冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第四章 覚醒編

鈴のチョーカー

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チリン、とエレンが動くたびに鈴が鳴る。
思わずルーファスはエレンに質問する。

「エレンは鈴が好きなのか?」

初めて会った時から気になっていたのだ。エレンはいつも装飾品や服の裾に鈴をつけている。
どうして、あんなに鈴をつけているのだろう。特に赤いチョーカーの鈴は肌身離さず身に着けている。
ルーファスの質問にエレンは何かを懐かしむような目をして、大切そうにチョーカーの鈴に触れた。

「うん。僕は昔から、鈴が好きなんだ。これはね…、母様が僕に贈ってくれたものなんだよ。」

「エレンの母上から?」

「鈴は魔除けの効果があるんだ。だから、悪いものから僕を守ってくれるようにって母様が願いを込めて作ってくれたものなんだ。」

母親に貰ったと嬉しそうに話すエレン。
そういえば、エレンは母親が大好きなんだったな。
あの鈴のチョーカーはエレンの母親がくれた物だったのか。
だから、ああやって肌身離さず持っていたんだな。

「エレンの母親は優しい人だったんだな。」

「うん!僕の母様は世界一、綺麗で優しい人だよ。」

母親について語るエレンは無邪気な子供のようにキラキラしていた。
純粋に羨ましいと思った。ルーファスの実の母親はそんな風に息子を愛してくれた事なんてなかったから。

「そうだ。ルーファスにも僕の母様を見せてあげるよ。」

そう言って、エレンは宝石と透かし彫りで作られたコンパクトミラーを取り出した。
蓋を開けるが、ただの鏡だ。普通のコンパクトミラーでしかない。エレンの母親を見せるとは一体…?
そう思っていると、エレンがカチッと宝石の部分を押した。
すると、映像のようなものが浮かび上がり、黒髪の艶やかで美しい女性の姿が映し出された。
まさか、これは魔道具…?映像を記録し、投影する魔道具か。

「これが僕の母様。どう?美人でしょ?」

「ああ。綺麗な人だな。」

エレンの母親は穏やかで優しそうな人だった。どことなく気品がある。もしかして、エレンの母親は貴族の出なのだろうか?

「そうでしょ?僕の母様は美人だったから、村では男達から凄い人気があったんだよ。母様に求婚する男が後を絶たなかったんだ。」

「エレンの母親は結婚していたのではないのか?」

「母様は未婚で僕を産んだから。」

「未婚で…?」

「僕の父親は僕が生まれる前に亡くなってるからね。」

エレンにそんな過去があるだなんて知らなかった。
そういえば、エレンは母親の事はよく話すが父親の事はほとんど話すことはなかった。

「エレンの父親は病気か事故で亡くなったのか?」

「僕の父親は母様を逃がす為に命懸けで戦って命を落としたんだ。だから、僕は父親の顔を知らない。僕が知っているのは母様から聞いた父親の話とこの目の色が父親譲りなんだってことだけ。」

「逃がす…?エレンの母は誰かに追われていたのか?」

エレンの父親は母子を守る為に…。しかし、逃がすとは一体、何から…?

「僕の母様がいた国はね…、生ごみの腐ったような国だった。魔力の高い若い生娘を魔物に生贄として捧げる風習があったんだよ。その生贄に選ばれたのが僕の母様だったんだ。」

「生贄…!?」

人を生贄の儀式に捧げるなんて、現代では考えられない。
そんな事をするのは今では黒魔術や呪術信仰者位だ。
大昔は異教の儀式でそんな風習があったらしいが今は断絶している。
しかも、魔物?魔物は今は絶滅している筈。昔は確かに魔物は存在していたが…。
一体、エレンはどこの国で生まれ育ったというのだろう。

「僕の母様の家族は性根の腐った連中ばかりだった。生贄になるのは本当は母様の妹だったのに、いざ儀式が近付くと、やっぱり生贄になりたくないって拒否したんだよ。自分から名乗りを上げたくせに勝手なもんだよね。」

「自分から生贄になりたいと言ったのか?」

「それだけ聞くと、随分と自己犠牲精神に溢れた女だなと思うかもしれないけど、実際のところはそんなんじゃないよ。そもそも、生贄に選ばれる女はその見返りに周りからは蝶よ花よとお姫様のように扱われるんだ。何をしても許される。どんな願いもある程度の事ならば叶えられる。王家からはたんまりと金も支給されるから、贅沢もし放題。そこに惹かれたんだろうね。でも、生贄になる気は一切、なかった。」

「気持ちは分かるが、それは覚悟した上の事なのではなかったのか?その見返りに恩恵を受けていたのだろう?」

「あの女は最初から生贄になるつもりはなかったんだよ。贅沢を享受するだけしといて、最後は役目を放棄する気だったんだ。…あの女は直前になって生贄になるのを嫌がって、母様を自分の身代わりとして、生贄に捧げようとしたんだ。」

