冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

文字の大きさ
192 / 222
第四章 覚醒編

献身と想いの証

しおりを挟む
リスティーナは身支度を整える為に鏡台の前に座り、鏡に映った自分の顔にショックを受けた。
酷い顔…。肌は荒れているし、目の隈もくっきり残っている。
私、こんな顔でルーファス様と会っていたの…?

「どうしました?リスティーナ様。」

リスティーナの髪をブラシで梳いていたスザンヌが落ち込んだ様子のリスティーナを見て、声を掛ける。

「スザンヌ…。どうしよう…。私、こんな酷い顔でルーファス様に会っていたなんて知らなくて…。」

リスティーナは泣きそうになった。

「ルーファス様…。私のこの顔を見て、どう思ったかしら…。こんなみすぼらしい姿になった私を見て、嫌いになったり…、」

「まさか!殿下に限ってそれは有り得ません!そもそも、リスティーナ様がここまで窶れてしまったのは殿下を献身的に支えて、ずっと寝ずの看病をしていたからではありませんか。殿下だって、それは十分すぎる程、分かっている筈です。」

「でも…、」

「もし、殿下が今のリスティーナ様を見て、失望するような方だったら私が…、」

「俺が何だって?」

「きゃあ!?殿下!?いつから、そこに!?」

いきなり、背後から音も気配もなく、ヌッと現れたルーファスにスザンヌがびっくりしすぎて、悲鳴を上げた。

「ついさっきだが…。リスティーナの忘れ物を届けにきた。」

ルーファス様…!
ルーファスの声にリスティーナは振り返ることができなかった。
サッと顔を隠すように俯いた。
ルーファスがこちらに近付いてくる。
フワッと肩に何かが掛けられる。
薄紫色の肩掛けだ。

「リスティーナ。忘れものだぞ。」

「…あ、ありがとうございます。ルーファス様…。」

リスティーナは肩掛けの裾を引っ張って、それで顔を覆った。

「リスティーナ?…どうした?何かあったのか?どこか具合でも…、」

「あ、ま、待って下さい!ルーファス様!…お願いします。今は…、私を見ないでください…。」

リスティーナの肩に手を置いて、振り向かせようとするルーファスにリスティーナは顔を隠しながら、必死にそう叫んだ。

「え…。」

ルーファスは一瞬、固まったように言葉を止める。

「それは、つまり…、俺の顔を見たくないということか?俺は君に何か気の触るようなことをしてしまったのか?それとも、やっぱり、俺の顔は生理的に受け付けない程、嫌悪するもので…。」

「ち、違います!」

「殿下!落ち着いて下さい!リスティーナ様は別に殿下を嫌いになった訳ではありません!逆です!逆!リスティーナ様は殿下に嫌われてるのではないかと不安になっているのです。」

低い声で呟くルーファスにリスティーナは慌てて否定する。
スザンヌもリスティーナを擁護するように声を上げた。

「俺がリスティーナを嫌う?…有り得ない。」

「私もそう言ったのですが…。リスティーナ様はここまで窶れてしまった自分を見て、殿下にガッカリされるのではないかと不安なのです。女性は好きな人の前では美しくありたいと願うものです。だから、余計にそう考えてしまうのでしょう。」

「……。」

スザンヌの言葉にルーファスは黙り込んだ。
ややあって、ルーファスがリスティーナに話しかけた。

「リスティーナ。」

ルーファスに名を呼ばれ、リスティーナはビクッとした。
肩掛けに顔を埋めたまま、リスティーナは顔を上げることができない。
ルーファスの手がリスティーナの髪を一房、手に取ると、チュッと毛先に口づけた。

「君の目の隈も、肌も、窶れた身体も…、全ては君の献身と想いの証だ。そんな君を前にして、俺が失望したり、ガッカリする筈がないだろう。」

「ッ!」

そっとそのまま後ろからルーファスに優しく抱き締められる。
リスティーナはルーファスの言葉が嬉しくて、泣きたくなった。

「俺の目には君は美しくも眩しく感じる。それに、隈ができても、肌が荒れても、窶れていても君は美しい。だから、自信を持ってくれ。」

「…ルーファス様…。私…、」

「やっと、こっちを向いてくれたな。」

そろそろと顔を上げて、振り返ったリスティーナにルーファスは優しく微笑んだ。
そして、リスティーナをジッと見つめ、

「うん…。やっぱり…。とても、綺麗だ…。」

ルーファスの誉め言葉にリスティーナはかああ、と顔を赤くする。

「でも、確かにかなり痩せたな…。」

ルーファスはリスティーナの頬に手を触れる。
ルーファスはリスティーナを気遣うように優しく頬を撫でてくれる。
まるで宝物にでも触れるかのような優しい手…。

「食事は無理でも、菓子は食べられそうか?レモンパイはどうだ?オレンジのタルトも好きだったな。」

「!」

レモンパイ!リスティーナは大好物のお菓子に思わず反応した。
そういえば、ルーファス様とお茶をした時に一度だけ好きなお菓子について話した気がする。
ルーファス様…。覚えてくれてたんだ。
ルーファスはリスティーナの反応を見て、心得たようにフッと笑い、

