冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

文字の大きさ
193 / 222
第四章 覚醒編

メイネシア国の黒い噂

しおりを挟む
ーレモンパイ、美味しかった。

リスティーナは久しぶりにレモンパイを食べて、ご機嫌だった。
自然と足取りも軽やかになる。
ルーファス様の前で歌を歌ったのは少し恥ずかしかったけど…。
でも、喜んで貰えて、良かった。
リスティーナはその時のことを思い出し、胸がほんわりと温かくなった。

メイネシアにいた時は異母兄に下手くそだと馬鹿にされていたので、人前で歌う事が怖くて、できなかった。
母は「ティナの歌声はとても綺麗よ。自信を持ちなさい。」と褒めてくれたが、それでも、どうしても異母兄の言葉が頭にこびりついて離れなかった。
でも、ルーファス様の前で歌う事は全然嫌じゃなかった。
そういえば、私…。ルーファス様に初めて子守唄を聴かせた時、自分から歌おうと思ったのよね。
今までの私なら、絶対にそんな事しなかったのに。
やっぱり、それは、ルーファス様が相手だったからかな。

そんな事を考えながら、歩いていると、いつの間にか目的地に辿り着いていた。
リスティーナが着いた場所は書庫室だった。
ルーファスは今、王宮に手紙を出す為に自室で手紙を書いている所だ。

「あった。」

リスティーナは目当ての本を手に取った。
『ステラ伝記』、『銀の瞳の王子と桃色の娘』、『アデリードの乙女~騎士姫物語』
子供の頃から、母がリスティーナに読み聞かせてくれた本だ。
元々、この本も持っていたのだけれど、母が亡くなった後、レノアと異母兄に破かれてしまったのだ。
お気に入りの本だけでなく、絶版された本や歴史的価値のある本まで破かれてしまい、あの時は本当にショックだった。
それ以来、リスティーナは本を買わないようにした。
買ったところでレノア達に本を破かれてしまう事は分かり切っているし、それでは本が可哀想だ。
それからは、王宮の書庫にこっそりと通って、本を読むようにした。

リスティーナはふと、母の言葉を思い出した。
本とは、人の思いが詰まった偉大な宝なのだと母は言っていた。
人はいつか死ぬけど、本はいつまでも残る。その人が亡くなってもその人が残した遺志は本という形で引き継がれていく。
私達は先人の遺志を受け継いでそれを語り継ぐ義務がある。
だから、本を大事にしなさいと母からは教わった。

レノアも異母兄弟もたかが本くらいで大袈裟だと嘲笑っていた。
あの人達にとって、本とは軽く、ちっぽけなものなのかもしれない。
どれだけ偉大な宝であっても、見る人の目が曇っていれば、それは価値のない物に見えてしまう。

「……。」

フゥ、と溜息を吐く。止めよう。今更、過去を振り返ったってどうしようもないのだから。
もう私はメイネシアの人間じゃない。ローゼンハイムの人間なのだから…。
昔のことは忘れて、前を向いて歩こう。
リスティーナはそう考え直し、本を抱えた。

そうだ。折角だから、古代ルーティア国の歴史についてももう一度、勉強しておこう。
この前、ルーファス様に教えてもらった古代ルーティア国の話は面白かったし、もっと知りたい。
リスティーナは古代ルーティア国の歴史書を探し始めた。

歴史書を探しながら、リスティーナはルーファスの事を考えた。
ルーファス様は呪いが解けたことを王宮に知らせる手紙を書くと言っていたけど…、ルーファス様の呪いが解けたと知ったら、皇帝や王妃、貴族達はどう思うのかしら?
これで少しはルーファス様への誤解も解けるといいのだけど…。
きっと、これからルーファス様への差別や偏見はなくなる筈。
少しずつでいいから、ルーファス様を認めてくれる人が現れるといいな。
彼は今まで散々、辛く、苦しい目に遭ってきたからこそ、幸せになって貰いたい。
リスティーナはそう願った。




「こんなものか。」

ルーファスは自室で王宮に宛てた手紙を書き終え、一息ついた。
ふと、ルーファスは先程のリスティーナの会話を思い出した。

「……。」

どうも、引っかかる。
リスティーナの母親は本当にただ植物が好きという理由だけで品種改良までしていたのか?
リスティーナが温室に入っただけで普通、あそこまで叱りつけるだろうか?
そもそも、何故、わざわざ温室に鍵をかけてまでリスティーナを入らせないようにしていたのだろう。
それに、気になる点は他にもある。
鈴蘭、水仙…。あまり知られていないが、この二つの花はどれも毒性のある花だ。これは偶然か?
しかし、ポピーの花には毒性がない。無害なただの花だ。
だが、もし、ポピーの花でなかったら…?
ルーファスの脳裏に一つの可能性が浮上した。ただの偶然とは思えない。

