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第三章 立志編
鈴の少年
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霧。目の前が霧に覆われて、何も見えない。人の気配も感じない。
ここはどこだ?森の中、か…?
腰にはいつの間にか剣がぶら下がっていた。また、この悪夢か。
ということは…、また化け物が現れるということか…?
ルーファスは警戒して、剣を抜き、構えた。どこからくる…?
神経を研ぎ澄まし、辺りを警戒する。
その時、どこからかゴロゴロ、と何かが近づいてくる音が聞こえた。
だんだん、音が大きくなってくる。
この音は…、まさか、岩!?
ルーファスは急いでその場を離れた。
その直後、さっきまで自分がいた場所に大きな岩が落下してきた。
霧のせいで全然見えなかった。
危なかった…。あんなのをまともに食らっていたら即死だ。
くそっ…!霧のせいで周りが全然見えない。
かろうじて、気配と音と臭いは分かるがそれしか頼る術がないだなんて…。
一体、次は何が起こるんだ?
また、岩が落ちてくるかもしれない。
ルーファスはできるだけ遠くに移動することにした。
もしかしたら、さっきのは土砂崩れの前兆なのかもしれない。
できるだけ遠くに避難しないと…!
霧に覆われた中、足場の悪い森を駆け抜けていく。
次にいつ攻撃されるかわからない。
恐怖と不安から、息が乱れてくる。
ずっと神経を張り詰めているせいで体も心も疲弊してきた。
ルーファスはだんだん、息苦しさを感じた。思わず、足が立ち止まる。
膝に両手をつき、ハアハア、と肩で息をする。
息が苦しい…。この森は異常に酸素が薄い。そのせいか息が上手くできない。
ルーファスは息切れを起こし、胸に手を置いた。
その時、微かに何かの気配がした。ハッとして、思わず身構える。
何か来る…!どこからだ…?近くにいる筈だ。
霧のせいで何も見えない。
背後からドドド!と迫ってくる大きな足音が聞こえた。
後ろか!振り向きざまに横に飛び退くと、物凄い速さで巨大な何かが突進してきた。
巨大な何かは灰色の四本足を持つ大きな獣だった。
荒い鼻息を吐き、唾液を垂らしながら、四本足の巨大な獣はくるり、とルーファスに振り返った。
赤く光る目をこちらに向け、鋭い牙を持った大きな獣…。頭部には無数に生えた角が幾つもある。
何だ…。これは…?豚…。いや、猪か?
こんな大きな猪は見たことがない。まるで牛のように大きい。図鑑で見たどの豚や猪の種類とも一致しない。何なんだ?この生き物は…。
猪のような化け物はブオオオ!と叫びながら、ルーファスに向かって突進してくる。
ルーファスは剣を構え、怪物を迎え撃つ態勢をとった。
落ち着け…。感情を乱すな。今は、目の前の敵を斬ることに集中しろ。ルーファスはギリギリまで敵を惹きつけ、直前で剣を薙ぎ払った。
しっかりと手ごたえを感じた。振り向けば、地面に真っ二つに切り裂かれた猪の亡骸が横たわっていた。
な、何とか倒すことができた…。
ルーファスはホッと息を吐きだし、警戒しながらも倒した獣に近づいた。
やっぱり、見たことのない生き物だ。
それに、牙と角を持った豚や猪なんてこの世には存在しない筈。
しかも、これだけ巨大だと動きが鈍くなるはずなのに異様に早い。
それに…、この牙。妙な匂いを感じる。ルーファスはスン、と匂いを嗅いだ。
間違いない。毒の匂いがする。この牙には毒があるのか。
毒を持った猪。そんなの聞いたことがない。
こいつは、一体…。
その時、バサバサと鳥が飛ぶ音や小動物が走っていく音が聞こえる。
何だ?様子が変だ。まるで何かから逃げているかのような…。
その時、空気が変わった。
グオオオオオー!と震え上がるほどの大きな声が森中に響き渡る。
気配がまるで違う。さっき倒した獣とは比べ物にならない。
ルーファスは木の陰に身を隠した。
のし、のしと大きな足音が近づいてくる。
バリ、ボリと何かを噛み砕く嫌な音がした。
音の正体を見極めようとルーファスはそっと辺りを窺った。
そこには、一体の巨大な化け物がいた。
あまりの大きさにルーファスは息を呑み、硬直した。
な、何だ…。あれは…、ルーファスは心臓が嫌な音を立て、肌に汗が伝った。
あ、あんな大きな怪物…、見たことがない。
さっきのとは比べ物にならない。
顔は牛のように見えるが上半身は人間のように見える。筋肉と毛深い毛に覆われており、丸太のような腕は人間の身体なんて簡単に折ってしまいそうな位、頑丈そうに見える。
それに…、並みの人間より遥かにでかい。まるで巨人のようだ。体長は三メートルは超えているだろう。
獣のような足をしていて、鋭い爪が生えている。先が尖った尻尾も生えていて、明らかに人間じゃない。
これは…、動物なんかじゃない。魔物だ。五千年以上も前も昔に滅びたといわれている伝説の生き物…。
牛の顔を持ち、人間の身体をした生き物、ミノタウロス。
何で絶滅した筈の魔物がここに…!