「レモンパイだな。スザンヌ。午後のお茶の菓子はレモンパイを焼いてくれ。」

「はい。」

ルーファスの言葉にスザンヌはにこやかに頷いた。

「そういえば、リスティーナ。体調の方はどうだ?」

「もう大丈夫です。ルーファス様のポーションのお蔭で身体も随分楽になりました。」

ルーファスの作ってくれたポーションは傷の治療だけでなく、疲労回復の効果もあり、熱で寝込んでいたのが嘘のように身体が軽くなった。

「そうか。それは良かった。もし、体調が大丈夫そうなら、これから、一緒に庭を散歩しないか?…約束、しただろう?」

「!」

ルーファス様…。覚えていてくれたんだ。
ルーファスの為に花を摘んで持って行った時に約束した時のことを…。
元気になったら、一緒に庭を散歩しようと約束した。
リスティーナはルーファスが約束を覚えてくれた事実が嬉しくて、微笑んだ。

「はい!」

ルーファスと一緒にリスティーナは庭に向かった。
庭に出ると、色とりどりの花が咲いていた。ルーファスはある花壇に目が留まり、立ち止まった。

「この花、君が摘んできてくれた花だったな。確か、デイジーの花だったか?」

「はい!小さくて、可愛い花ですよね!」

リスティーナも立ち止まり、身を屈めて、デイジーの香りを楽しむ。

「君の好きなミモザの花はもう咲いてないな。」

「ミモザは春の花ですからね。あ…。」

リスティーナは花壇の隅に咲いている鈴蘭の花を見つけた。お母様が好きな花だ。

「ルーファス様。あっちに鈴蘭の花が咲いてます。」

リスティーナは鈴蘭の花を指差し、鈴蘭の花に近付く。
鈴蘭は一般的に春の花として知られているが、初夏の時期まで咲いているのだ。
良かった。今はまだ夏前の初夏だからまだ咲いているんだ。

「鈴蘭の花か。確か、君の母親が鈴蘭の花を好きなんだったな。」

「はい。お母様は鈴蘭がいつでも見れるように品種改良をして一年中咲くようにしていた位、鈴蘭が大好きだったんです。」

「そんなに好きだったのか。品種改良までするとは凄いな。随分、本格的に育てていたんだな。」

「はい。でも、鈴蘭の根には毒があるから、扱いには十分気を付ける様にって言ってました。」

「ああ。そういえば、過去には鈴蘭を生けた水を誤って飲んだ子供が中毒症状を引き起こして、死んでしまったという事例もあったな。」

「そうなんです。鈴蘭がそんな危険な花だなんて、最初はびっくりしましたけど、母はそれも花の魅力の一つなのだと言ってました。だから、花は美しいのよって…。」

「成程。君の花好きは母親似なんだな。昔から、母親と一緒にその温室で花を育てていたのか?」

「はい。でも、お母様は自分専用の温室の花には触らないようにって私によく言い聞かせていました。その代わり、私専用の花壇を作ってあげるからと言って、私の為に花壇を作ってくれたんです。」

