冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第四章 覚醒編

妖精の仕業

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「あの、ルーファス様。実は、私、お酒のつまみを作ったんです。」

「わざわざ作ってくれたのか?君がそんな事をする必要はないんだぞ。」

「いいんです。私が好きでやっていることなので。」

「それなら、いいが…。これは、カナッペか?」

「はい。右から、サーモンとクリームチーズ、生ハムとオリーブ、トマトとバジルです。」

「美味そうだな。リスティーナ。良かったら、君もどうだ?」

そう言って、ルーファスはリスティーナにワインボトルを見せた。

「はい!ありがとうございます。」

ルーファスのグラスにワインを注ぐと、ルーファスはリスティーナのグラスにワインを注いでくれた。
ワインはチーズやカナッペと合い、凄く飲みやすかった。

「美味いな。特にこのサーモンとクリームチーズのカナッペがいい。」

良かった。ルーファス様が喜んでくれて。こうして、美味しいと言ってもらえるこの瞬間がとても幸せ…。
嬉しくて、リスティーナも自然と笑顔になる。

「ん?ここだけ、不自然な隙間があるな。」

「あっ!それは…、」

そうだった!あの時は動揺してしまって、隙間を埋めずにそのまま持ってきてしまったんだった。

「実は…、そこに置いてたカナッペだけがなくなってしまったんです…。」

「なくなった?誰かがつまみ食いをしたのか?」

「い、いえ…。」

どうしよう。何て答えるべきだろう。正直に言っていいのかな?リスティーナは思わず手が震える。
また、馬鹿にされたらどうしよう。呆れられたり、笑われたりしたら…、

「リスティーナ?」

ルーファスがリスティーナの目を覗き込んだ。彼に見つめられると、リスティーナはざわついていた心が落ち着いた。
私…、私は一体、何を考えていたのだろう。
ルーファス様とあの人たちを同じように扱うだなんて…。あの人達とルーファス様が同じな訳ないのに…。
いつだって、ルーファス様は私の話に真剣に耳を傾けてくれた。
私の拙い話を馬鹿にしたり、蔑んだことなんて一度もなかった。
そう認識した途端、リスティーナは自然と口から言葉が出てきた。

「こんな事言ったら…、子供っぽくて少し恥ずかしいんですけど…、多分、妖精が食べてしまったんだと思うんです。」

「妖精が?」

「子供の頃も時々、こういうことがあったんです。クッキーやビスケットを焼くと、いつの間にか減っているってことが…。その時、お母様が言ってたんです。それは妖精が食べてしまったのよって…。」

あれ以来、人前でこの話をしたことはない。今更ながら、リスティーナは緊張と不安からドキドキした。
思わず、ルーファスの反応を窺う。

「へえ。そんな事が…。君は妖精に好かれているんだな。人間嫌いの妖精が人間の食べ物を食べるなんて、珍しい。」

「!」

ルーファスは馬鹿にするでもなく、蔑んだり、嘲笑う事もなく、リスティーナの言葉を受け止め、面白そうに話を聞いてくれた。
やっぱり…、ルーファス様は…。リスティーナは胸の中がじんわりと温かくなった。

「妖精に好かれていたのはエルザの方ですよ。私は魔力がないので妖精は見えなかったので…。」

妖精に愛される人間は魔力が高く、妖精を見ることができる人間に限られる。
魔力が高ければ、妖精を見ることもでき、意思の疎通も可能だ。
基本的に妖精は人間嫌いだが、魔力の高い人間だけは重宝する傾向にある。
リスティーナは妖精に愛される素質を持っていない。エルザが妖精を可視化する魔法をかけてくれても、妖精の光を認識する位しかできなかった。
実際、妖精が見ることができるのも、妖精に好かれるのも魔力が高い人間だけだ。