ルーファスは動けなかった。こんなのただの人間が太刀打ちできる相手じゃない。
ぎょろり、とミノタウロスの目がこちらを見て、鋭く射抜いた。
ルーファスは動けなかった。絶対的な強者を前にして、体が動かない。
魔物がのしのし、とこちらに近づいてくる。
無理だ。勝てない。こんなの…、俺なんかが勝てる相手じゃない。弱い俺なんかが…、
不意にルーファスの脳裏にリスティーナの姿が思い浮かんだ。
『ルーファス様は弱くないです!』
ハッとした。そうだ…!俺は…、彼女の為に強くなりたいと思ったんだ。
弱いままじゃ…、彼女は守れない。今のままじゃ…、ルーファスの指先に力が籠った。
俺は…!ルーファスは顔を上げ、眼前の敵を見据えた。
ルーファスは剣を持ち、化け物に向かって駆け出した。
ミノタウロスがルーファスに持っていた棍棒を振りかざすがそれより早くに間合いに入り、腕を切り落とした。
斬れた!よし、いける!このまま、動きを封じれば…!立て続けにそのまま足を斬りつけた。
化け物の態勢が崩れたので一度、距離をとった。化け物は一度、地面に倒れたが切られた筈の手足の傷口が瞬く間に塞がり、新しく生え変わっていく。
それを見て、ルーファスは目を瞠った。何て再生能力だ。
やはり、伝承に書かれている魔物の特徴と一致している。
ルーファスは何度も切りかかるが切っても、次から次へと生えてくる。
これでは、キリがない。一体、どうすれば…?
考えている間に化け物が突然、消えた。
消えた!?と思った直後に背後に気配を感じた。
ルーファスは慌てて振り返るが攻撃を避けきれず、体が弾き飛ばされてしまう。
「グッ…!」
木の幹に背中を強くぶつけてしまい、一瞬、息ができなくなる。
地面に倒れこみ、ルーファスはすぐに立ち上がることができなかった。
まずい…!早く態勢を整えないと…!
弾き飛ばされた時に剣がどこかに飛んでしまい、ルーファスは朦朧とした意識で辺りを見渡した。
気づけば目の前に影が差し迫った。魔物の気配が濃くなった。
「ッ…!」
死を覚悟したその時、チリン、と鈴のような音が聞こえた。
鈴…?ルーファスはまだぼやける視界の中で音の正体を辿った。
軽やかな足音がしたかと思ったら、数メートル先に小柄な人影が現れた。
ゆったりとした白いローブを身に纏い、手には月を模った大きな杖が握られている。
杖の先端には赤い石が埋め込まれている。
フードを被っているので顔はよく見えないが、ローブの隙間から覗く手足は白くほっそりしていた。
「グオオオー!」
「ッ、逃げろ!」
魔物が叫びながら、ローブの子に突進していく。ルーファスが叫ぶが間に合わない。
ローブの子は魔物を前にしても、逃げることなく、そのままそこから動こうとしない。
スッと手にしていた杖を掲げ、軽く振った。
すると、杖の先端に埋め込まれた石から赤い閃光のようなものが飛び出し、魔物の首を一瞬で切り落としていた。
首が地面にボトッと落ち、そのままミノタウロスの身体も地面にドシン、と音を立てて、倒れた。
「なっ…!?」
今、何が…?ルーファスは何が起こったのか分からず、呆然と魔物の死骸を見ることしかできない。
いつの間にか森を覆っていた濃い霧が消えていて、周りが見えるようになっていた。
すると、チリン、チリンとまたしても音がした。さっきよりも音が近い。
見上げればいつの間にかさっきの白いローブの子が目の前にいた。
白いローブの子は被っていたフードをバサリ、と外した。
ルーファスは目を見開いた。
子供…!?目の前にいるのはまだ子供だった。
見たところルーファスよりも年下でまだ十二、三歳頃に見える。
赤みを帯びた黒髪にくりくりの大きな紅色の瞳を持った愛らしい容姿…。
鈴のついた赤いリボンで髪を結び、お揃いのチョーカーを首に巻いている。
その子が身動きするたびにチリン、と鈴の音が鳴る。
さっきの音の正体はこの鈴からだったのか。
この子…、男だよな?
