冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第三章 立志編

療養

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リスティーナは困惑していた。
ルカにルーティア文字について教えていたら、突然侍女がやってきて、ルーファス様が呼んでいると言われたからだ。何でも、来客の対応中に急に具合が悪くなってしまったらしい。
自分を呼んでいると言われ、慌ててルーファスの元に向かおうとしたが、それに待ったをかけたのがルカだった。

ルカの言い分を聞いて、リスティーナも冷静を取り戻し、確かにと思った。
基本的にルーファス様はルカ達以外の使用人を信用していない。
過去には、使用人に命を狙われ、殺されかけたことが何度もあったのだから…。
侍女…、ベッキーはルカの言葉に顔を青褪め、唇を噛み締めて俯いている。
この反応…。やっぱり、ルーファス様が呼んでいるというのは嘘だったの?どうして、そんな嘘を…。
その時、扉が音を立てて、開かれた。

「ヒッ!?で、殿下…。」

「あ、殿下!良かった!丁度いい所に…、」

中に入ってきたのはルーファスだった。
ルーファスの登場にベッキーは悲鳴を上げた。そんなベッキーにルーファスはチラッと視線を向けると、

「ここで何をしている?ルカ以外の人間は入らないように言いつけておいた筈だが?」

「ッ…!」

ルーファスの言葉にベッキーは震えるばかりで答えようとしない。

「それがですね…。この人が殿下の命令でリスティーナ様を連れてこいって言ってきてて…、本当に殿下がそんな命令を出したのかって話してた所なんですよ。」

「ちょ、ちょっと!」

「そんな命令は出していない。仮に何かあったとしても、爺に頼んでいる。」

「でしょうね。」

ルーファスの答えにルカはあっさりと頷いた。

「やっぱり、嘘じゃないですか。これは問題ですよ。あんた、自分が何をしたか分かっていますよね?このことはロジャーさんにも報告して…、」

「な、何よ!あたしは悪くないわ!大体、あんたが余計な事言わなければ…!」

「はあ!?今のどう見たって悪いのはそっちでしょう!」

「ベッキー。」

逆切れするベッキーにルカが反論するがルーファスが口を開いた。
大きな声ではないが、妙な威圧感があった。
ルーファスが名前を呼んだだけでベッキーはあからさまにビクッとした。

「今回は初犯だから見逃してやる。…だが、次はない。」

「ひ、ヒイ…!」

ベッキーは悲鳴を上げて、ルーファスの冷ややかな眼差しにガタガタと震え、もつれる足を動かして、部屋から出て行った。
そんなベッキーの後姿をリスティーナは呆然と見送った。
ベッキーが去った後、ルーファスはフウ、と疲れたように息を吐いた。
リスティーナはハッとした。いけない。ルーファス様を立たせたままだった。

「ルーファス様。立ったままだと辛いでしょうから、こちらに座って下さい。」

そう言って、リスティーナはルーファスに駆け寄り、彼の手を取ると、長椅子に誘導した。

「ルーファス様。身体のほうは大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。」

「それなら、いいのですけど…。辛かったらすぐに言ってくださいね。」

「ああ。」

「そういえば、王宮の使者の方はもう帰られたのですか?」

「さっき、帰ったところだ。父上の伝達事項を聞いただけだからな。話もすぐに終わったし、体調に変わりはないから心配ない。」

ルーファスの言葉にリスティーナはホッとした。
良かった…。ルーファス様はほんの少しでも体力を使ったり、無理をすると体調が悪化してしまう。
そんな彼を心配していたリスティーナは安堵から胸を撫で下ろした。

「それにしても、ベッキーは一体、どうしてあんな嘘を吐いたのでしょうか?…もしかして、また王妃様が…?」

ルーファスの命を狙っている敵は多くいる。特に王妃様は正妃や側室、使用人を使ってルーファス様を何度も殺そうとしてきた。あの人ならやりかねない。

「…おそらくな。リスティーナ。さっきのを見たら分かると思うがベッキーはあまり信用するな。」

「は、はい。分かりました。でも、あの…、ベッキーをあのまま放っておいていいのでしょうか?」

「問題ない。警告もしたことだし、もうこれ以上、下手な真似はしないだろう。あれで引き下がらないようなら、呪ってやるぞとでも脅しておけばいい。どちらにしろ、ああいう女には関わらない方がいい。」

