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第四章 覚醒編
それぞれの想い
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ある森の中…、木の幹に背を預けたリーは地面を見つめながら、ぽつりと呟く。
「ねえ…。ルーファスは…、ちゃんと耐えられると思う?」
「…さあね。こればかりは、僕には分からないよ。」
「あいつは俺を負かした男だ。ルーファスはこんな所でくたばったりするようなタマじゃねえ。」
シグルドの言葉は二人に向けて言ったというよりは自分自身に言い聞かせるかのようだった。
「でも、ルーファスは私達と違って、ただでさえ条件が厳しいのよ。」
エレンとシグルドは無言のままだった。
ルーファスが厳しい条件下にあるのは二人共、十分に理解していたからだ。
リーはエレンに視線を向けると、
「エレン。あなたなら、分かるのではないの?」
この三人の中では、一番条件が厳しかったのはエレンだ。
だからこそ、リーはエレンに問いかけた。
「……そうだね。僕はまだ二つだったから、何とかなったけど…。ルーファスの場合は…、」
エレンはその先は言葉にすることはできず、静かに俯いた。
「大丈夫だ。あいつには、リスティーナがいる。」
「……。」
シグルドの言葉に二人は無言のままだった。
リーは桃色の髪を靡かせた美しい少女の姿を思い出す。レティア…。
レティアが肌身離さず身に着けていた太陽のペンダント。
亡くなった両親の形見でわたしの宝物なのだと言って、ペンダントを見せてくれた時のことを思い出す。
自分よりも他人の事ばかりの子だった。
一生の間にたった一回しか叶えられない願いをレティアは躊躇なく、他人を助けることに使った。
そんなお人好しで優しい所はエリスにそっくりだった。
だからこそ、惹かれたのかもしれない。
レティアに出会うまで、巫女なんて、ただのお伽噺の世界だと思っていた。
巫女伝説に登場する巫女の話はどれも信じられない話ばかりで、現実的に不可能な事ばかり。
冤罪で処刑宣告を言い渡され、三日も餌を与えられず空腹状態にされた獅子の穴に投げ入れられても、その身に傷一つなく、一週間後に奇跡的な生還を果たした側室。
アリスティア女神の彫刻像を作り、疫病に侵された王太子と人々を救ったことから、彫刻の王妃と呼ばれた公爵令嬢。
戦歌を歌い、兵士達を鼓舞して、味方の軍を勝利へ導いたという逸話を持つ戦場の歌姫と呼ばれた王太子妃。
魔物の大群を浄化し、傷ついた兵士達の怪我を瞬く間に癒したという少女。
平凡なただの村娘でありながら、武器を取り、国を守る為に戦い、戦争に勝利し、国を救ったと語り継がれているアデリードの乙女と呼ばれた騎士姫。
暴動を起こしかけた民衆を前に臆することなく、進み出て、民衆を説得し、誰一人犠牲者を出すことなく、その場をおさめたという王子妃。
巫女達の多くは数々の偉業を果たし、奇跡を起こしてきた。
特に一番有名な話は魔王の封印だ。
過去に魔王を封印した巫女は二人存在する。
初代巫女であるペネロペ女王、聖剣の乙女と呼ばれた鍛冶屋の娘、クリスタ。
彼女達は勇者や聖女と共に戦い、魔王を封印したと語り継がれている。
リーは最初は巫女伝説の話は信じていなかった。というか、ほとんどの人間は皆、信じていなかった。
あれはただの伝説でしかない。恐らく、巫女を崇拝する人間が誇張して言い伝えられたものだろう。
大半がそんな意見だった。巫女伝説は真実だという者もいたが、それは教会に所属するごく一部の人間だけだった。
大した魔力もないただの女が魔物を浄化するなど有り得ない。
歌で戦争に勝てるわけがない。彫刻を作っただけで病が癒せるわけがない。
ただの女騎士が戦争を勝利に導いたりするなどできる筈がない。
あれはただの作り話だ。巫女はただのお飾りであり、あくまで象徴として描かれているだけに過ぎないのだと。
巫女の存在を美化するために史実を歪められて伝えられているだけだ。
様々な意見が交わされていたがどれも巫女伝説に否定的な意見が多かった。
男尊女卑が強いこの世界ではそれが一般的な意見だった。
女性を蔑視した男達の言葉に思う所はあるが同時に否定できない自分もいた。
だけど…、エリスは違った。
あの子は昔から、巫女伝説の話が大好きでいつか、巫女様に会ってみたいと口にしていた。
きっと、そんなエリスだからこそ、通じるものがあり、二人は出会ったのだろう。
あるいは、運命の女神に引き寄せられたのかもしれない。
巫女が実在した人物なのだという事は認める。でも…、巫女の力を信じることはできなかった。
猜疑心が強いわたしはエリスのように巫女を信じることはできずにいた。
そもそも、本当にそんな女性が実在するの?そんな疑念すら抱いた。
人間は身勝手で利己的な生き物だということは身を持って経験している。
エリスだけが例外で他の奴らはどいつもこいつも醜い。
巫女達は皆、まるで女神か天使のような存在として言い伝えられている。
そんな人間が果たしているのだろうか?とても信じられない。
他人を助ける為に…、守る為にそこまでするだろうか?