「自覚がないのか…。」

「え?」

ルーファスが小さく何かを呟くが、リスティーナはよく聞こえなかった。
ルーファスはワインを飲み干すと、コトン、と机にグラスを置いた。

「まさか、あいつら…。」

ルーファスはボソッと何かを呟くと、そのままスッとソファーから立ち上がった。

「少し夜風に当たってくる。すぐに戻ってくるから、ここで待っててくれ。」

そう言って、彼は背を向け、部屋から出て行ってしまった。

「ルーファス様…?」

まだ一杯しか飲んでないのに?確か、ルーファス様ってお酒に強かった筈じゃ…。
リスティーナは疑問に思ったが、すぐに戻ってくると言ってたので大人しくここで待つことにした。
気を取り直して、クピッ、とグラスに入ったワインを飲んだ。





『美味しいね。』
『うん!美味しいー!』

裏庭では、リスティーナがなくなったと思っていた筈のカナッペがふわふわと宙に浮いていた。
そのカナッペに群がるのは淡い光に包まれた妖精達…。手の平サイズの小さな妖精だ。
林檎のカナッペと洋ナシのカナッペを美味しそうに食べている。

『また、ハーブのクッキーも食べたいね。』
『うん!食べたいねー!』

カナッペを完食して、上機嫌な妖精達。そんな彼らに忍び寄る人影…。

「…お前達、そこで何してる。」

『あ、ルーファス!』
『ルーファスだー!』

妖精達は声を掛けた人物を見て、声を上げた。
クルクル、とルーファスの周囲を踊るように飛び回る。

『ルーファス!ルーファスのお嫁さんって可愛いねー!』
『リスティーナのお菓子は美味しいね!メイネシアに住んでる仲間も褒めていたけど、本当だね!』
『まだ僕達のこと、分からないみたいだけど、いい子だね!』

妖精達がキャッキャッとはしゃいだ声でルーファスに話しかける。
そんな妖精達にルーファスははあ、と溜息を吐き、

「お前達、お使いはどうした?」 

ピタッと妖精達の動きが止まった。

「俺は王都の様子を探ってこいと言った筈だが?」

『だ、だってー、美味しそうな匂いがしたから…。』
『お腹空いてたんだもん!』
『我慢できなかったんだよー!』

「……。」

ルーファスは頭痛がした。そうだった。本来、妖精とは気まぐれで我儘な生き物なのだ。
頼む相手を間違えたか…。
いや。それより、さっき、こいつらの会話から聞き捨てならないことを聞いた気がする。

「それより、さっきのまた、とはどういう意味だ?まさか、お前達、リスティーナのクッキーを勝手に食べたのか?」

『ち、違うよー!リスティーナがくれたんだよ!』
『そうだよ!』

「リスティーナはお前達が見えないだろう。どうやって、クッキーをあげるというんだ。」

『嘘じゃないよ!』
『リスティーナはいつもお菓子を焼く時は僕達の分を取っててくれるんだよ!』

「勝手に食べたの間違いじゃないのか?」

『違うよ!僕ら、そんなことしてないよ!』
『ルーファスは知らないだけだよ!リスティーナはいつもクッキーやビスケットを作ると、僕達が食べやすい所に置いててくれるんだよ。』
『窓辺とか、オーブンとか、暖炉の傍に置いてくれるんだ!』
『メイネシアの仲間も言ってた!リスティーナはいつもそうしていたって!』

「リスティーナが…?」

そういえば、リスティーナはいつも窓辺にミルクの入ったコップを置いていたな。
何故、テーブルではなく、窓辺に置くのだろうと疑問には思っていたが…。
あれは、自分用ではなくて、妖精にあげる為のものだったのか?
そういえば、巫女の一族は自然を愛し、妖精と交流し、共存する習性があったと聞いたことがある。
巫女の一族には妖精の掟というものがあるらしい。
古来から続くその慣習が今でも廃れることなく、続いているということか。
リスティーナの母親は娘にしっかりと一族の掟を教えていたみたいだな。
ハーブや薬草の知識、太陽の刺繍、お菓子や料理のレシピ、おまじないのように…。

