冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第五章 再会編

エルザside

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「あっ、あっ、あん!ああん!」

ギシギシ、とベッドが軋む音がする。次いで耳障りな女の下品な声も…。

「はッ、あ、ん!い、いい…!そこ…!ああん!」

何て下品な声。あれで一国の王女だなんて笑わせる。

「ルイ―、ド…!ああん!レナ、―ド…!いいわ…!すごく、いい…!」

相手の名をあられもなく叫びながら、乱れる女の声はレノアのものだった。相変わらず、好きものね。
全く真っ昼間からよくやるわ。あれで一国の王女とは聞いて呆れる。娼婦の間違いじゃないの。
エルザは内心、げんなりしながら、部屋の前で待機していた。

「ひああああああああん!」

どうやら、終わったようだ。フウ、やれやれ。エルザはお湯とタオルを手に持つと、中に入った。
薄暗い室内はムワッと情事の濃い匂いがした。
広い寝台にはうつ伏せに倒れて、気を失っている全裸のレノアと上半身裸の男が二人いた。
二人の男の視線がエルザに向けられる。
オレンジの髪にライトブルーの瞳…。
端正な顔立ちは社交界でも騒がれているほどで令嬢や夫人からも人気がある。
二人共、瓜二つの顔で見分けが全くつかない。
それもそうだろう。この二人は双子の兄弟なのだ。
唯一、違うと言えば、青いひし形の耳飾りがそれぞれ片方にしか着けておらず、左右違っているという所だ。
メイネシア国の第二王子、ルイ―ドと第三王子、レナード。リスティーナの異母兄に当たる。

「…ああ。エルザか。」

オレンジの髪を掻き上げ、シャラ、と右耳に耳飾りをつけた男、ルイ―ドが呟いた。
エルザは無言で気を失っているレノアに近付くと、お湯で絞ったタオルでレノアの身体を拭いていく。

「あなたも上手くやりましたねえ。あれだけ、あの無能な出来損ないに張り付いていた癖にあっさりとこちらに鞍替えするとは随分と変わり身が早い事で…。やはり、あなたも呪いとやらが怖いんですか?」

口調は敬語で丁寧でありながらも、嫌味と皮肉が混じった言葉を吐くのは左耳に耳飾りをつけたレナードだ。

「何の事でしょうか?」

エルザはとぼけたふりをして、コテンと首を傾げる。
大抵の男はそれでエルザに見惚れるか、顔を赤くするのだが…、目の前の双子にその演技は通用しない。

「はっ…、お前の魂胆は分かってんだぞ。エルザ。」

「また、何を企んでいるんです?」

「企むだなんて…。一介の使用人であり、か弱い女の私にはそんな大それたことはとてもとても…。」

「よく言うぜ。何がか弱い女、だ。男を再起不能にする位にボコボコに殴る女がか弱い?笑わせるなよ。」

「ええ。本当に…。か弱い女という言葉の意味をお調べになられては?」

エルザは双子の嫌味をスルーしつつ、テキパキとレノアの身体を拭き続けていく。

「私がこうして、レノア様にお仕えしているのは、レノア様たってのご希望ですよ?メイネシア国の薔薇と謳われた姫様にお仕えできる名誉を喜ばない者がいるでしょうか?」

「フン…。嘘を吐くなよ。微塵もそんな事、思ってない癖に。大体、それもお前の計算なんだろうが。バレバレなんだよ。」

「レノアはあの出来損ないから侍女を奪えたと思っているようですが…、どうせ、あなたがそう思うように仕向けたのでしょう?」

「まあ…。悲しいですわ…。殿下には私がそんな女に見えるのですね…。」

エルザはウルッと瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情を作った。儚げで守ってあげたくなるような…、そんな雰囲気を醸し出す。が、目の前の双子は、うげえ、と今にも吐き出しそうな顔をした。失礼な男である。
ルイ―ドは飽きたのかオレンジの髪をガシガシと乱暴に掻きながら、気怠そうに言った。

「まあ、いい。それより、エルザ。あの女はどうしている?」

あの女。それが誰を指しているのか…。
エルザには分かっていた。しかし、エルザはニコッと微笑み、首を傾げると、

「あの女…、とは?一体、誰の事でしょうか?」

「あなたの元主人、ですよ。半分しか王家の血を引いてない半端モノの王女。メイネシア国の王女とは思えない出来損ない。王家の恥晒し、金食い虫とでも言えば分かりますか?
まあ、あの女の事です。どうせ、夫にも相手にされず、惨めな日々を過ごしているんでしょうね。」

