冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第五章 再会編

死体の後始末

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「ふわああ。」

ルカは欠伸をしながら、廊下を歩いていた。
用を済ませたルカは自室に戻ろうとしている所だった。
眠い…。早くベッドで寝たい…。
その時、コツコツと足音が前方から聞こえた。

「ん…?」

ルカが顔を上げると、そこには…、全身血だらけのルーファスがいた。

「で、殿下!?ど、どうしたんですか!?その傷は!?」

ルカは眠気も吹っ飛び、慌ててルーファスに駆け寄った。
慌てふためくルカとは対照的にルーファスは全身血だらけなのに、平然としている。

「ルカか。静かにしろ。リスティーナが起きるだろう。…それに、この血は俺の血じゃない。ただの返り血だから、心配するな。」

「へ?な、何だ。そうなんですね。それなら、良かっ…、」

遠目からだとよく分からなかったが、近くで見れば、ルーファスの身体は無傷だった。
ルーファスの言葉にホッとしたのも束の間、言葉の意味を理解し、クワッと目を剥いた。

「か、返り血!?ど、ど、どういうことですか!?一体、何があって…!」

「だから、声を落とせと言っているだろう。…俺を殺すように依頼を受けた連中が屋敷内に侵入してきた。そいつらを返り討ちにしてきただけだ。」

「なっ、なっ…!つまり、暗殺者がここに来たってことですか!?ロジャー様から話は聞いてたけど、まさか、本当に殿下の命を狙ってくるなんて…、というか!殿下は何でそんな平然としているんですか!?自分の命が狙われたっていうのに…!」

ルカはルーファスの従者になってから日が浅い。
ルカがルーファスに仕えるようになってからは、刺客が襲撃してくることもなかった。
だから、ルカはこういう場面に慣れていない。
ルーファスは幼少期から何度もこういったことは経験している為、今更驚きはしないが、普通の感覚からしたら、ルカの反応が正常なのだ。

「殿下!ご無事ですか?」

その時、異変を察したのかロイドとロジャーが駆けつけた。

「お怪我はありませんか?」

「問題ない。」

「まさか、また刺客が…?」

ロイドとロジャーはルーファスの様子から、すぐに状況を理解した。
ルカと違い、二人はルーファスに長年仕えている身だ。
こういった血生臭い場面には慣れていた。
ロイドが警戒するように辺りを窺う。

「殿下。まだ近くに刺客がいるかもしれません。わたしが屋敷内を探って…、」

「その必要はない。刺客なら全員仕留めた。爺、死体の処理を頼む。」

「畏まりました。」

ルーファスは死体の処理をロジャー達に任せ、そのまま足早に部屋に戻っていく。
状況を呑み込めないルカはそのやり取りを呆然と眺める事しかできない。

「な、な、何が起こって…、それに、死体って…。」

「ルカ。お前も手伝え。」

ロイドにそう促され、ルカはギョッとした。

「ええ!?ぼ、僕もですか!?」

「当然だろう。これ位で驚いていては困る。こういうことは、殿下にとっては日常茶飯事なのだからな。」

「こ、こんな物騒なことが日常だなんて冗談でしょ!?というか、今までこんなこと一度もなかったじゃないですか!」

ルカの疑問にロジャーが答えた。

「それは、今まで何度刺客を送り込んでも全て失敗に終わっていたからだ。そのせいか、殿下の呪いを恐れて、ここ数年、刺客はほとんど現れていなかった。」

「あ…。そういえば、殿下って呪いの力で自分が受けたダメージを相手に跳ね返すことができたんでしたっけ?反動返しみたいな…。つまり、殿下の呪いが解けたと知った連中がチャンスだと思って、刺客を放ったってことですか?」