一見、目の前の子供は可憐な少女に見えるがよく見れば男の子だった。
チョーカーで気づきづらいが喉仏だってある。
その子はルーファスを見て、ニコッと笑うと、スッと何かを差し出した。
それはルーファスの落とした剣だった。
「はい。これ、君のでしょ?」
男にしては高いが女よりも低い声。剣を握ったその手も骨ばっていて、女性の手じゃない。
中性的な容姿のせいで分かりづらいがやはり、男の子なのか…。顔だけ見たら、女の子のようだな。
「あ、ああ。すまない。」
ルーファスは見た目は少女のような少年から剣を受け取る。
「君、弱いね。あんな雑魚相手に負けそうになるなんて。」
「ざ、雑魚…?」
雑魚?あれが?あんなに強くて、でかくて、屈強な兵士でも逃げ出すような魔物が?
「ドラゴンでもあるまいし、あんなトロイ奴なんて三秒もあれば倒せるでしょ。普通。」
ドラゴン。トロイ。三秒。いろいろとあり得ない言葉を目の前の少年から聞かされ、ルーファスは唖然とする。
「君は…、ドラゴンと戦ったことがあるのか?」
ドラゴンは五千年前も昔に滅びたはずだ。それなのに、この子はまるでドラゴンと戦ったことがあるかのような口ぶりだ。
「あるよ。ドラゴンは…、ええと…、何体倒したっけ?」
少年は両手の指を数えながら、そう首を傾げた。
ルーファスは唖然とした。この子は嘘を吐いていない。そう分かっていても、到底信じられなかった。
一体どころか何体も倒した!?そんなことが可能なのか?
しかも、この子…、両手の指を使って数えた時、十本の指を全部折り曲げていた。
つまり、十体以上は倒したということか!?
確か過去の魔物戦記によれば、ドラゴン一体倒すだけで騎士団や魔術師で結成された精鋭隊で戦っても討ち取ることが難しいと書かれていた。
ドラゴンは魔物の中でも上位に位置する上級魔物。他の魔物とは強さが桁違いだ。
そのドラゴンを…、この子が?
「んー。駄目だ。忘れちゃった。」
少年は悪戯っぽく笑いながら、そう言った。
まるで教科書忘れましたと言って、笑って誤魔化す子供のような軽いノリだった。
「き、君が一人で…、倒したのか?」
「?うん。」
何でそんな当たり前のことを聞くの?とでも言いたげな顔をする少年にルーファスは思わず口を開いた。
「ど、ドラゴンを一人で倒すなんてそんなことできる筈が…、」
「そんなこと言ったって、僕実際倒したことあるし。大体、ドラゴンなんて、上位魔族に比べたら、そこまで大したことないよ。あいつらの方が知恵と魔力がある分、厄介だよ。」
上位魔族!?魔物よりも格上の存在と!?
上位魔族は魔族の中でも高位に位置する種族で魔王の次に強いといわれている。
だが、魔族も今はこの世界に存在しない。魔物と同じように絶滅したからだ。
一体、この子は幾つなんだ?本当にこの子は魔族と戦ったことがあるというのか?
「う、嘘だ…。そんな事、有り得ない…!」
「何で?」
「な、何でって…、ふ、普通に考えて、人間が魔族なんかに勝てるわけないだろう。」
「普通…ねえ。」
少年はどこか呆れたような目でルーファスを見た。
ここはどこだ?森の中、か…?