まさか、リスティーナの母親は…、
そこまで考えて、ルーファスはすぐにその考えを否定しようとした。
リスティーナから母親の話はよく聞いていたが、そんな事をするような女性には思えない。
リスティーナだってよく言っていたじゃないか。母はいつも穏やかで繊細でとても優しい人だったと…。
それに、話を聞く限り、リスティーナの母親ヘレネはあまり強い女ではなかったようだ。
ヘレネは側室になってから、平民という理由で王妃を筆頭とした側室達に虐められて、その心労でリスティーナが物心ついた頃から身体が弱い人だったと報告書にも書かれていた。

リスティーナの話を聞くと、ヘレネはまさに理想の母親を体現したような女性でいつも惜しみない愛情をリスティーナに注いでいた。
私の宝物だと言って、リスティーナの頭を優しく撫でてくれるような女性が…、そんな事をする筈がない。
だから、有り得ない…。
そう思いたいのに…、ルーファスはどうしても否定することができなかった。
あの時、思わずリスティーナに確かめようとしてしまったが、聞けなかった。
言える訳がない。あんなにも母親を慕っているリスティーナに…。

それに、確かメイネシアでは王族の不審死が相次いでいた。
リスティーナが産まれる前に王姉と王妹、王太后は亡くなっているが、三人共、悲惨な最期を迎えている。確か、王太后は精神錯乱、王姉は馬車からの転落事故、王妹は原因不明の病で亡くなっていた筈。
その上、王太后の実家の親族達も奇病に罹り、亡くなっている。
王太后の実の兄である公爵は自室で何者かに殺されていた。その死体は発見した使用人が嘔吐し、失神する程、惨たらしい有様だったといわれている。
リスティーナの身辺調査をした時はリスティーナがどんな境遇を送っていたかが気になっていたので深くは考えなかったが、改めて考えると、明らかにおかしい。
ここまで不審死が続くのはあまりにも不自然だ。
呪いの一種か?それとも…、

そういえば、メイネシアは一時期、呪われた国だとも言われていたな。
確か、リスティーナが産まれる前だったか。
メイネシア国は事実無根だと主張したが、教会はメイネシア国に不信感を抱き、教皇はメイネシアへの支援を打ち切り、そのせいでメイネシアは一時期、かなり孤立し、国の存続も危ぶまれていたらしい。
今は何とか持ち直したが、まだまだ不安定な状況だ。おまけに今はメイネシアでは革命が起きているらしいし…。
まあ、リスティーナを虐げたあんな国がどうなろうと知ったことじゃないが。
メイネシアが滅びようが、ローゼンハイムに嫁いだリスティーナには関係のない話だ。
リスティーナに害がなければどうだっていい。
ただ…、どうも気になるな。メイネシア国では過去に一体、何が起こったんだ?
そもそも、メイネシアにその噂が流れたという一件は教会が箝口令を敷き、真相が定かではない。
そのせいで様々な憶測を呼び、他国から距離を置かれたそうだが。

「もう一度、詳しく調べてみるか…。」

ルーファスは呼び鈴を鳴らし、ロジャーを呼び寄せた。

「殿下。お呼びでしょうか?」

「爺、この手紙を王宮に届けてくれ。」

「畏まりました。」

「それと、頼みがある。メイネシア国の王族とリスティーナの母親について詳しく調べてくれ。」

「メイネシア国を?しかし、リスティーナ様の調査ならもう既に…、」

「今回の件はリスティーナとは関係ない。爺。お前…、メイネシア国に一時的に流れていた黒い噂を知っているか?」

「ええ。確かにメイネシア国には一時期、不穏な噂が流れましたね。女神の怒りを買った国だと…。他国のことですのであまり詳しくは存じませんが。それが何か?」

「少し気になる事があるんだ。できれば、リスティーナには気付かれないように調べて欲しい。」

「…はい。仰せのままに。」

ロジャーは怪訝に思いながらも、ルーファスの命令に一礼した。
そして、ふと、気が付いたように

「ああ。そうでした。殿下。例の資料が届きました。後でお持ちいたします。」

「もう届いたのか。さすが、仕事が早いな。」

「恐れ入ります。…あの資料をお読みになるという事は、お覚悟が決まったという事ですね?」

ロジャーの質問にルーファスは頷いた。

「…ああ。そうだ。俺はこれから、魑魅魍魎が蔓延る戦場に足を踏み入れる事となる。その為には武器と使える手駒が必要だ。」

「殿下は…、変わりましたね。とてもいい目をされております。」

ロジャーはルーファスを見て、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「あれ程、敬遠していた社交界に殿下自ら足を踏み入れるようになるとは…。何か目的があってのことなのですね?」