「実の姉を…、自分の身代わりに?」

「別にこんな話、珍しい事でもないよ。貴族とか王族ではよくある話だし。これがまともな親ならそんな馬鹿げた話、受け入れる筈がないけど、妹の方を溺愛していた母様の両親はその考えに賛同したんだよ。母様に拒否権なんてなかった。次期当主として育てられた母様だったけど、当主の命令は絶対だからね。」

「…屑だな。」

聞いているだけで吐き気がする。実の姉を身代わりにしようとする妹も妹だが、それを止めるべき立場の両親が妹に味方するとは聞いて呆れる。仮にも実の娘を生贄に捧げることに何の躊躇もなく、賛同するとは…。

「誰も味方がいない母様にたった一人だけ味方がいたんだ。異端の王子と呼ばれた第七王子。それが僕の父親だった。」

「王子?エレンの父親は王族だったのか?異端の王子とは一体…、」

「僕の父親が異端と呼ばれていたのは、その国の王族にはない考えと意見を持っていたから。
僕の父親は人間を生贄に捧げる儀式を廃止するように国王に訴えていたんだ。そのせいで国王からは勿論、他の王族や貴族達から異端者として疎まれていたんだ。国を乱す反逆者とも呼ばれていた。」

人間を生贄にする事自体が間違っているというのにそれを止めるように進言しただけで異端者扱いされるとは…。
狂っている。風習もここまでくると、狂気でしかない。

「父様は母様を助けるために王子の地位や身分も捨てて、母様を連れて逃げたんだ。
だけど、追手が迫ってきて、母様を逃がす為に父様はその場に残って追っ手を迎え撃った。
父様は強い男だったらしいけど、敵の数が多すぎた。追っ手は全員、討ち取ったけど受けた傷が深すぎたせいでそのまま亡くなった。」

エレンの過去にそんな背景があったとは…。

「父様を看取った母様はその後、村に逃げ延びて僕を産んだ。だけど、僕は紅い目を持って生まれた。
母様は父様と同じ目だと言って、喜んでいたけど村の連中は違った。その村で紅い目は不吉の象徴だといわれていたからね。村の連中は僕の事を呪われているとか穢れているって罵倒した。」

「ッ!」

ルーファスは思わず息を吞んだ。思い出すのはかつての母の言葉だ。
穢らわしい。不快気に顔を歪ませ、吐き捨てるようにそう言い放たれたことを…。

「ずっとその村に住んでいたのか?」

「母様は早く村を出て、別の場所で暮らした方がいいと思ってたんだ。だけど、それには金が要る。
だから、お金が貯まるまで村にいるしかなかった。母様は寝る間を惜しんで働いていたよ。援助をするからって再婚の話もあったけど、母様は全部断った。母様は亡くなった父様を愛していたからね。母様はいつも言っていたよ。自分の夫は生涯唯一人…、亡くなった父様だけだって。」

「立派な人だったんだな。」

「うん。母様がいなかったら、きっと僕はとっくに壊れていた。」

紅い目を持つエレンは村の人達から呪われた子、悪魔の子だと忌み嫌われ、迫害されてきた。
そんなエレンを母親はいつも庇って、惜しみない愛情を注いでくれたらしい。
エレンは母親に愛されていたんだな。

「僕にとっての一番大切な人は母様だった。ルーファス。君は?君にとっての一番は誰?まあ、聞かなくても大体、分かるけど。」

エレンの大切な人は母親。シグルドの大切な人は妻のリーナ。リーの大切な人は従姉妹のエリス。
三人ともそれぞれに大切な人がいる。俺にとって、大切な人は…、

「俺にとっての一番は、リスティーナだ。」

迷うことなくルーファスはそう答えた。

「そっか。」

エレンはルーファスの言葉に安心したように微笑んだ。
どうして、そんな顔をするのだろうか。

「ルーファス。」

エレンがルーファスの名を呼び、じっとこちらを見つめる。

「リスティーナを泣かしちゃ駄目だよ。あの子を傷つけたり、裏切ったりしたら、僕は君を許さないから。」

そう言ったエレンの目は本気だった。忠告を破れば容赦なく殺す。そんな目をしていた。
エレンの気迫に臆しそうになりながらも、ルーファスはその目を見つめ返すと、

「約束する。俺の命に代えても、リスティーナを守ってみせる。」

「…そう。良かった。」

そう言ったエレンはフッと表情を和らげると、ルーファスを優しい目で見つめた。

「エレン…?」

「さて…、休憩はここまでにして、訓練を再開しようか。」

エレンの表情に違和感を抱いたものの、訓練が再開したので結局、その事は追及できなかった。
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