冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第四章 覚醒編

ロジャーの昔話

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「リスティーナ様。少しだけでも食べて下さい。」

床に座り込んだまま動かないリスティーナの前に食事を載せたお盆が置かれた。
スープとサラダ、パン、果物といった簡素な食事だ。
リスティーナが食べやすいようにという配慮で作ったものだ。
のろのろと顔を上げればそこにはロジャーがリスティーナの視線に合わせるように床に膝をついて屈んでいた。

「リスティーナ様の好きなオレンジもありますよ。」

「……食欲がないの…。」

食事を促すロジャーにリスティーナはフルフルと首を横に振った。

「そうですか…。」

しばらく、無言の時間が続いた。
やがて、ロジャーがリスティーナに話しかけてきた。

「リスティーナ様…。少しだけ…、このおいぼれのつまらない昔話に付き合っていただけませんか?勿論、ただ聞いてくれるだけでいいのです。」

「……。」

無言のまま微動だにしないリスティーナにロジャーはポツリ、ポツリと話し始めた。

「わたしは先代皇帝の頃から、王宮で執事としてお仕えしておりましてな…。殿下が生まれた時からわたしは殿下専属の執事としてお仕えするようになりました。それから、ずっと…、殿下を見守ってきました。」

ロジャーは先代皇帝の信頼も厚い忠実な執事だった。
そのため、ルーファスの執事として任命されたのも自然な流れだった。

容姿端麗、頭脳明晰、魔法と武芸にも秀でた完璧な王子。
幼い頃からケルヴィン皇帝の再来だと言われ、神童と謳われていたルーファス。
特に先代皇帝に仕えていた大臣達や貴族達はルーファスを神のように崇拝していた。
かくいうロジャーも先代皇帝に仕えていた身。先代皇帝の面影を濃く残すルーファスにかつての主人を重ねていた。

けれど…、いつからかそんな自分が間違っていたのだと気づいた。
ルーファスはルーファス。ケルヴィン皇帝はケルヴィン皇帝なのだ。
そんな簡単な事にも気付けず、愚かにも自分はルーファスをケルヴィン皇帝と重ねて見ていた。
ロジャーはそんな自分を心底、恥ずかしいと思った。
そして、愚かなのは自分だけではなかったのだと知った。

ルーファスを天才だと、神童だと持て囃す者、ルーファスを崇拝する者、ルーファスこそ次期皇帝にふさわしいと言う者…。
彼らは皆、ルーファスを見ているようで見ていない。
ルーファスを通して、先代皇帝を見ているだけだった。
ルーファスが何か成果を残せば、さすがはケルヴィン皇帝の孫だと賛辞する。
しかし、それは裏を返せばケルヴィン皇帝の孫ならばこれくらいはできて当然という意味合いが込められている。

ルーファスは確かに天才だった。
一を聞けば百を理解するような子だった。
それだけでも十分にすごいことなのに彼らはそれだけでは満足しなかった。もっと上を目指せと圧をかけてくる。
少しでも失敗をすればあからさまに落胆し、ケルヴィン皇帝はこんな失敗はしなかったと言った。
ケルヴィン皇帝なら‥、ケルヴィン皇帝はあなたと同じ歳の頃は既にこれができていた、あれができていた。
だから、ケルヴィン皇帝の孫である殿下にもできる筈だと言い出す始末。

愚かなのは彼らだけではなかった。
皇帝と王妃にもロジャーは怒りを抱いた。
優秀な息子を認められない器の小さい父親。
少し他人と見た目が違うだけで実の子供を疎む母親。
傍で仕えているとよく分かる。
ルーファスはとても孤独な子だった。誰も自分を見てくれない。誰もルーファス自身を見ようとしない。
両親はルーファスを疎んじて、周りの人間は先代皇帝によく似たルーファスしか見てくれない。
そんなルーファスを見て、ロジャーは最初は同情した。
そう。最初はただの同情からだった。
それがいつからかルーファスを自分の子供のように思える程の感情を抱くようになった。

爺、と呼ばれるたびに愛しいと思う感情が沸き上がった。
両親に認められようと努力するルーファスを見て、なんと健気な子だろうと思った。
執事という立場上、何もできない自分が悔しくて仕方がなかった。
こんな状況であっても、卑屈になることなく、前向きに努力し続けるルーファスの姿に心打たれた。
この孤独で心優しい少年が幸せになれるようにずっと傍で見守ろうと固く心に誓った。

「子供の頃の殿下は…、無邪気に笑う子でした。ですが…、成長するごとに殿下は笑わなくなり、ローザ様に婚約破棄されてからはまるで感情を失った人形のようになってしまって…。他人を拒絶する殿下を見る度に…、苦しかった…。」