「だろうなあ。あんな地味で陰気臭い女、誰も相手にしないだろうさ。後宮でも男を知らずに寂しく独り寝を送っているんだろうなあ。」

「まあ、あの女にはふさわしい末路ではありませんか。最も…、例の化け物王子はいつ死ぬかも分からない身…。夫を亡くしたら、あの女は未亡人ですね。男も知らない未亡人とは傑作ですねえ。」

「ハハッ!違いない!ああ。そうだ。あいつが出戻りで帰ってきたら、俺が新しい男を紹介してやろうか?変態爺の後妻の座くらいは用意してやるよ。」

「……。」

エルザは黙ったまま、レノアの身体を拭き終えると、

「それを私に言われましても…。もうリスティーナ様と私はただの赤の他人。今の私はレノア様の侍女なのですから。その言葉は是非、ローゼンハイムにいるリスティーナ様に手紙でも認めて、差し上げて下さい。お優しい殿下のお気遣いにきっと、喜ばれますわ。…では、私はこれで失礼しますわ。何かあったら、お呼びください。」

そう言って、エルザは一礼し、お湯とタオルを持って、下がった。
後ろから、ボソッと、「…食えねえ女。」という声が聞こえた。
聞こえてんだよ。この変態クズ双子。エルザは心の中で毒づきながら涼しい顔で退出した。
スザンヌにあの双子の手紙はリスティーナ様には見せずに燃やして捨てるように言っておかないと…。

異母兄弟とはいえ、仮にも血の繋がっているレノアとあの双子が何故、肉体関係を持っているのか。
レノアが単純にあの双子の顔と身体を気に入っているというのもあるが、それだけじゃない。
元はといえば、メイネシア国の風習が大きく関係していた。

メイネシア国の王家は古くから、近親婚が盛行していた。
高貴な青い血に固執し、血統を重んじるあまり、身内同士で結婚し、同族婚を繰り返してきていた。
メイネシア国では近親婚は古くからの伝統として守られてきた。
しかし、教会が近親婚の禁止令を発令したことにより、その慣習は途絶えた。…表向きは。
古くからの伝統というものは完全になくならなかった。
メイネシア国の王族独自の風習は今でも続いていたのだ。
やがて、その忌まわしい風習はどんどん歪な方向へと変わっていく。
メイネシア国の王族は成人したら、秘密の儀式として兄弟同士で交わる。その儀式を終えることで初めて、メイネシア国の王族として認められるのだ。

レノアと双子が関係を持っているのはそういうことである。
彼らは兄弟同士で交わることに全く抵抗感がない。
王家の悪習に染まりすぎたせいで、実の姉弟と寝る事に嫌悪感も忌避も抱かないのだ。
彼らにとって、兄弟同士で寝る事は普通の情事と変わらない。
これこそが、メイネシア国の王家の裏の顔…。おぞまじい風習だった。
勿論、リスティーナはそんな風習は知らない。ヘレネがリスティーナにその風習を隠し続けてきたのだから。

ヘレネは亡くなる前にエルザに忠告したのだ。
リスティーナが成人しても、その儀式には絶対に参加させないようにと…。
リスティーナが王家に王女として認められていないのはそれが理由の一つだった。
リスティーナ様はこの国を離れて、良かったかもしれない。
離宮に住むリスティーナは王宮に住む王族と関わりがないとはいえ、やはり王女である以上、いつあの風習の存在を知ることになるか分からない。
最悪、あの双子に儀式の強要をされる可能性だってあるのだ。
そんな事、許せるはずがない。エルザはガリッと爪を噛んだ。

「…ああ。エルザ。来てたんだ。ッい!?」

エルザは離宮の庭で花壇の花に水をやっていた。
そんなエルザと同様に様子を見に来たのだろう。
アリアが現れ、エルザに気づいて声を掛けるが、エルザを見た途端、ギョッとした。

「え、エルザ?ど、どうしたんだ?何でそんな怖い顔をして…、何かあったのか?」

こんな美少女を見て、怖い顔とは失礼な…。
そう思いつつも、自覚はあったため、エルザは怒りを宥める様にフウ、と溜息を吐いた。

「…ルイ―ドとレナードに遭遇した。」

「あ、ああ。成程…。それで機嫌悪いのか。」

アリアは納得した。
エルザが例の双子王子を嫌っているのはアリアもよく知っている。
勿論、アリアも嫌いだ。
あの双子はレノアに加担して、リスティーナを虐めてきたのだから。

