心が強い人はなかなかいません。身体を鍛えても精神的に未熟な人はたくさんいます。でも、ルーファス様は強い心を持っています!それはとても尊いものです。もっと自信を持って下さい。」



ルーファスの目に光が戻っていく。

段々と冷静になってきたのかルーファスの目に理性の色が戻ってきた。

ルーファスはそっとリスティーナの髪に触れると、



「君は…、不思議な女性だ。君の言葉は魔法のようだ。俺はいつも君の言葉に救われている。」



そう言って、ルーファスは優しい目をして、リスティーナを見つめる。ルーファスはリスティーナの髪を指で梳きながら、



「ありがとう…。リスティーナ。」



「い、いえ…!そんな…。私は別に感謝をされるようなことは何も…。」



ルーファスはリスティーナにお礼を言った直後に何かを思い出したのかすぐに表情を曇らせた。



「…さっきはすまなかった。つい、カッとなって…、君に乱暴な事をしてしまった…。」



「そ、そんな…!謝るのは私の方です。その…、ごめんなさい。勝手な事をしたりして…、」



「いや。それはいいんだが…。それより、どうしてあんな状況になったのか聞いてもいいか?…もしかして、ラシードに命令されて無理矢理…?」



「ち、違うんです!あ、あの…、実は…、」



リスティーナはルーファスに事情を話した。北の森の出来事や落とした肩掛けを返してもらった事、その時にローザの協力を得るためにラシードと交渉したこと。



「ローザを説得するだと!?…何故、そんな事をしたんだ!あいつは、狡猾な男だ。頼んだところでただで引き受ける訳がない。必ず足元を見る筈だ。それに、あいつはパレフィエ国の王太子だ。各国の王族や外交官と対等に渡り合い、交渉術に長けた男だ。そんな男にどうして、そんな…、」



「ご、ごめんなさい…。本当に、その通りですよね…。」



ルーファスの言葉にリスティーナはシュン、とした。ルーファス様の言う通りだ。私なんかが適う相手ではなかったのに…。そんなリスティーナにルーファスはハッとして、



「あ…、すまない。リスティーナ。君を責めるつもりはなかったんだ。怒鳴ったりして、悪かった。俺の為にそこまでしてくれたのに…。」



ルーファスはそう言って、リスティーナに謝り、手を握った。



「だけど…、もうこんな事は二度としないでくれ。君の気持ちは嬉しいが、それで君が怪我をしたり、傷ついたりするのは嫌なんだ。」



「ルーファス様…。ごめんなさい。私…、」



リスティーナは自分を責めないルーファスの優しさに泣きたくなった。

彼の役に立ちたいと思って、行動しても結局、彼に迷惑を掛けてしまった。

ただでさえ、体調が悪いのにルーファス様は私を助ける為に無茶をして、倒れてしまった。

どうして、私はこうなのだろう。こんな役立たずな自分が嫌になる。

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