その考えが間違っていて、エリスが正しかったと知ったのは、レティアに出会ったからだ。
記憶の継承をしたレティアはわたしに歴代巫女の間でしか継承されないという記憶の一部を見せてくれた。そこで初めて知った。巫女伝説の話は全て…、真実だったのだと。
レティア…。わたしは結局、あなたに受けた恩を最後まで返すことができなかった。
『そんな事ない。十分だよ。…ありがとう。リー。リーのお蔭でわたしは最後まで幸せだったよ。』
そう言って、微笑みながら安らかに逝ったレティアの最後の顔が目に焼き付いて離れない。
レティアは瀕死の重傷を負った恋人の命を救うためにペンダントを使った。
もしかしたら、リスティーナも…。リーはそっと目を瞑った。
エレンはキュッと杖を握り締める。
『あなたのお母様は…、こんな事望んでない。あなたのお母様は…、あなたに生きて欲しいと…。そう望んでいる筈。違う?』
『辛くても、悲しくても…、人は前を向いて歩いて行かないといけないの。』
『きちんとお別れをしてあげましょう?お母様が安らかに眠れるように…。』
『エレン。今日から私達があなたの新しい家族よ。』
白い手を差し伸べ、微笑みかける女神のような人。
艶やかな黒髪を背に流し、紫水晶の瞳の美しい女人の姿が鮮明に思い出される。
穏やかで優しくて、慈愛に溢れた人だった。
困っている人や苦しんでいる人がいれば迷わず手を差し伸べる。そんな女性だった。
重い皮膚病に侵された行き場のない人達に手を差し伸べ、癒しの力を使い、その病を癒した。
敵国の軍を打ち破り、敵の兵士達が我先にと逃げ出す中、見捨てられた敵国の娼婦達を手厚く介抱し、彼女達を保護した。
貧民街の子供達を保護し、衣食住を与え、まっとうな職につけるよう教育を受けさせた。
彼女の優しさに救われ、その人柄に惹かれる者はたくさんいた。
彼女の周りにはいつも人が集まり、笑いが絶えなかった。
一緒にいて癒されるその雰囲気はどこか母様に似ていた。
彼女は絶望の淵から僕を救ってくれた。
僕に居場所を与え、家族になってくれた。
それからは、実の姉のように僕を可愛がってくれた。
彼女が僕を助けてくれたように僕も力になりたい。
彼女を傷つける存在は僕が許さない。
それに…、約束したんだ。女神の遺志を継ぐ巫女を見守り続けると…。
リスティーナ。
彼女の遺志を継ぐべくして生まれた次世代の新しい巫女。でも、昔と今では状況が違う。
リスティーナには盾がない。あの子には、勇者の称号を持った妹も、軍神の加護を持つ弟もいない。
リスティーナを守ろうとしてくれる存在はいるけど、足りない。あれでは、あまりにも力不足だ。
これだけじゃ、リスティーナを守り切れない。
最低でも、僕達と渡り合える強さを持った人間でないと駄目だ。
リスティーナの敵は…、ただの人間が太刀打ちできるものじゃないのだから。
あの子には守ってくれる存在が必要だ。
本当は僕が守ってあげたいけど、僕にはそれができない。
だから…、その役目を僕はルーファスに託した。
ルーファスには僕の持つ全ての知識と武器を叩き込んだ。
そして、ルーファスは僕達の最低条件の合格ラインを満たした。
後はルーファス次第だ。
ルーファスが死ねば、リスティーナは…、
そこまで考えて、エレンは首を横に振った。
まだ決まったわけじゃない。
正直言って、エレンは世界がどうなろうが知ったことじゃない。
巫女を散々、利用して、傷つけてきた愚かな人間達がどうなろうとどうでもいい。
国が滅びようが、破滅しようがそれは全部、自業自得だし、勝手に死んでれば?というのが本音だ。
でも、リスティーナが死ねばこの世界は終わりだ。
世界の終わりはリスティーナの死を意味する。
それだけは駄目だ。絶対に…!