「そういうことだ。」

「ん?ちょっと待って下さい。ってことは、こういうことがこれからもあるかもしれないってことですか!?」

「察しがいいな。その通りだ。そういう訳であるから…、ルカ。お前も最初は無理でも、少しずつ慣れていくように。」

「慣れる!?む、無理ですよ!こんなの、命が幾つあっても足りませんって!僕は剣術とか護身術とかからっきしなんですから!」

「煩いぞ。ルカ。もう少し声を落とせ。」

そんな会話を交わしている間に裏庭に辿り着く。



「うっ…!」

鉄臭い血の匂いと十体の死体を前にして、ルカは吐き気を催し、口を塞いだ。
そのまま、顔を背けて、嘔吐してしまう。
ロイドは死体に近付き、全員絶命しているかを確認する。
そして、死体を一か所に集めていく。
その間、ロジャーは死体を埋めるための穴を掘っていく。

「うっ…!おえええええ…!」

「大丈夫か?…悪い。まさか、お前がこんなに耐性がないとは思わなかった。」

ロイドはルカにタオルと水筒に入った水を差し出した。
ルカはそれを無言で受け取った。
普通に考えてこんなのに耐性がある訳ないでしょうが!むしろ、耐性がある方がおかしいでしょ!
内心、そう反論したい気持ちでいっぱいだったが、今のルカにそれを口にすることはできなかった。
吐き気がおさまらず、言葉を発する余裕がないからだ。
ルカはおえおえ、とその場で嘔吐をするしかない。
口の中を水でゆすいで、ハアハア、とルカは肩を上下させながら、えずきに耐えた。
少しだけ落ち着いたルカはぼんやりとした頭で黙々と作業をするロジャーとロイドを見つめた。

ーそうか…。二人はずっとこうやって殿下を陰ながら守って支えてきたんだ…。刺客を返り討ちにする度に死体の処理もして…。何度も何度も繰り返して…。

ルカはグッと口を引き結んだ。
僕も負けてられない。
スクッと無言で立ち上がると、そのままスタスタと二人に近付くと、シャベルを手にして、穴を掘っていく。

「ルカ。無理だと思ったら、いつでもやめていいのだぞ。必要なら、紹介状も書いて…、」

「やめませんよ。」

ロジャーの言葉にルカはきっぱりと答えた。

「僕はまだ…、殿下に恩返しできてないんですから。それに…、この職場、結構気に入っているんです。お願いされたって、僕はやめませんから。」

「そうか…。」

ルカの言葉にロジャーはフッと目を細めて、笑った。





「クッキーは窓辺に置いたし、オーブンにも入れておいたし、後は…、」

リスティーナは焼き上がったハーブのクッキーを一枚ずつ窓辺とオーブンの近くに置いた。
これで、よし。
魔力がない私は妖精をこの目で見ることはできないけど、こうすることで少しでも妖精を感じることができたら、嬉しいな。
リスティーナはクッキーを母の所に持って行く。

「お母さ…、」

リスティーナは母の後姿を見つけ、声を掛けた。
が、リスティーナは窓辺に映る母の表情を見て、思わず口を噤んだ。
いつも穏やかで優しい眼差しをしている母の目が…、まるで別人かと思う位に冷たくて、無機質な目をしていたからだ。
生気がなく、まるで虚無を宿したかのような…。
その目はジッと庭に咲いている鈴蘭の花に注がれている。
リスティーナはそんな母から目が離せなかった。動揺して、思わず足音を立ててしまう。
その音に気付いた母は振り返ると、

「まあ。ティナ。どうしたの?」

母はリスティーナを見て、ふわりと優しく微笑んだ。
その表情はリスティーナがよく知る母の姿に変わりない。
さっきの昏い目の面影は欠片もない。さっき、自分が見たのは目の錯覚だったのかと疑ってしまう程に…。
でも…、あれは見間違いなんかじゃない。
その後、母は何もなかったかのようにリスティーナと過ごした。
優しくて、温かい。いつもの母だった。