「そうですよ!大体、あの女僕に何したと思います!?ベタベタ馴れ馴れしくしてきたかと思ったら、僕が男爵家の子だと言った瞬間、興味を失ったかのようにあっさり離れて、寄り付きもしなくなったんですよ!?金と地位目当てってのがバレバレなんですよ!別にベッキーは僕の好みでもないですけどあそこまであからさまだとすんごいムカつきます!」

「そ、それは…、その…、大変だったのね。」

そんな事があったとは知らず、リスティーナはルカに同情した。
ああ。そういえば、メイネシアにもそんな侍女たくさんいたな。
爵位の高い貴族令息やエリート階級の騎士達に媚びを売ったり、アピールをしたりして、意中の男性を射止めようと必死ではあったがその反面、平民出の騎士や同じ立場の使用人、下級貴族出身の貴族令息には見向きもしなかった。
どこの国にも玉の輿狙いの侍女っているのね。
そんなルカを横目にルーファスは机の上に広げられたノートに目を留めた。

「これは…、君が書いたものか?」

「あ、はい。それは私がルーティア文字について纏めたものなんです。さっきまでルカに教えてて…、」

「リスティーナ様のノート分かりやすいですよ。殿下も教えて貰ったらどうです?」

「ルカ。何言っているの。ルーファス様が古代文字を勉強する必要は…、」

「そうだな。リスティーナ。もし、君さえ良ければ、俺にも教えてくれないか。」

「え!?」

リスティーナはびっくりして思わずルーファスを見つめた。

「駄目か…?」

「い、いえ!私でよければ喜んで!」

リスティーナは思わず声を張り上げてそう答えた。自分でも思っていた以上に大きな声を出してしまい、恥ずかしくなった。

「あ、そういえば僕、ロジャーさんに頼まれていた用事を思い出しました。そういう訳で僕はこれで失礼します。」

気を利かせたのかルカはそう言って、さっさと部屋から出て行った。

「あの…、ルーファス様。もう少し体調が回復してからまた改めて、勉強しませんか?病み上がりの後に無理をすると身体に障りますから…。」

「そうしてくれると、助かる。…それはそうと、リスティーナ。実は、君に話があるんだ。」

話?何だろう?
リスティーナは居住まいを正した。

「しばらく王都を離れて、療養のために避暑地に行くことにした。今は初夏とはいえ、もうすぐ本格的に暑くなるし、暑さでやられて体調が悪化するかもしれないからな。」

「あ…、」

確かにルーファス様の身体の為にも自然の溢れる空気の綺麗な場所で療養した方がいいかもしれない。

「王家が所有する北の領地に湖が見える避暑地がある。そこでしばらくの間、療養しようと思ってる。」

「…そ、そうですか…。」

そっか…。じゃあ、ルーファス様は王都を離れて、暫くは戻ってこれないんだ。
寂しいな…。でも、しょうがない。ルーファス様の身体の為だ。会えないから寂しいなんて言ってルーファス様を困らせちゃ駄目だ。
リスティーナは内心の寂しさを隠して、笑顔でルーファスを送り出そうと思った。

「それで…、本題はここからなんだが…。良かったら、君も一緒に来ないか?」

「!わ、私も…?」

予想外の提案にリスティーナはびっくりして、俯いていた顔を上げた。

「ああ。田舎だから、王都のように華やかな場所ではないし、買い物も満足にできないから年頃の君には退屈かもしれないが。」

「そ、そんな事ありません!私、都会よりも田舎や自然のある場所の方が好きです!」

むしろ、ルーファス様と一緒なら、山小屋でも、無人島でも構わない。

「う、嬉しいです。とても…。でも、あの…、本当に私もご一緒してもいいのですか?その…、私が後宮の外に出たら問題になるんじゃ…、」

「大丈夫だ。俺が許可するから、君は何も気にする必要はない。…もし、君も一緒に来てくれると、俺としてはすごく心強い。」

「ッ!い、行きます!私も行きたいです!一緒に連れて行ってください。」

ルーファスの言葉にリスティーナは条件反射で頷いていた。
断るなんて選択肢は端から頭になかった。
嬉しい…!まさか、私も同行することができるなんて…!
これで、もっとルーファス様の傍にいることができる。
そんなリスティーナにルーファスはホッとしたように