「事情は分かった。が、今お前達が食べたカナッペはどう説明するんだ?」

ジロッと妖精達を睨みつけると、妖精達はビクッとした。

「あのカナッペはリスティーナがわざわざ俺の為に時間をかけて、手ずから作った物だ。それを横取りするとはいい度胸だな。」

そう。あれは、リスティーナが作った物なのだ。
他の料理なら、ここまでとやかく言わないが、リスティーナの作った物となると話は別だ。

『うっ…、で、でも、そんなに食べてないよ?ちょ、ちょっとだけだよ?』
『ちゃ、ちゃんとルーファスの好きそうなカナッペは残しておいたよ?』

「…どうやら、全く反省してないようだな。このことはミハイルにしっかりと報告しないとな。」

『わー!止めてよ!そんな事しないで!』
『ごめんなさい!僕らが悪かったよー!』

主の名前を出した途端、これだ。
さて、どうするか…。ルーファスは思案する。
こいつらを使うべきか、別の手を考えるか…。
正直、俺には手駒が少ない。ルカとロイドに探りを入れさせるには少々、不安要素がある。
二人共、隠密向けではないタイプだからな。しかし、こいつらに任せても、きちんとやり遂げられるかどうか確証はない。何せ、頼んだ傍から、これだ。
途中で退屈だー、飽きたー、とか言って、放り出しそうだ。
だが…、今はとにかく情報が必要だ。ミハイルもこいつらは使い方次第によっては強力な味方になると言っていたしな。使い方次第か…。ルーファスは今の思考回路を数秒で終わらせ、決断した。

「いいだろう。今回だけは黙っててやる。その代わり…、お使いはしっかりとやり遂げろ。」

『本当!?』
『良かった!』
『うん!任せてよ!』

「お前達に頼んだ仕事は…、リスティーナを守る為でもあるんだ。だから、頼むぞ。」

『そうなの!?』
『リスティーナは狙われてるの!?』

「ああ。そうだ。リスティーナは俺の母親に毒を盛られたし、俺の弟に乱暴されたことがあるんだ。だから、あの二人には特に注意しろ。また、リスティーナを陥れる為によからぬ企みをしているだろうからな。」

『ひどい!許せない!』
『そいつら、懲らしめてやろう!』
『髪を毟り取ってしまおう!』
『お仕置きしてやる!』

「程々にな。」

憤慨した妖精は物凄い速さで王都の方角に向かっていく。
どうやら、あいつらは短期間で随分とリスティーナを気に入ったみたいだな。
妖精は気分屋だが、仲間思いで義理堅い。受けた恩は必ず返すという一面もある。
逆に仲間を傷つけた人間は容赦しない。敵と判断した人間には倍返しの報復をする。
それは、自分のお気に入りの人間を傷つけられた場合も同じだ。

ちなみにイグアスに乱暴されたと言ったのは勿論、わざとだ。
本当は未遂だったが、乱暴されたと乱暴されかけたを少し言い間違えただけだったし、大した違いはないだろう。
ルーファスは決して、イグアスを許した訳じゃない。
確かに未遂だったが、リスティーナを傷つけたことに変わりないのだから。
何より、一番許せないのはイグアスは俺よりも先にリスティーナの唇を奪ったのだ。到底、許せるはずがない。
いずれ、イグアスにはそれ相応の報いを受けさせてやると決めていたのだ。
たかが、キス位でとか、もう過ぎたことだとか、そんなもので納得できる程、ルーファスは心の広い人間ではない。
他の事はどうだっていいが、リスティーナに関しては話は別だ。
あの性格の捻くれた弟の事だ。確実にリスティーナにちょっかいをかけてくるだろう。
王都に帰ったら、まずはイグアスにしっかりと忠告してやらないとな。
それまでは、彼らのお仕置きを存分に楽しんでおくといい。
ルーファスは口角を上げて、妖しく微笑んだ。

自分の知らないところでそんな事になっているとは知らないリスティーナは呑気にフルーツを堪能していた。
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