腰にはいつの間にか剣がぶら下がっていた。また、この悪夢か。
ということは…、また化け物が現れるということか…?
ルーファスは警戒して、剣を抜き、構えた。どこからくる…?
神経を研ぎ澄まし、辺りを警戒する。
その時、どこからかゴロゴロ、と何かが近づいてくる音が聞こえた。
だんだん、音が大きくなってくる。
この音は…、まさか、岩!?
ルーファスは急いでその場を離れた。
その直後、さっきまで自分がいた場所に大きな岩が落下してきた。
霧のせいで全然見えなかった。
危なかった…。あんなのをまともに食らっていたら即死だ。
くそっ…!霧のせいで周りが全然見えない。
かろうじて、気配と音と臭いは分かるがそれしか頼る術がないだなんて…。
一体、次は何が起こるんだ?
また、岩が落ちてくるかもしれない。
ルーファスはできるだけ遠くに移動することにした。
もしかしたら、さっきのは土砂崩れの前兆なのかもしれない。
できるだけ遠くに避難しないと…!
霧に覆われた中、足場の悪い森を駆け抜けていく。
次にいつ攻撃されるかわからない。
恐怖と不安から、息が乱れてくる。
ずっと神経を張り詰めているせいで体も心も疲弊してきた。
ルーファスはだんだん、息苦しさを感じた。思わず、足が立ち止まる。
膝に両手をつき、ハアハア、と肩で息をする。
息が苦しい…。この森は異常に酸素が薄い。そのせいか息が上手くできない。
ルーファスは息切れを起こし、胸に手を置いた。
その時、微かに何かの気配がした。ハッとして、思わず身構える。
何か来る…!どこからだ…?近くにいる筈だ。
霧のせいで何も見えない。
背後からドドド!と迫ってくる大きな足音が聞こえた。
後ろか!振り向きざまに横に飛び退くと、物凄い速さで巨大な何かが突進してきた。
巨大な何かは灰色の四本足を持つ大きな獣だった。
荒い鼻息を吐き、唾液を垂らしながら、四本足の巨大な獣はくるり、とルーファスに振り返った。
赤く光る目をこちらに向け、鋭い牙を持った大きな獣…。頭部には無数に生えた角が幾つもある。
何だ…。これは…?豚…。いや、猪か?
こんな大きな猪は見たことがない。まるで牛のように大きい。図鑑で見たどの豚や猪の種類とも一致しない。何なんだ?この生き物は…。
猪のような化け物はブオオオ!と叫びながら、ルーファスに向かって突進してくる。
ルーファスは剣を構え、怪物を迎え撃つ態勢をとった。
落ち着け…。感情を乱すな。今は、目の前の敵を斬ることに集中しろ。ルーファスはギリギリまで敵を惹きつけ、直前で剣を薙ぎ払った。
しっかりと手ごたえを感じた。振り向けば、地面に真っ二つに切り裂かれた猪の亡骸が横たわっていた。
な、何とか倒すことができた…。
ルーファスはホッと息を吐きだし、警戒しながらも倒した獣に近づいた。
やっぱり、見たことのない生き物だ。
それに、牙と角を持った豚や猪なんてこの世には存在しない筈。
しかも、これだけ巨大だと動きが鈍くなるはずなのに異様に早い。
それに…、この牙。妙な匂いを感じる。ルーファスはスン、と匂いを嗅いだ。
間違いない。毒の匂いがする。この牙には毒があるのか。
毒を持った猪。そんなの聞いたことがない。
こいつは、一体…。
その時、バサバサと鳥が飛ぶ音や小動物が走っていく音が聞こえる。
何だ?様子が変だ。まるで何かから逃げているかのような…。
その時、空気が変わった。
グオオオオオー!と震え上がるほどの大きな声が森中に響き渡る。
気配がまるで違う。さっき倒した獣とは比べ物にならない。
ルーファスは木の陰に身を隠した。
のし、のしと大きな足音が近づいてくる。
バリ、ボリと何かを噛み砕く嫌な音がした。
音の正体を見極めようとルーファスはそっと辺りを窺った。
そこには、一体の巨大な化け物がいた。
あまりの大きさにルーファスは息を呑み、硬直した。
な、何だ…。あれは…、ルーファスは心臓が嫌な音を立て、肌に汗が伝った。
あ、あんな大きな怪物…、見たことがない。
さっきのとは比べ物にならない。
顔は牛のように見えるが上半身は人間のように見える。筋肉と毛深い毛に覆われており、丸太のような腕は人間の身体なんて簡単に折ってしまいそうな位、頑丈そうに見える。
それに…、並みの人間より遥かにでかい。まるで巨人のようだ。体長は三メートルは超えているだろう。
獣のような足をしていて、鋭い爪が生えている。先が尖った尻尾も生えていて、明らかに人間じゃない。
これは…、動物なんかじゃない。魔物だ。五千年以上も前も昔に滅びたといわれている伝説の生き物…。
牛の顔を持ち、人間の身体をした生き物、ミノタウロス。
何で絶滅した筈の魔物がここに…!
