冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第四章 覚醒編

妖精の掟

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「あ、ルーファス様。」

扉が開いた音がして、振り返ると、ルーファスが戻ってきた。

「もう、酔いは冷めましたか?」

「ん?ああ。風に当たったら、随分とよくなった。もう、大丈夫だ。」

そう言って、ルーファスはリスティーナの隣に座った。

「そういえば、リスティーナ。君は毎朝、窓辺にミルクの入ったグラスを置いているが、あれはメイネシアの習慣なのか?」

「あ、いえ…。あれは、お母様が教えてくれたんです。窓辺にミルクを置いておくと、妖精が来てくれるのよって…。」

「ああ。そうだったのか。君の母親の習慣だったんだな。他にも妖精に関係する習慣があるのか?」

「はい!お母様とニーナが言ってたんですけど、妖精にお菓子をあげる時は、窓辺とオーブン、暖炉の傍に置くといいって教えてもらったんです。だから、私、お菓子を焼いたら、必ずそこに置いておくんです。」

「へえ。そんな習慣もあるのか。中々、面白いな。」

異母兄弟には散々、みっともないとか、子供っぽいとか馬鹿にされたが、ルーファスはリスティーナの話を聞いても嘲笑うことなく、すんなりと受け入れ、聞き入ってくれる。

「しかし、確か妖精はあまり人間の食べ物は好まないんじゃなかったのか?」

「妖精は好き嫌いがありますけど、人間の食べ物も食べますよ。ミルクやチーズ、クラッカーにビスケット、クッキーと果物に…、」

リスティーナは『妖精の特徴と習性』で読んだ本の知識を思い出しながら、話していく。

「妖精はお菓子を気に入って食べてくれると、そのお礼に家事をしてくれるんです。」

「そうなのか?」

「はい。メイネシアにいる時も倉庫を掃除しようとしたり、床磨きや窓拭きをしようとしたら、綺麗に掃除されていたなんてこともありましたから。」

最初はニーナ達が掃除してくれたのかと思っていた。だけど、確認したら、誰も掃除してなかったのだ。だから、きっとあれも妖精がしてくれたことなのかもしれない。

「掃除…。床磨きに窓拭き…。」

ルーファスは唖然として、呟いた。
リスティーナはハッとして、慌てて言い直した。

「あ、えっと…、今のはその…、え、エルザの!エルザ達から聞いた話です!」

一国の王女が掃除や床磨き、窓拭きをしていたなんて、知られれば、メイネシアの評判に関わる。
何より、ルーファスに惨めな自分の過去を知られたくなかった。
しまった。私ったら、気が緩むと、つい…。き、気を付けないと…。
ルーファスはとっくに素行調査でリスティーナの境遇を把握済みだとは知らず、リスティーナはそんな風に気を引き締めた。
そんなリスティーナを見て、ルーファスは一瞬、スッと目を細めた。

「そう…。侍女から聞いた話だったのか。」

そう言って、納得したように頷いたルーファスにリスティーナはホッとした。
な、何とか、誤魔化せた…。

「お菓子がなくなると、妖精の仕業だと言う所といい、君の母親は妖精が好きなんだな。」

「はい!お母様はよく私を膝に乗せて、妖精伝説や妖精が出てくるお伽噺を聞かせてくれたんです。妖精の掟も教えてくれました。」

「妖精の掟?何だ。それは?」

「妖精と仲良くするための大切な心得のことです。全部で二十個の決まりごとがあるんですよ。」

「二十個も?随分、多いな。」

「そうなんです。私も最初に聞いた時は全部、覚えきれなくて…。毎日、暗唱してやっと覚えることができたんです。」

「凄いな。今でも覚えているのか?」

「はい。覚えてますよ。ルーファス様も妖精の掟に興味がありますか?もし、良ければ紙に書きましょうか?耳で覚えるのは大変だと思うので…。」

「いいのか?」

「勿論です!ちょっと待っててくださいね。」

リスティーナは紙と羽根ペンを取り出し、サラサラと迷いのない手つきで文字を書き連ねていく。

「あっ…!」

が、途中でペンの切っ先が潰れてしまい、文字が滲んでしまった。

「ああ…。」

やってしまった…。リスティーナはガックリと項垂れた。

「大丈夫か?リスティーナ。ペンが潰れてしまったのか。怪我は?」

「だ、大丈夫です。でも、ごめんなさい。紙を無駄にしてしまいました。」

ううっ…、折角、半分までは書けたのに…。
また、一から書き直しだなんて…。

「羽根ペンは綺麗ですけど、あんまり実用性がないんですよね…。すぐにインクが切れるし、ペンが潰れやすいですし…。」

「…確かにそうだな。実用性、か…。」

ルーファスは顎に手を置いて、何か考え事をし始めた。
どうしたんだろう?そう思いながらも、リスティーナは新しい紙に手を伸ばした。

「リスティーナ。書き直す必要はない。」

「え?でも…、」

ルーファスはリスティーナが書いた紙に手を翳した。
ルーファスの手から青い光が放たれる。光が消えると、滲んでいた文字の部分だけが消えていた。

「わっ…!凄い!もしかして、これって、魔法ですか?」

「修正魔法だ。」

修正魔法…!こんな高度な魔法を無詠唱で発動できるだなんて…!
そして、ルーファスは壊れた羽根ペンも魔法で直してくれた。勿論、これも無詠唱だ。
リスティーナは感心した。やっぱり、ルーファス様は凄い。