リスティーナはその時、確信した。母は自分が思っている以上に深い闇を抱えているのかもしれないと…。
それは、もしかしたら、母の過去に関係があるのかもしれない。
薄々、そうかもしれないと気付いていた。
母は自身の過去については、一切語らなかった人だったから…。
一度だけ、母の過去と一族について聞いてみた時、母はとても悲しい顔をしていた。今にも泣き出しそうな幼子のような瞳をしていた。
それ以来、リスティーナは母には二度とそのことについては聞くことはしなかった。

本当は知りたかった。母の過去に何があったのか…。でも、聞けなかった。
いつか…、母が話してくれるかもしれない。そう思って…。
でも、母は最期までリスティーナに話さなかった。
リスティーナは今でもその出来事が心に重く圧し掛かっている。
あの時、母が亡くなる前に聞いていたら、何かが違ったのかもしれない。
どうして…、私はあの時、聞けなかったのだろう。どうして…。
ううん。本当は分かっている。私は…、ただ…、

リスティーナが目を覚ますと、頬が濡れていた。
それは、涙の跡だった。どうやら、自分は泣いていたらしい。
リスティーナはゴシゴシと涙を拭った。
ふと、隣を見れば、ルーファス様がいない。

「ルーファス様?」

こんな真夜中にどこに…?
そんな思いでキョロキョロと辺りを見回していると、ガチャ、と音を当てて、寝室の扉が開かれる。
入ってきたのは、ルーファスだった。

「リスティーナ?起きていたのか。」

風呂に入っていたのだろうか。ルーファスの髪は濡れていた。
タオルで髪を拭きながら、こちらに近付いてくる。

「今、目が覚めた所で…。ルーファス様はお風呂に入っていたのですか?」

「ああ。その…、少し汗を掻いたからな。…それより、リスティーナ。少し目が赤いが大丈夫か?」

ルーファスはリスティーナの頬に手を伸ばす。
あっ、そうだ。さっき、涙を拭く時に擦ってしまったんだ。

「大丈夫ですよ。何ともないです。」

夢を見て、泣くだなんて子供っぽくて恥ずかしい。
なので、リスティーナはルーファスに泣いてしまったことは話さなかった。

「それなら、いいが…。何か異変があればすぐに言うんだぞ。網膜は繊細だし、すぐに感染しやすい。君の宝石のような目に何かあったら大変だ。」

「あ、ありがとう、ございます…。」

ルーファス様。私の目を宝石みたいだと思ってくれているんだ。
リスティーナはじわじわと熱いものが込み上げてくる。
ルーファス様に褒めてもらえるだけで、このエメラルドグリーンの目が愛おしく思えてくる。
宝石のように綺麗なのは…、ルーファス様の方だ。

ルビーのように鮮やかな紅と海のように深い青…。
本当に、綺麗…。いつまでも見ていられる。
瞳の色はキラキラして、吸い込まれてしまいそう。
昔、童話で読んだオッドアイの女の子の目もこんなに綺麗だったのかな?
童話の中でも王子が言っていたもの。宝石のようにキラキラして綺麗ですねっ、て。
そう言った王子の気持ちが分かる気がする。だって、こんなに綺麗だもの。
この目を気持ち悪いっていう人の気持ちが分からない。

「どうした?リスティーナ。」

「ルーファス様を見ていると、『太陽の国の王子とオッドアイの少女』の童話を思い出してしまって…、その子の目もルーファス様みたいに綺麗だったのかなって思って。」

「ああ。昼間に買ったあの本か。」

ルーファスは寝台に乗り込むと、隣に横たわり、肩肘をついてリスティーナを見下ろした。
リスティーナはその後もルーファスと暫く会話を楽しんだ。
ルーファスは博識でたくさんの事を知っているから、話していてとても楽しい。
リスティーナの知らなかったことも丁寧に教えてくれるし、とても分かりやすい。
もっと、ルーファス様の話を聞いていたいのに、リスティーナは次第にウトウトと微睡んでしまう。
気付けば、リスティーナはルーファスの腕の中で眠ってしまい、そのまま朝までぐっすりと寝てしまった。
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