「娘の君ですらも触ってはいけなかったのか?」

「ええ。お母様は小さな温室を作って、そこで花を育ててましたが、鍵をかけて、いつも私が入れないようにしていたんです。」

「随分と徹底的に管理しているんだな。そんなに自分が育てた花を触らせたくなかったのか。」

「お母様は花にはすごくこだわりがあるので…。実は、私、一度だけお母様の言いつけを破って温室に入ってしまったことがあるんです。」

あれは、確かエルザ達とかくれんぼをして遊んでいる時だった。
隠れる場所を探していたら、温室の前に来てしまったのだ。
その時は、たまたま温室の鍵が外れて、中に入れるようになっていた。
リスティーナはここなら見つからないだろうと思い、温室の中がどうなっているのか見てみたいという興味本位もあって、中に入ってしまったのだ。
そこには、鈴蘭以外にもたくさんの花があった。
中には植物図鑑にも載っていないような花も…。
その中の一つの赤い花にリスティーナは目を惹かれた。
見たことのない綺麗な花だった。思わず手を伸ばすと、「ティナ!何をしてるの!」と母の鋭い声が聞こえ、そのまま背後から母に手を掴まれた。
今まで聞いたことがないような怖い声だった。
母はリスティーナの肩をガシッと掴み、「どうして、ここにいるの!ここには入っては駄目とあれ程言ったでしょ!」と強い口調で怒られた。
そんな母にリスティーナは思わず泣き出してしまった。
大好きな母に怒られたのが悲しいのもあったが、あんなに怖い母を見たのが初めてだったからだ。
ごめんなさいと謝るリスティーナに母はハッとしたように手を離し、「ごめんね。ティナ。」と慌てて謝り、リスティーナを優しく、抱き締めてくれた。
その時にはもういつもの穏やかで優しい母に戻っていた。

「それ以来、もう温室に入ることはなかったんですけど…。」

リスティーナの話にルーファスは無言のままだ。リスティーナは鈴蘭の花を見ていて、気が付かなかったがその時のルーファスは何かを考え込んでいるような表情をしていた。

「その温室には…、他にどんな花があったんだ?」

「え?ええと…、そうですね。子供の頃の話なので…、あまり覚えてなくて…。」

リスティーナは昔の記憶を思い出そうとするが、さすがに花の品種名までは覚えてなかった。
せいぜい二、三種類の花しか思い出せない。確か、あの温室には…、

「えっと、鈴蘭と水仙と…。後、ポピーの花もあったと思います。」

「ポピー…?」

「はい。赤や紫、それに白とオレンジの色とりどりのポピーの花が植えてありました。確か、あれはポピーだったと思います。昔の記憶なので合っているか分からないのですけど…。」

「……。」

「ルーファス様?」

顎に手を置いて、俯くルーファスを見て、リスティーナは声を掛ける。
どうしたのかしら?

「ッ、あ、ああ。何でもない。そうか。君の母親は本当に花が好きだったんだな。…リスティーナ。一つ、聞いてもいいか?」

「はい。何でしょうか?」

「君の母親はその…、」

ルーファスはリスティーナの母について何かを聞こうとするが、途中で言葉を濁してしまう。

「お母様が何か…?」

「あ、いや…。君の母親は踊りだけでなくて、歌も得意だと言っていたな、と…。それを思い出したんだ。あの子守唄以外にも教えてもらった歌はあるのか?」

「はい。ありますよ。春を告げる歌や花や蝶の歌、それから、癒しの歌もあります。後、戦歌や鎮魂歌も…、」

「たくさん知っているんだな。」

「全部、母の受け売りですけど…、」

「よかったら、また聴かせてくれないか?」

「え!?わ、私がですか?で、でも…、私、歌が下手で…。」

「そんな事ない。君の歌声は透き通っていて、とても綺麗な声だった。初めて君の歌を聴いた時はまるで天使の歌声のようだと思った程だ。」

「て、天使…。」

そ、そんな大袈裟な…。私の歌声がそんな綺麗な訳ないのに…。
でも、ルーファスがあまりにも真剣な表情で言い切るものだから、否定することができない。
リスティーナは褒められた恥ずかしさと照れ臭さで顔が赤くなり、アワアワとした。
そんなリスティーナを見て、ルーファスはフッと笑い、

「俺は君の歌が好きだ。君の歌を聴いていると、心が安らぐし、とても癒されるんだ。君の声は美しいだけでなくて、繊細で柔らかくて…、とても優しい音がする。だから、もっと自信を持ってくれ。」

「あ、ありがとう…、ございます…。」

ルーファスの誉め言葉にリスティーナは顔を赤くしながら、お礼を言った。
こんな風に異性から褒められたことがないのでどういう反応をしたらいいのか分からない。

「で、では…、戻ったら、ルーファス様の部屋で歌ってもいいですか?」

「勿論だ。」

さすがに外で歌うのは恥ずかしいので部屋で歌う事にして、リスティーナは庭の散策を楽しむことにした。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

辺境伯と幼妻の秘め事

睡眠不足
恋愛
 父に虐げられていた23歳下のジュリアを守るため、形だけ娶った辺境伯のニコラス。それから5年近くが経過し、ジュリアは美しい女性に成長した。そんなある日、ニコラスはジュリアから本当の妻にしてほしいと迫られる。  途中まで書いていた話のストックが無くなったので、本来書きたかったヒロインが成長した後の話であるこちらを上げさせてもらいます。 *元の話を読まなくても全く問題ありません。 *15歳で成人となる世界です。 *異世界な上にヒーローは人外の血を引いています。 *なかなか本番にいきません

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...