ルーファス…。頼むから、堪えて。そうじゃないと、リスティーナは殺されるんだよ。
あいつらの手に落ちれば、リスティーナは殺されてしまう。
覚醒前のリスティーナでは自分の身を守ることができない。
せめて、リスティーナが覚醒するまでは…、ルーファス。君がリスティーナの盾になって…。
ルーファスは他の子よりも条件が厳しいにも関わらず、最終段階まで生き延びた。
ここまで辿り着いたのは僕とシグルド、リーだけだった。
エレンはキュッと唇を噛んだ。
ルーファスは遂に最後の試練を迎えた。
僕も経験しているから分かる。今でも思い出す。あの時の身を斬られるような激痛を…。
骨が砕け、組織が破壊されていくあの苦痛。
全身を炎で焼かれ、鋭い刃物でバラバラに引き裂かれるような痛み。
今まで自分が受けた痛みが軽く感じてしまう程の激痛だった。いっそのこと、殺してくれと叫びたくなった。
この試練は今まで受けた試練の中で一番辛く、苦しいものだった。
あの苦痛を…、ルーファスは耐えられるのだろうか。
正直言って、ルーファスが助かる可能性は限りなく低い。
そもそも、前例がないのだ。ルーファスの条件で助かった子は一人もいない。
絶望的な状況…。それでも、たった一つだけルーファスが助かる方法がある。
ルーファスを助けることができるのはもうあの子しかいない。
『女神様…。どうか、この人の呪いを解き放って下さい!私には彼が必要なんです!』
彼女は、王子の呪いを解いて欲しいとペンダントに願った。
だから、きっと、リスティーナも…。
「頼んだよ。リスティーナ…。」
祈るような気持ちでエレンはそう呟いた。
リーナがいれば、それで幸せだった。
リーナは皆が幸せで優しい世界を望んでいた。だから、俺は戦った。
国の為に戦ったんじゃない。俺はリーナの為に戦ったんだ。
リーナが住みやすい世界にしたかった。それだけだった。
俺にとってリーナは全てだった。他には何もいらなかった。
リーナさえいればそれでいい。それなのに…、
『シグルド!どうして…!どうして、こんな…!何故、私を待てなかったの!シグルド!』
シグルドの脳裏に赤い髪を靡かせ、涙を流しながら泣き叫ぶ女の姿が思い浮かんだ。
『いいえ!そんな事ない!あなたは立派だった!シグルド…!最後まで…、リーナの為に戦ったのだから…!