「ありがとうございます!ルーファス様!」

「いや。これ以上、君の手間をかけさせたくはないからな。また、間違えても、俺が直すから、ゆっくりと君のペースで書いてくれ。」

「はい!」

ルーファス様…。やっぱり、優しいなあ。
私が焦って間違えたりしないようにこうやって気遣ってくれるだなんて…。
益々、ルーファス様を好きになってしまう。
リスティーナはそんな事を考えながら、文字を書き連ねた。

「できました!」

書き終えたリスティーナはその紙をルーファスに渡した。

「これが妖精の掟か…。」

ルーファスはリスティーナが書いた紙を手に取り、それに目を通す。

「この掟を見る限り、妖精の特徴をよく理解しているな。つまり、自然と森を大切にしろということか…。」

「はい。だから、私、森でハーブや薬草を摘む時は必ず、断りを入れてから摘むようにしているんです。これもお母様に教わったんです。勝手に取っていったら、妖精の怒りを買ってしまうんだそうです。」

「そうなのか?」

「そうなんです。森にあるものは本来、妖精の所有物なので…。それに、妖精は縄張りに入って来られるのを凄く嫌がるんです。自分の縄張りを荒らす人間は特に嫌うので…。だから、森にゴミを捨てたり、木を切ったりする人間は妖精に嫌われるそうですよ。」

「成程…。君が自然を好きな理由が分かった気がする。ずっと、この掟を守ってきたからなんだな。」

「そ、そんなに大したことではないんですけど…。掟自体はそんなに難しいものではないですし…。」

「そんな事はない。どれだけ小さなことでもそれをずっと忠実に守り続けるのは簡単な事じゃない。」

ルーファス様…。そんな風に言ってくれるだなんて思いもしなかった。

「君は本当に謙虚なんだな。もっと、誇っていいんだぞ。」

「あ、ありがとうございます。ルーファス様…。私は…、ルーファス様がそう言ってくれるだけで十分です。」

「もどかしいな。」

「え?」

「君の控えめで慎ましい所は美徳だが、そのせいで評価されていないのは何だか勿体ないな。」

「っ…!」

故郷では…、ずっと否定されていた。
レノアや異母兄弟達に馬鹿にされ、笑い者にされてきた。
でも…、こうして、私のやってきたことを評価してくれる人がいる。それだけで…、私は…、
不意にルーファスはギュッとリスティーナの手を握った。
リスティーナはドキッとした。

「でも、他の男に君の魅力が知られるのは嫌だな…。君の魅力は俺だけが知っていればいいと思ってしまう。」

「ええ…?」

み、魅力だなんて…。ルーファス様から見て、私ってどういう風に見られているんだろう。
メイネシアでは王族の中で一番の厄介者で、不良債権とまで言われていたのに…。
異母姉のレノアはメイネシアの薔薇と呼ばれているのに対し、リスティーナは日陰王女と呼ばれていた位だ。そんな私を…、魅力的だなんて…。

「そ、そんな…。ルーファス様ったら、大袈裟ですよ。それに、私はそこまでモテませんから心配いりません。メイネシアでも、私は縁談が一つもなかったですし。」

異母姉のレノアには婚約者候補が山ほどいたが、リスティーナは一人もいなかった。
それはそうだ。平民の血を引く冷遇された王女なんて、誰も嫁に貰いたがらない。
リスティーナを愛人にしてやるって、言ってくる貴族子息はいたが…。

「メイネシアの男共は見る目がないんだな。それとも、メイネシアは美醜感覚がおかしいのか?それなら、仕方のない事かもしれないな。俺から見れば、リスティーナ以上に魅力的な女性は他にいないのに…。」

「み、魅力的だなんて、そんな…。わ、私以外にも他に美しくて、魅力的な女性はたくさん…、」

口にしてみて、気が付いた。
そうだ。私以外にも世の中には美しくて、魔力と教養のある女性はたくさんいる。
もしかしたら、ルーファス様も…、他の女性に心奪われてしまう事だって…、
思わず想像してしまい、リスティーナは俯いた。

