冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第三章 立志編

青い軍服の男

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「あのさ、君って頭はいいみたいだけど、実は馬鹿でしょ?」

「はっ…?」

少年に馬鹿と言われ、ルーファスは思わず面食らった。
そんな事初めて言われた。

「君は今まで何をしていたの?自分の置かれた状況を理解してる?君が今まで戦ってきた奴らは普通じゃない。君は既に普通じゃない状況で戦っているんだよ。いい加減、常識とか普通とかそんな考えは今すぐ捨てなよ。そんなんだから、君はミノタウロスにも勝てないんだよ。」

「ッ!」

た、確かにそうだ…。俺自身が普通ではないし、この状況だって普通じゃない。なのに、俺は常識の範囲内で物事を考えてしまっていた。

「君は頭は良くても、その知識を全く活かせてない。本当に賢い人間ってのは、その知識を活かすことができる人間の事をいうんだよ。
どれだけ知識があってもそれを使いこなさなきゃ、意味がない。
基礎的な知識を身に着けることで満足しているようじゃ、いつまで経っても君は成長しないよ。
分かる?このままだと、君は弱いままだよ。」

少年の言葉はルーファスの心に刺さった。
俺は…、無意識の内にこれでいいのだと満足していたのかもしれない。
知識を身に着けても、そこから先の事を考えたことがなかった。
ルーファスは思わず少年に問いかけた。

「ど、どうしたら、俺は強くなれる?…そもそも、俺は強くなれるのだろうか…。」

「君はまず、その固定観念を捨てる事から始めた方がいいよ。人間の思い込みや気持ちってのは結構、根深いものだから。本当はできるのにできないと思い込むと、できなくなっちゃう。今の君はそんな感じ。」

「思い込み…。」

俺は…、自分が弱いと思い込んでいるだけ?だけど…、俺が弱いのは事実で…。

「はあ…。全く…。男の癖にうじうじ悩んでんじゃねえ!男なら、覚悟を決めやがれ!」

いきなり、上から声がした。
誰だ!?ルーファスは反射的に顔を上げて、上を見上げた。
そこには、木の上に腰掛け、こちらを見下ろしている男がいた。
少年とは違って、木の上の男はルーファスと年齢が変わらないように見える。
気配に全然気付かなかった。
男は腰掛けていた木の上から立ち上がると、軽い身のこなしで飛び降りると、地面に降り立ち、ルーファスの目の前に立ち塞がった。
青みがかった黒髪に青い軍服のような服を着た男は品のある怜悧な美貌をしているが外見とは裏腹に言葉遣いと動作が荒く、精悍な印象を与える。
青い軍服の青年はジロッと濃紺色の瞳を細めて、ルーファスを睨みつけた。

「強くなれるかだと?そんなだから、お前は弱いままなんだ!男なら、強くなると断言する位の覚悟を見せろ!」

その迫力にルーファスは気圧された。

「何の覚悟もない奴が強くなれる訳ないだろうが!自分が強くなれるのかと他人に聞いてどうする!
それで強くなれないと言われて、お前はそこで諦めるのか!?お前の覚悟はその程度か!
笑わせるな!そんな中途半端な覚悟じゃ、お前は一生、強くはなれない!」

男はルーファスに指を突き付けた。

「大事なのは強くなれるか、なれないかじゃない!お前自身がどうありたいかだ!
強くなりたいと思ったらその心のままに突き進め!それができないなら、お前に強くなる資格はない!」

ルーファスはハッとした。
俺の気持ち…。俺は…、
ルーファスは拳をギュッと握りしめた。

「お前が強くなりたい理由は何だ?己が野心の為か?地位や権力を得る為か?お前は強くなった先に何を望む?」

ルーファスの脳裏に浮かんだのはリスティーナの姿だった。
俺が強くなりたいと思った理由…。そんなのは、最初から決まっている。

「…俺には…、守りたい人がいる。彼女を…、リスティーナを守れるだけの力が欲しい。その為に強くなりたい。」

「ほお…。」

男はルーファスの答えに少し興味深そうな表情を浮かべた。

「…惚れた女を守る、か。悪くない答えだ。男なら、女を守ってこその男だからな。お前はまだひよっこだが、その目つきは気に入ったぞ。…いいだろう。エレン、こいつの相手は俺がする。」

「うん。分かった。」

鈴の少年…、エレンと呼ばれた少年は男の言葉にコクリ、と頷いた。
青い軍服の男はルーファスに向き直ると、腰に下げた剣を鞘からは抜かず、鞘に収めた状態で剣を突き付けた。

「その言葉に偽りがないというのなら…、お前の覚悟を見せてみろ。お前のその言葉が本物だと証明することができれば、認めてやる。」

「認める…?」

「お前が強くなるために俺が鍛えてやると言ってるんだ。ただし、俺は生半可な覚悟の人間に戦い方を教えるつもりは一切ない。…何してる。いつまでも惨めったらしく、地面に膝をついてないで立ちやがれ!」

ルーファスは男の言葉に促され、慌てて立ち上がった。
うっ…!立ち上がってすぐルーファスは顔を顰めた。
さっき、大木にぶつけた所がズキリ、と痛む。
腕が痺れて思うように剣が握れない。手の感覚もあまり感じられない。
痛みを堪えながらもルーファスは立ち上がり、男を見据えた。

すると、突然、男の姿が視界から消えた。
消えた…!?と思った瞬間、殺気を感じた。
反射的に身体が動いた。
剣と剣がぶつかり合う音が森の中に響いた。気付いたら、男が目の前にいて、ルーファスは彼の攻撃を受け止めていた。

今の一瞬で間合いを詰めたのか…!?全く動きが見えなかった。
ルーファスの剣がカタカタと震える。
おまけに…、この男…!力が…、強い…!
今にも押し返されそうだ…!ルーファスは必死に力を籠めて、その場に踏みとどまった。
その間にも、男の攻撃が次から次へと繰り出される。凄い速さで全く視覚で認識できない。
ルーファスはいつもギリギリでその攻撃を受け止めて、防御することしかできない。
攻撃する余裕がない。は、速い…!速くて男の動きについていけない…!