私はあなたを誇りに思う!だから…!そんな事は言わないで!』
『シグルド…。もう、いいの…。もう、十分だから…。ゆっくり眠って…。リーナとリズの所に…、行ってあげて。あなたが行くのは地獄なんかじゃない。あなたが行くべき場所は…、楽園の…、リーナとリズのいる所よ。』
地獄に落ちても構わないと思っていた。それだけの罪を俺は犯した。
それでも…、そんな俺をあいつは許した。
『後の事は私に任せて。』
薄れゆく意識の中で彼女は震えた声で泣きながらも歌った。
それがシグルドの覚えている最後の記憶だった。
「ねえ…。ルーファスは…、ちゃんと耐えられると思う?」
「…さあね。こればかりは、僕には分からないよ。」
「あいつは俺を負かした男だ。ルーファスはこんな所でくたばったりするようなタマじゃねえ。」
シグルドの言葉は二人に向けて言ったというよりは自分自身に言い聞かせるかのようだった。
「でも、ルーファスは私達と違って、ただでさえ条件が厳しいのよ。」
エレンとシグルドは無言のままだった。
ルーファスが厳しい条件下にあるのは二人共、十分に理解していたからだ。
リーはエレンに視線を向けると、
「エレン。あなたなら、分かるのではないの?」
この三人の中では、一番条件が厳しかったのはエレンだ。
だからこそ、リーはエレンに問いかけた。
「……そうだね。僕はまだ二つだったから、何とかなったけど…。ルーファスの場合は…、」
エレンはその先は言葉にすることはできず、静かに俯いた。
「大丈夫だ。あいつには、リスティーナがいる。」
「……。」
シグルドの言葉に二人は無言のままだった。
リーは桃色の髪を靡かせた美しい少女の姿を思い出す。レティア…。
レティアが肌身離さず身に着けていた太陽のペンダント。
亡くなった両親の形見でわたしの宝物なのだと言って、ペンダントを見せてくれた時のことを思い出す。
自分よりも他人の事ばかりの子だった。
一生の間にたった一回しか叶えられない願いをレティアは躊躇なく、他人を助けることに使った。
そんなお人好しで優しい所はエリスにそっくりだった。
だからこそ、惹かれたのかもしれない。
レティアに出会うまで、巫女なんて、ただのお伽噺の世界だと思っていた。
巫女伝説に登場する巫女の話はどれも信じられない話ばかりで、現実的に不可能な事ばかり。
冤罪で処刑宣告を言い渡され、三日も餌を与えられず空腹状態にされた獅子の穴に投げ入れられても、その身に傷一つなく、一週間後に奇跡的な生還を果たした側室。
アリスティア女神の彫刻像を作り、疫病に侵された王太子と人々を救ったことから、彫刻の王妃と呼ばれた公爵令嬢。
戦歌を歌い、兵士達を鼓舞して、味方の軍を勝利へ導いたという逸話を持つ戦場の歌姫と呼ばれた王太子妃。
魔物の大群を浄化し、傷ついた兵士達の怪我を瞬く間に癒したという少女。
平凡なただの村娘でありながら、武器を取り、国を守る為に戦い、戦争に勝利し、国を救ったと語り継がれているアデリードの乙女と呼ばれた騎士姫。
暴動を起こしかけた民衆を前に臆することなく、進み出て、民衆を説得し、誰一人犠牲者を出すことなく、その場をおさめたという王子妃。
巫女達の多くは数々の偉業を果たし、奇跡を起こしてきた。
特に一番有名な話は魔王の封印だ。
過去に魔王を封印した巫女は二人存在する。
初代巫女であるペネロペ女王、聖剣の乙女と呼ばれた鍛冶屋の娘、クリスタ。
彼女達は勇者や聖女と共に戦い、魔王を封印したと語り継がれている。
リーは最初は巫女伝説の話は信じていなかった。というか、ほとんどの人間は皆、信じていなかった。
あれはただの伝説でしかない。恐らく、巫女を崇拝する人間が誇張して言い伝えられたものだろう。
大半がそんな意見だった。巫女伝説は真実だという者もいたが、それは教会に所属するごく一部の人間だけだった。
大した魔力もないただの女が魔物を浄化するなど有り得ない。
歌で戦争に勝てるわけがない。彫刻を作っただけで病が癒せるわけがない。
ただの女騎士が戦争を勝利に導いたりするなどできる筈がない。
あれはただの作り話だ。巫女はただのお飾りであり、あくまで象徴として描かれているだけに過ぎないのだと。
巫女の存在を美化するために史実を歪められて伝えられているだけだ。
様々な意見が交わされていたがどれも巫女伝説に否定的な意見が多かった。
男尊女卑が強いこの世界ではそれが一般的な意見だった。
女性を蔑視した男達の言葉に思う所はあるが同時に否定できない自分もいた。
だけど…、エリスは違った。
あの子は昔から、巫女伝説の話が大好きでいつか、巫女様に会ってみたいと口にしていた。
きっと、そんなエリスだからこそ、通じるものがあり、二人は出会ったのだろう。
あるいは、運命の女神に引き寄せられたのかもしれない。
巫女が実在した人物なのだという事は認める。でも…、巫女の力を信じることはできなかった。
猜疑心が強いわたしはエリスのように巫女を信じることはできずにいた。
そもそも、本当にそんな女性が実在するの?そんな疑念すら抱いた。
人間は身勝手で利己的な生き物だということは身を持って経験している。
エリスだけが例外で他の奴らはどいつもこいつも醜い。
巫女達は皆、まるで女神か天使のような存在として言い伝えられている。
そんな人間が果たしているのだろうか?とても信じられない。
他人を助ける為に…、守る為にそこまでするだろうか?