「そうか。…急で悪いが明日には王都を発つことになりそうなんだが…、構わないか?勿論、準備はこちらで進めておく。」

「はい。大丈夫ですよ。」

出発は明日と聞いて、リスティーナは内心、驚いた。
随分、急なのね。でも、荷造りや準備はしてくれていると言っているし、身一つでいいのなら…。
リスティーナはルーファスの言葉に頷いた。

「出発は明朝の予定だ。夜遅くに寝ると明日に響くから、今日は早く寝るといい。」

「じゃあ、夕食も早めにとったほうがよさそうですね。」

今日は早く寝て明日に備えないと…。
リスティーナは明日に向けて今日は早めに寝ようと心に決めた。





「取引には応じない?嘘でしょう?ローザを餌にしてもあの男、頷かなかったの?」

ラシードの言葉にアーリヤは驚いて聞き返した。ラシードがルーファスとの話を終えて帰ってくると、アーリヤはその結果について早速問いただした。予想外の結果にアーリヤは唖然とした。

「あいつ、思った以上にリスティーナに執着しているみたいだな。ローザの名前を出すと、少し反応があったから取引に使えると思ったんだが…。リスティーナを要求したらきっぱり断りやがった。」

「まさか、ルーファスの奴、リスティーナの正体に気付いているんじゃ…、」

「いや。それはないな。リスティーナの出自とか太陽の刺繍について指摘しても何の反応もなかったからな。多分、あいつはまだリスティーナの正体に気付いていない。」

「それなら、いいけど…。そういえば、お兄様。例の男好きの侍女は使えそう?」

「ああ。お前の読み通りだったよ。こっちが仕掛けるまでもなくあちらから近付いてきた。」

「やっぱりね。あの女なら、絶対お兄様に近づいてくると思ってたわ。それで?」

「ちょっと同調して、煽ててやったらすぐに落ちて、俺の願いもあっさり聞いてくれたぞ。ただ…、あの女頭は悪いのか失敗して、ルーファスに目をつけられたらしいんだ。」

「何したのよ。その女。」

「何でもルーファスの名前を出して、リスティーナを呼び出そうとしたらしい。」

「はあ?馬鹿じゃないの。そんなのすぐ嘘だってばれるに決まっているじゃない。まさか、それお兄様の指示?」

「馬鹿言え。あのガードの固いルーファス相手にそんな真似するわけないだろう。俺はリスティーナを呼び出すように頼んだだけだ。別にやり方は幾らでもあるし、王宮の侍女やっている位だから、ルーファスの目を誤魔化すことくらいはできるだろうって思ってたんだけどな。」

「男に媚びを売るのは得意でも、そっちは得意じゃなかったみたいね。ハア…。残念。その女なら使えるかなって思ったのに…。ところで、その侍女、後で煩く言ってこなかった?」

「ルーファスが怖かったって泣いて縋られたけど、面倒くさかったから適当に言い訳して帰ってきた。」

「お兄様ったら悪い人。」

「おいおい。先に言い出したのは誰だよ?」

ラシードとアーリヤはお互いに黒い笑みを浮かべ、笑い合う。
ラシードは窓際を眺め、リスティーナがいるであろう離宮に視線を向けた。
リスティーナは強い香水を使っている。匂いがしないと思ったのはその香水のせいだ。
母親の指示なのか誰かに言い含められているのかは分からないが、もう一度、リスティーナに会って嗅いでみれば分かるかもしれない。
さて…、リスティーナはどんな匂いがするのだろうか?
ローザのように薔薇の匂いか。それとも…、ラシードはくつり、と喉の奥で笑い、目を細めた。
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