「リスティーナ。」

ルーファスの手がリスティーナの顎に手をかけ、上を向かせ、視線を合わせる。
青と紅の瞳がジッとリスティーナを見つめる。その真剣な眼差しにドキッとした。

「俺は君以外の女に興味はない。他の女なんていらない。俺には君さえいてくれればそれでいい。」

ルーファスがスルッとリスティーナの髪に指を絡めた。
射抜くような熱い眼差し…。その目に見つめられると、吸い込まれそうになる。綺麗…。

「る、ルーファス様…。」

「リスティーナ…。俺には君しかいない。君だけだ。だから…、君も俺だけを見てくれ…。」

ルーファスは懇願するような目でリスティーナを見つめ、そのままリスティーナに顔を近づける。

「んっ…!」

チュッと口づけられる。リスティーナはそっと目を瞑り、ルーファスの袖口をキュッと掴んだ。
ルーファス様のキス…。こうして、触れ合うのはいつぶりだろう。リスティーナは歓喜で胸が震えた。

「ん……っ、ぁ…、」

熱い…。頭がぼおっとする…。
開いた口の隙間から、ルーファスの舌が滑り込んでくる。
あ…、ルーファスの様の舌が…、

「ふっ…、ん…、は、あ…。」

チュッ、ピチャ、と舌と舌を絡ませる音が室内に響き渡る。

身体が…、熱い。
ルーファス様…。私を欲しがってくれているのかな?だとしたら、嬉しい…。
もっと…、もっと、触れて欲しい…。
ドサッとルーファスによって、ソファーに押し倒される。
それでも、ルーファスからのキスは止まらない。
リスティーナはルーファスにしがみつくようにして、キスに応える。
視界が滲み、潤んだ目でルーファスを見つめる。
ルーファスが唇を離した時には、リスティーナは息も絶え絶えになっていた。

「ルー、ファス、様…。」

トロン、とした目でルーファスを見つめると、ルーファスがハアッと興奮したように熱い息を吐いた。

「リスティーナ…。」

そのままルーファスはリスティーナの身体に触れようとするが…、触れる寸前でピタッと手を止めた。
慌てたようにスッと手を下ろすと、リスティーナの上から退いた。

「ルーファス様…?」

「すまない…。リスティーナ…。悪いが…、今日はもう…、部屋に戻ってくれ…。」

「え…?」

どうして、急に?リスティーナは起き上がってルーファスを見上げた。
期待していたのは、私だけ…?リスティーナはさっきのキスで乱れた胸元を直しながら、恐る恐る口にした。

「私…、ルーファス様に何かしてしまいましたか?」

「そ、そんな事はない。君は何も悪くない。」

「やっぱり、私では…、その気にはなれませんか?」

「は?」

リスティーナはルーファスの服の裾を掴むと、

「私…、嬉しかったんです。ルーファス様にキスされて…、ルーファス様に触れて貰えて…。でも、ルーファス様は違ったんですか…?」

「ッ!そんな事はない!」

ルーファスはバッとリスティーナに向き直ると、リスティーナの肩を掴んだ。

「ルーファス様…?」

「俺は…、ずっと、我慢していたんだ!本当は、早く君が欲しくて欲しくて堪らなかった。もう一度、君をこの腕に抱きたかった。だけど…、君はまだ病み上がりで…、そんな状態の君を俺がどうこうしたら、壊してしまいそうで…、」

我慢していた?ずっと…?
私だけじゃなかったんだ。触れて欲しいと思っていたのは…、
リスティーナは彼が自分を求めていたのだと知り、胸が高鳴った。
そうだったのね…。ルーファス様は私の体調を気遣って…、
リスティーナはルーファスの手を掴むと、自分の頬に押し当てた。

「嬉しい…。私も…、ルーファス様に触れて欲しい、です。」

リスティーナはルーファスの手に頬をスリスリ、と擦りつけた。
じっとルーファスを見上げる。

「…ッ、リスティーナ…。あ、あまり男を煽るような真似はしないでくれ…。我慢、できなくなるから…!」

何かに耐えるような表情をして、口元を手で覆うルーファス。

「我慢なんてしなくて、いいです。私…、私は…、ルーファス様になら、何をされたって構わな…、ッ!?」

リスティーナが最後まで言い終える前にルーファスがいきなり、リスティーナの背中と太腿の裏に手を回すと、そのままフワッと抱き上げた。

「俺は…、忠告はしたからな…。」

そう呟くと、ルーファスはスタスタとリスティーナを抱えたまま、寝台に向かった。
逃がさない、とでもいうかのようにリスティーナに回された力強い腕の感触にリスティーナはドキドキした。そのままそっと寝台の上に横たえられる。
ギシッと寝台に手をついて、ルーファスがリスティーナに覆いかぶさった。
熱い眼差しでリスティーナを見つめ、はあ…、と荒い息を吐くルーファスにリスティーナはポッと頬を染めた。
コツン、と額を合わせて、ルーファスは最後のチャンス、とでも言いたげにリスティーナに問いかけた。

「本当に…、いいんだな?」

何を、なんて聞かなくても分かる。リスティーナは真っ赤に染まった顔でコクン、と頷いた。
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