「どうした!?少しは反撃して見せろ!」

「グッ…!」

そんな事を言われても…!攻撃を防ぐのが精いっぱいで…!
ガッ!と男の鋭い突きがルーファスの腕に当たった。ルーファスは耐えきれず、剣を取り落とし、地面に膝をついてしまう。

「うっ…!」

「何してる。さっさと、立て。」

男の容赦ない言葉にルーファスは立ち上がろうとするが手が…、足が…、動かない。
ルーファスは堪えきれずに弱音を吐いた。

「…す、少し…、休ませてくれ…。もう、腕が動かないんだ…。」

もう、限界だった。腕が…、千切れてしまいそうだ。
これ以上は、もう…。
ギリッ…、と歯を食い縛るような音が聞こえた。

「甘ったれるな!お前はそれでも、男か!」

男がルーファスに蹴りを入れた。

「ガッ…!?」

ルーファスは反撃もできず、まともに食らい、地面に倒れ込んだ。

「腕が動かないとか、骨が折れているとかそんな理由で敵がお前の怪我や身体を気遣ってくれるとでも思っているのか!そうやって言い訳して、逃げてばかりいるんじゃお前は一生、強くはなれないぞ!」

「っ…!」

強くなれない。それは、つまり、リスティーナを守ることができないという事だ。

「そんな様だから、お前は負け犬のままなんだ!お前は負け犬のまま一生を終える気か!?
弱者のまま惨めったらしく生きたいなら勝手にしろ。だがな!お前が負け犬のままでいるという事は惚れた女も同じ思いをするという事を忘れるな!
弱者は強い者には逆らえない。何をされても文句は言えない。奪われ、傷つけられ、踏みつぶされても黙って耐える事しかできない。それはお前が一番分かっている筈だ!お前はその苦しみを惚れた女にも味合わせる気か!?」

負け犬。弱者…。そうだ。俺は…、ずっとずっとそうだった。
仕方がないと諦めていた。どうせ、いつか死ぬからと…。俺は強くなれないし、仮に強くなったところでどうせ死ぬのだから意味がないと思っていた。
だけど…、今は違う。俺は…、俺には守りたい人ができたから…。
リスティーナには俺と同じ思いを味合わせたくない。

「男なら惚れた女の為に強くなれ!
手足が千切れそうになっても、血反吐を吐いても、骨が折れても…!最後まで戦え!辛くても、苦しくても、歯を食い縛って耐え抜くんだ!倒れても、倒れても、何度でも立ち上がれ!」

男の言葉にルーファスは力を振り絞った。
強く…、なりたい。リスティーナを…、彼女を守る為に…!その為だったら…、何だってやってやる!
ルーファスは剣を杖代わりにして、全身の痛みを堪えながらも、よろよろとゆっくりと立ち上がる。
もう…、手足の感覚はない。それでも、ルーファスは立ち上がり、剣を握り直した。
そのまま力を振り絞って、男に向かって走っていく。
剣を振り上げ、男に攻撃を仕掛ける。

男はいとも簡単にルーファスの攻撃を避けると、ルーファスの空いた脇を剣で殴りつけた。ルーファスはその激痛に一瞬、息ができなくなる。抜身の剣でなかったら、死んでいたことだろう。
思わずその場に倒れそうになるが渾身の力でその場に踏みとどまった。
まだ…!倒れるな!最後まで…、戦うんだ!心の中で自分にそう言い聞かせる。
もう一度、剣を構えて、男に攻撃をしていく。だが…、その攻撃が男に届くことはない。

「どうした!それがお前の本気か!お前の力はまだこんなもんじゃない!お前はまだ本来の力を出し切っていない!」

ルーファスの渾身の攻撃を易々と受け流し、鋭い突きをいれてくる。
ルーファスは歯を食い縛りながらもその攻撃を必死に受け止める。

「常識を超えろ!限界を超えろ!お前の本気を見せてみろ!」

「クッ…!」

ガッ!キン!キン!と剣と剣がぶつかり合う金属音が森の中に反響する。
もう一度、攻撃を仕掛けようと男の隙を突こうとするがなかなか、できない。
この男…!全く隙がない。これでは、攻撃ができない。

「こんな様じゃ、お前はいつまでたっても弱いままだ!弱いままじゃ、惚れた女も守り切ることもできない!」

男の剣がルーファスの剣と交差する。
男の濃紺色の瞳が鋭くルーファスを射抜いた。

「このままだと、お前の惚れた女はいつか他の男に奪われてしまうぞ!それでもいいのか!?」

「!」

リスティーナを奪われる?他の男に?
ルーファスの脳裏には昨夜のラシードの姿が思い浮かんだ。
ルーファスは湧き上がる強い感情のままに剣を握った。

「うわあああああああ!」

息が苦しい。肺が潰れそうだ。それでも、ルーファスは走った。ヒュン、と音を立てて、白刃を走らせた。男の髪が数本切られ、宙に舞った。男の目が見開いた。そして、フッと口元に笑みを浮かべ、

「面白い…。」

そう呟くと、ルーファスの次の攻撃が繰り出されるよりも前に剣の柄でルーファスの顎を殴りつけた。
その衝撃にルーファスはまたしても地面に倒れてしまう。それがルーファスの限界だった。
そのままルーファスは気を失ってしまった。
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