「目的がなければ、わざわざ貴族の戦場に首を突っ込む訳がない。俺は…、力が欲しいんだ。名ばかりの第二王子ではなく…、社交界にも影響を与える程の大きな権力が…。」

「それは…、」

ロジャーは息を吞んだ。

「まさか、殿下…。皇位継承戦に名乗りを上げるおつもりですか?」

「そんなもの興味はない。」

ロジャーの言葉をばっさりと切り捨てるルーファス。秒で即答するルーファスにロジャーは目を瞬いた。

「政治的発言力を得る為には社交界の立場を固める事が絶対不可欠。俺の第二王子としての権力と立場を強く固めることができれば、それは、リスティーナを守る盾となる。」

「成程…。そういうことでしたか。全ては、リスティーナ様の為、ですね?」

「何の権力もないお飾りの王族の立場ではリスティーナを守ることはできないからな。…だからこそ、力が必要だ。」

「素晴らしい考えです。殿下、わたしもお手伝いをさせて下さい。リスティーナ様の為ならば、協力は惜しみません。」

「ありがとう。爺。その時は頼んだぞ。」

「お任せください。」

ロジャーはルーファスに頭を垂れた。
小さな頃から世話をしていたルーファスがここまで成長したことにロジャーは目頭が熱くなった。
これもリスティーナ様のお蔭だと思い、リスティーナに深い感謝を捧げた。

すぐに資料がロジャーから届けられた。
これはルーファスがロジャーに頼んで取り寄せてもらったものだった。
その資料には、貴族の名簿やその一族の情報の他に、ローゼンハイムの経済状態や諸外国との情勢等が記されていた。資料には貴族達の表と裏の顔まで調べ尽くされている。
さすが、先代皇帝の執事をしていただけのことはある。これ程の情報を持っていたとは…。
ルーファスはこれだけの情報をまとめた資料を持っていたロジャーに感心した。
読むだけでも莫大な量だが、ルーファスは書類をパラパラと捲りながら、目を通していく。
情報の漏れがないようにしっかり確認しておかないと…。

餌は撒いた。
あの手紙には一週間程、滞在することをわざわざ明記した。
俺をよく思わない連中は必ず食らいつく筈だ。
今までは呪いの力とやらを恐れて、手出しができなかったあの腰抜け共がこの機会を逃す訳がない。
敵を炙り出すにはいい機会だ。
狩るか、狩られるか。
さて…、どちらに勝利の女神は微笑むだろうな。
ルーファスはフッと挑発的な笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

虐げられた出戻り姫は、こじらせ騎士の執愛に甘く捕らわれる

無憂
恋愛
旧題:水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士 和平のために、隣国の大公に嫁いでいた末姫が、未亡人になって帰国した。わずか十二歳の妹を四十も年上の大公に嫁がせ、国のために犠牲を強いたことに自責の念を抱く王太子は、今度こそ幸福な結婚をと、信頼する側近の騎士に降嫁させようと考える。だが、騎士にはすでに生涯を誓った相手がいた。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

辺境伯と幼妻の秘め事

睡眠不足
恋愛
 父に虐げられていた23歳下のジュリアを守るため、形だけ娶った辺境伯のニコラス。それから5年近くが経過し、ジュリアは美しい女性に成長した。そんなある日、ニコラスはジュリアから本当の妻にしてほしいと迫られる。  途中まで書いていた話のストックが無くなったので、本来書きたかったヒロインが成長した後の話であるこちらを上げさせてもらいます。 *元の話を読まなくても全く問題ありません。 *15歳で成人となる世界です。 *異世界な上にヒーローは人外の血を引いています。 *なかなか本番にいきません

襲われていた美男子を助けたら溺愛されました

茜菫
恋愛
伯爵令嬢でありながら公爵家に仕える女騎士イライザの元に縁談が舞い込んだ。 相手は五十歳を越え、すでに二度の結婚歴があるラーゼル侯爵。 イライザの実家であるラチェット伯爵家はラーゼル侯爵に多額の借金があり、縁談を突っぱねることができなかった。 なんとか破談にしようと苦慮したイライザは結婚において重要視される純潔を捨てようと考えた。 相手をどうしようかと悩んでいたイライザは町中で言い争う男女に出くわす。 イライザが女性につきまとわれて危機に陥っていた男ミケルを助けると、どうやら彼に気に入られたようで…… 「僕……リズのこと、好きになっちゃったんだ」 「……は?」 ムーンライトノベルズにも投稿しています。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...