ルーファスは動けなかった。こんなのただの人間が太刀打ちできる相手じゃない。
ぎょろり、とミノタウロスの目がこちらを見て、鋭く射抜いた。
ルーファスは動けなかった。絶対的な強者を前にして、体が動かない。
魔物がのしのし、とこちらに近づいてくる。
無理だ。勝てない。こんなの…、俺なんかが勝てる相手じゃない。弱い俺なんかが…、
不意にルーファスの脳裏にリスティーナの姿が思い浮かんだ。
『ルーファス様は弱くないです!』
ハッとした。そうだ…!俺は…、彼女の為に強くなりたいと思ったんだ。
弱いままじゃ…、彼女は守れない。今のままじゃ…、ルーファスの指先に力が籠った。
俺は…!ルーファスは顔を上げ、眼前の敵を見据えた。
ルーファスは剣を持ち、化け物に向かって駆け出した。
ミノタウロスがルーファスに持っていた棍棒を振りかざすがそれより早くに間合いに入り、腕を切り落とした。
斬れた!よし、いける!このまま、動きを封じれば…!立て続けにそのまま足を斬りつけた。
化け物の態勢が崩れたので一度、距離をとった。化け物は一度、地面に倒れたが切られた筈の手足の傷口が瞬く間に塞がり、新しく生え変わっていく。
それを見て、ルーファスは目を瞠った。何て再生能力だ。
やはり、伝承に書かれている魔物の特徴と一致している。
ルーファスは何度も切りかかるが切っても、次から次へと生えてくる。
これでは、キリがない。一体、どうすれば…?
考えている間に化け物が突然、消えた。
消えた!?と思った直後に背後に気配を感じた。
ルーファスは慌てて振り返るが攻撃を避けきれず、体が弾き飛ばされてしまう。
「グッ…!」
木の幹に背中を強くぶつけてしまい、一瞬、息ができなくなる。
地面に倒れこみ、ルーファスはすぐに立ち上がることができなかった。
まずい…!早く態勢を整えないと…!
弾き飛ばされた時に剣がどこかに飛んでしまい、ルーファスは朦朧とした意識で辺りを見渡した。
気づけば目の前に影が差し迫った。魔物の気配が濃くなった。
「ッ…!」
死を覚悟したその時、チリン、と鈴のような音が聞こえた。
鈴…?ルーファスはまだぼやける視界の中で音の正体を辿った。
軽やかな足音がしたかと思ったら、数メートル先に小柄な人影が現れた。
ゆったりとした白いローブを身に纏い、手には月を模った大きな杖が握られている。
杖の先端には赤い石が埋め込まれている。
フードを被っているので顔はよく見えないが、ローブの隙間から覗く手足は白くほっそりしていた。
「グオオオー!」
「ッ、逃げろ!」
魔物が叫びながら、ローブの子に突進していく。ルーファスが叫ぶが間に合わない。
ローブの子は魔物を前にしても、逃げることなく、そのままそこから動こうとしない。
スッと手にしていた杖を掲げ、軽く振った。
すると、杖の先端に埋め込まれた石から赤い閃光のようなものが飛び出し、魔物の首を一瞬で切り落としていた。
首が地面にボトッと落ち、そのままミノタウロスの身体も地面にドシン、と音を立てて、倒れた。
「なっ…!?」
今、何が…?ルーファスは何が起こったのか分からず、呆然と魔物の死骸を見ることしかできない。
いつの間にか森を覆っていた濃い霧が消えていて、周りが見えるようになっていた。
すると、チリン、チリンとまたしても音がした。さっきよりも音が近い。
見上げればいつの間にかさっきの白いローブの子が目の前にいた。
白いローブの子は被っていたフードをバサリ、と外した。
ルーファスは目を見開いた。
子供…!?目の前にいるのはまだ子供だった。
見たところルーファスよりも年下でまだ十二、三歳頃に見える。
赤みを帯びた黒髪にくりくりの大きな紅色の瞳を持った愛らしい容姿…。
鈴のついた赤いリボンで髪を結び、お揃いのチョーカーを首に巻いている。
その子が身動きするたびにチリン、と鈴の音が鳴る。
さっきの音の正体はこの鈴からだったのか。
この子…、男だよな?