ロジャーは声を震わせて、そのまま顔を隠すようにうつむいた。
ロジャーの眦はうっすらと涙の膜が張っていた。

「ですが…、リスティーナ様と出会ってから坊ちゃ…、殿下は変わられました。あんな風に笑う殿下は本当に子供の頃の時以来で…。殿下はこんな表情ができるのだと…、あんなに優しい目をすることができるのだと…、」

「……。」

「とても…、とても嬉しかったんです…。殿下が変わったのはリスティーナ様のお蔭です。殿下の冷たい心を溶かしてくださり、ありがとうございます…。リスティーナ様…。殿下は…、最後は幸せだったと思います…。あなたのような方に看取られたのですから…。」

「ロジャー様…。」

ロジャーは頭を下げて、リスティーナに感謝の意を示した。
そんなロジャーをリスティーナはぼんやりとした目で見つめた。

「それだけが言いたかったのです。…リスティーナ様。葬儀は四日後に執り行う予定です。準備はわたしどものほうで行いますのでリスティーナ様はゆっくりお過ごしください。」

そう言って、ロジャーはリスティーナに一礼して、部屋から退出した。
四日後…。ルーファス様の…。
リスティーナは体が動かなかった。
ルーファス様の傍にいたいのにできない。冷たい躯となったルーファス様の傍にいれば、彼の死を嫌でも思い知ってしまうから…。
ロジャー様もルカもロイドもリリアナも…。皆、悲しい中にいるのに私を励まそうとしてくれている。
私も…、葬儀の準備を手伝わないと…。
でも…、できない。
リスティーナは膝を抱えると、そのまま蹲った。
立ち上がれない…。
ザアア、と外からは雨音が聞こえた。

「リスティーナ様。あの…、ホットレモネードを淹れてみたのです。リスティーナ様、お好きですよね?良かったら…、」

スザンヌはそう言って、リスティーナの好きなレモネードを差し出した。
が、スザンヌが話しかけてもリスティーナは窓の外を眺めたままだ。
生気のない目をしたリスティーナの表情にスザンヌは表情を強張らせた。
今のリスティーナはヘレネ様が亡くなった時と同じ顔をしている。
あの時もまるで生気のない人形のような表情を浮かべていた。
ほとんど食べず、大好きなオレンジやレモンパイにも無反応で夜も眠ることがなく、一日中窓の外を眺めていた。どんどん痩せていくリスティーナの姿は見ていて、痛ましかった。
でも、今のリスティーナ様は…、あの時以上に憔悴している。
スザンヌはこのままリスティーナが儚くなってしまうのではないかと不安になった。
すぐにエルザに報告しないと…!スザンヌは急いでエルザと魔法鏡で連絡を取った。
その間にリスティーナが外に出て行ったことに気付かないまま…。




リスティーナはぼんやりと窓の外を眺めていた。
外は雨が降っていた。

「雨…。」

あそこに行けば、私の悲しみも苦しみも…、全部洗い流されるのかな。
ルーファス様を失ってしまったこの喪失感も…、消えてなくなるのかな。

リスティーナは立ち上がり、フラフラとおぼつかない足取りで屋敷から出て行く。
傘も差さずにザアア、と雨に打たれながら、リスティーナは目的地もなく、歩いた。
その時、石に躓き、転んでしまう。
転んだはずみで膝から血がでるが、リスティーナは座り込んだまま微動だにしない。

リスティーナは空を見上げる。
このまま…、雨と一緒に私も溶けてしまえばいいのに…。
リスティーナはしばらく、そのままそこから動くことなく、空を見上げ続けた。
雨が段々と強くなり、リスティーナの髪や身体は全身がびしょ濡れになった。
視界の端にペンダントが目に映った。

お母様…。ルーファス様…。
リスティーナはまたしても目から涙が滲んだ。
お母様もルーファス様も…。死んでしまった。
お母様も最後はルーファス様のように痩せ衰えていた。
どうして…。お母様もルーファス様もあんなに苦しんで死ななければならなかったのだろう。
どうして…、女神様は二人を助けてくれなかったんだろう。
大切な人はいつも奪われる。何でいつも…、神様は私から大切なものを奪っていくのだろう。

『このペンダントは願いを叶える魔法のペンダントなのよ。』

リスティーナは母の言葉を思い出し、胸元に下げていた太陽のペンダントを鎖ごと引きちぎった。
ペンダントを見つめ、それをグッと握りしめる。唇を噛み、

「嘘つき…!」

そう言って、リスティーナはペンダントを投げ捨てた。
ペンダントは固い音を立てて、地面に転がっていく。リスティーナはその場で蹲り、泣き崩れた。
雨音のせいでリスティーナの泣き声は掻き消された。
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