その考えが間違っていて、エリスが正しかったと知ったのは、レティアに出会ったからだ。
記憶の継承をしたレティアはわたしに歴代巫女の間でしか継承されないという記憶の一部を見せてくれた。そこで初めて知った。巫女伝説の話は全て…、真実だったのだと。
レティア…。わたしは結局、あなたに受けた恩を最後まで返すことができなかった。
『そんな事ない。十分だよ。…ありがとう。リー。リーのお蔭でわたしは最後まで幸せだったよ。』
そう言って、微笑みながら安らかに逝ったレティアの最後の顔が目に焼き付いて離れない。
レティアは瀕死の重傷を負った恋人の命を救うためにペンダントを使った。
もしかしたら、リスティーナも…。リーはそっと目を瞑った。
エレンはキュッと杖を握り締める。
『あなたのお母様は…、こんな事望んでない。あなたのお母様は…、あなたに生きて欲しいと…。そう望んでいる筈。違う?』
『辛くても、悲しくても…、人は前を向いて歩いて行かないといけないの。』
『きちんとお別れをしてあげましょう?お母様が安らかに眠れるように…。』
『エレン。今日から私達があなたの新しい家族よ。』
白い手を差し伸べ、微笑みかける女神のような人。
艶やかな黒髪を背に流し、紫水晶の瞳の美しい女人の姿が鮮明に思い出される。
穏やかで優しくて、慈愛に溢れた人だった。
困っている人や苦しんでいる人がいれば迷わず手を差し伸べる。そんな女性だった。
重い皮膚病に侵された行き場のない人達に手を差し伸べ、癒しの力を使い、その病を癒した。
敵国の軍を打ち破り、敵の兵士達が我先にと逃げ出す中、見捨てられた敵国の娼婦達を手厚く介抱し、彼女達を保護した。
貧民街の子供達を保護し、衣食住を与え、まっとうな職につけるよう教育を受けさせた。
彼女の優しさに救われ、その人柄に惹かれる者はたくさんいた。
彼女の周りにはいつも人が集まり、笑いが絶えなかった。
一緒にいて癒されるその雰囲気はどこか母様に似ていた。
彼女は絶望の淵から僕を救ってくれた。
僕に居場所を与え、家族になってくれた。
それからは、実の姉のように僕を可愛がってくれた。
彼女が僕を助けてくれたように僕も力になりたい。
彼女を傷つける存在は僕が許さない。
それに…、約束したんだ。女神の遺志を継ぐ巫女を見守り続けると…。
リスティーナ。
彼女の遺志を継ぐべくして生まれた次世代の新しい巫女。でも、昔と今では状況が違う。
リスティーナには盾がない。あの子には、勇者の称号を持った妹も、軍神の加護を持つ弟もいない。
リスティーナを守ろうとしてくれる存在はいるけど、足りない。あれでは、あまりにも力不足だ。
これだけじゃ、リスティーナを守り切れない。
最低でも、僕達と渡り合える強さを持った人間でないと駄目だ。
リスティーナの敵は…、ただの人間が太刀打ちできるものじゃないのだから。
あの子には守ってくれる存在が必要だ。
本当は僕が守ってあげたいけど、僕にはそれができない。
だから…、その役目を僕はルーファスに託した。
ルーファスには僕の持つ全ての知識と武器を叩き込んだ。
そして、ルーファスは僕達の最低条件の合格ラインを満たした。
後はルーファス次第だ。
ルーファスが死ねば、リスティーナは…、
そこまで考えて、エレンは首を横に振った。
まだ決まったわけじゃない。
正直言って、エレンは世界がどうなろうが知ったことじゃない。
巫女を散々、利用して、傷つけてきた愚かな人間達がどうなろうとどうでもいい。
国が滅びようが、破滅しようがそれは全部、自業自得だし、勝手に死んでれば?というのが本音だ。
でも、リスティーナが死ねばこの世界は終わりだ。
世界の終わりはリスティーナの死を意味する。
それだけは駄目だ。絶対に…!