一見、目の前の子供は可憐な少女に見えるがよく見れば男の子だった。
チョーカーで気づきづらいが喉仏だってある。
その子はルーファスを見て、ニコッと笑うと、スッと何かを差し出した。
それはルーファスの落とした剣だった。
「はい。これ、君のでしょ?」
男にしては高いが女よりも低い声。剣を握ったその手も骨ばっていて、女性の手じゃない。
中性的な容姿のせいで分かりづらいがやはり、男の子なのか…。顔だけ見たら、女の子のようだな。
「あ、ああ。すまない。」
ルーファスは見た目は少女のような少年から剣を受け取る。
「君、弱いね。あんな雑魚相手に負けそうになるなんて。」
「ざ、雑魚…?」
雑魚?あれが?あんなに強くて、でかくて、屈強な兵士でも逃げ出すような魔物が?
「ドラゴンでもあるまいし、あんなトロイ奴なんて三秒もあれば倒せるでしょ。普通。」
ドラゴン。トロイ。三秒。いろいろとあり得ない言葉を目の前の少年から聞かされ、ルーファスは唖然とする。
「君は…、ドラゴンと戦ったことがあるのか?」
ドラゴンは五千年前も昔に滅びたはずだ。それなのに、この子はまるでドラゴンと戦ったことがあるかのような口ぶりだ。
「あるよ。ドラゴンは…、ええと…、何体倒したっけ?」
少年は両手の指を数えながら、そう首を傾げた。
ルーファスは唖然とした。この子は嘘を吐いていない。そう分かっていても、到底信じられなかった。
一体どころか何体も倒した!?そんなことが可能なのか?
しかも、この子…、両手の指を使って数えた時、十本の指を全部折り曲げていた。
つまり、十体以上は倒したということか!?
確か過去の魔物戦記によれば、ドラゴン一体倒すだけで騎士団や魔術師で結成された精鋭隊で戦っても討ち取ることが難しいと書かれていた。
ドラゴンは魔物の中でも上位に位置する上級魔物。他の魔物とは強さが桁違いだ。
そのドラゴンを…、この子が?
「んー。駄目だ。忘れちゃった。」
少年は悪戯っぽく笑いながら、そう言った。
まるで教科書忘れましたと言って、笑って誤魔化す子供のような軽いノリだった。
「き、君が一人で…、倒したのか?」
「?うん。」
何でそんな当たり前のことを聞くの?とでも言いたげな顔をする少年にルーファスは思わず口を開いた。
「ど、ドラゴンを一人で倒すなんてそんなことできる筈が…、」
「そんなこと言ったって、僕実際倒したことあるし。大体、ドラゴンなんて、上位魔族に比べたら、そこまで大したことないよ。あいつらの方が知恵と魔力がある分、厄介だよ。」
上位魔族!?魔物よりも格上の存在と!?
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だが、魔族も今はこの世界に存在しない。魔物と同じように絶滅したからだ。
一体、この子は幾つなんだ?本当にこの子は魔族と戦ったことがあるというのか?
「う、嘘だ…。そんな事、有り得ない…!」
「何で?」
「な、何でって…、ふ、普通に考えて、人間が魔族なんかに勝てるわけないだろう。」
「普通…ねえ。」
少年はどこか呆れたような目でルーファスを見た。
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