ルーファス…。頼むから、堪えて。そうじゃないと、リスティーナは殺されるんだよ。
あいつらの手に落ちれば、リスティーナは殺されてしまう。
覚醒前のリスティーナでは自分の身を守ることができない。
せめて、リスティーナが覚醒するまでは…、ルーファス。君がリスティーナの盾になって…。
ルーファスは他の子よりも条件が厳しいにも関わらず、最終段階まで生き延びた。
ここまで辿り着いたのは僕とシグルド、リーだけだった。
エレンはキュッと唇を噛んだ。
ルーファスは遂に最後の試練を迎えた。
僕も経験しているから分かる。今でも思い出す。あの時の身を斬られるような激痛を…。
骨が砕け、組織が破壊されていくあの苦痛。
全身を炎で焼かれ、鋭い刃物でバラバラに引き裂かれるような痛み。
今まで自分が受けた痛みが軽く感じてしまう程の激痛だった。いっそのこと、殺してくれと叫びたくなった。
この試練は今まで受けた試練の中で一番辛く、苦しいものだった。
あの苦痛を…、ルーファスは耐えられるのだろうか。
正直言って、ルーファスが助かる可能性は限りなく低い。
そもそも、前例がないのだ。ルーファスの条件で助かった子は一人もいない。
絶望的な状況…。それでも、たった一つだけルーファスが助かる方法がある。
ルーファスを助けることができるのはもうあの子しかいない。
『女神様…。どうか、この人の呪いを解き放って下さい!私には彼が必要なんです!』
彼女は、王子の呪いを解いて欲しいとペンダントに願った。
だから、きっと、リスティーナも…。
「頼んだよ。リスティーナ…。」
祈るような気持ちでエレンはそう呟いた。
リーナがいれば、それで幸せだった。
リーナは皆が幸せで優しい世界を望んでいた。だから、俺は戦った。
国の為に戦ったんじゃない。俺はリーナの為に戦ったんだ。
リーナが住みやすい世界にしたかった。それだけだった。
俺にとってリーナは全てだった。他には何もいらなかった。
リーナさえいればそれでいい。それなのに…、
『シグルド!どうして…!どうして、こんな…!何故、私を待てなかったの!シグルド!』
シグルドの脳裏に赤い髪を靡かせ、涙を流しながら泣き叫ぶ女の姿が思い浮かんだ。
『いいえ!そんな事ない!あなたは立派だった!シグルド…!最後まで…、リーナの為に戦ったのだから…!
私はあなたを誇りに思う!だから…!そんな事は言わないで!』
『シグルド…。もう、いいの…。もう、十分だから…。ゆっくり眠って…。リーナとリズの所に…、行ってあげて。あなたが行くのは地獄なんかじゃない。あなたが行くべき場所は…、楽園の…、リーナとリズのいる所よ。』
地獄に落ちても構わないと思っていた。それだけの罪を俺は犯した。
それでも…、そんな俺をあいつは許した。
『後の事は私に任せて。』
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