「で?今度は何て?」

「いつもの手よ。リスティーナ様がどうしてるのか探りを入れてきたわ。」

「…あの二人も懲りないなあ。まだ諦めてないのか?で、エルザは何て答えたんだ?」

「何も。そもそも、何であいつらにリスティーナ様の情報を渡さないといけないわけ?
リスティーナ様は結婚したルーファス王子に恋をして、相手の王子もリスティーナ様にベタ惚れで相思相愛の仲でラブラブなんですよー。しかも、王子は呪い解いて、今はもうピンピンしてますよーって言えって?そんな事あの二人が知ったら、絶対にブチ切れるでしょう。」

「確かにな…。そういえば、リスティーナ様とルーファス王子はまだ療養先の領地にいるんだっけ?」

「そうらしいわ。スザンヌの話だと、もうしばらく滞在するみたいよ。昨日は街にデートしに行ったって言ってたわ。ルーファス王子に本やら髪飾りを買ってもらって、ティナ様が喜んでたって言ってたわ。」

「へえ。良かったじゃないか。ティナ様、幸せそうだな。」

アリアはエルザの話を聞いて、嬉しそうにした。
が、エルザの表情は暗い。

「……。」

「エルザ?」

「アリア。あなたも気付いているんでしょう?ルーファス王子がどうして、呪いが解けたのか。」

「ッ!」

アリアは息を呑んだ。アリアはゆっくりと頷いた。

「ティナ様が…、あれを使ったんだよな?」

「それしか考えられないでしょ。ルーファス王子は一度、死んだのよ?死人が息を吹き返すなんて、普通に考えて有り得ないでしょう。考えるとしたら、あれしかないでしょう。」

「そうだよな…。なあ、エルザ。提案なんだが、いっそのこと、ルーファス王子にティナ様のことを話してしまうっていうのは…、」

「ッ!馬鹿な事言わないで!まさか、ルーファス王子にリスティーナ様の秘密を明かそうというんじゃないでしょうね?」

「けど、スザンヌの話だと、ルーファス王子は信頼できる男だという話じゃないか。何より、リスティーナ様が選んだ男だ。それに、相手は大国の王子。味方に取り込むのなら、これ以上ない…、」

「王族は信用するなって何度言えば分かるの!」

エルザはクワッとアリアに噛みついた。
その剣幕にアリアはたじろいだ。

「アリア!あなたは知らないから、そんな事が言えるのよ!過去に王族や貴族の男達が巫女を何度、裏切ってきたと思う?散々、加護と祝福を受けておきながら、用済みになったら、捨てる。時には、命すらも奪った!王族と貴族ってのはどの時代も変わらない…。そんなあいつらを信用なんかできる訳ないでしょ!」

「え、エルザ!止めろ!こんなこと、誰かに聞かれでもしたら…、」

アリアは周囲を警戒して、エルザに声を潜めるように言った。
幸い、今のところ、周囲に人の気配はない。しかし、ここは離宮とはいえ、王宮の目と鼻の先だ。
誰が通るかも分からない。

「大丈夫よ。防音魔法をかけているから、私達の会話は誰にも聞かれてないわ。」

「いつの間に…、」

アリアは唖然とした。相変わらず、エルザの魔法には目を見張るものがある。
息をするように自然に魔法を使ってしまうのだから。
けど、良かった。今の会話が誰かに聞かれる心配はないな。
アリアはホッとして、再び話の続きをした。

「アリア。だけど…、巫女伝説に出てくる巫女の夫の中には、巫女を生涯愛して、大切にした人だっていたじゃないか。彼らも王族や貴族だったんだろう?」

「じゃあ、聞くけど…、ルーファス王子があの裏切り者のカイル王やマーカス王のようにならないという保証はあるの?リスティーナ様が巫女だって知ってもその力を利用しないと確実に誓える?」

「っ、それは…、」

アリアは言葉に詰まった。カイル王。マーカス王。
この二人はかつて、巫女を裏切った男の名前。
カイル王は瀕死の重傷を負い、行き倒れていた所を巫女に救われ、巫女と結ばれながら、野心に取り憑りつかれて、巫女を殺し、心臓を食らい、力を得て、王になったといわれている。
カイル王の名は、アルカルト戦記にも登場する軍事国家の王の名だ。

マーカス王は王子時代に王位継承権争いに敗れ、逃げていた所を巫女に助けられ、匿ってもらったおかげで追っ手から逃れることができた。
その後、マーカスは巫女のお蔭で王位の座に就くことができたのだ。
王位に即位したと同時に巫女を妻に迎えたが、その数年後、マーカスは隣国の王女に心奪われ、妻を裏切り、王女と親密な仲になった。
正妃の座を狙っていた王女はマーカスを唆し、マーカスは妻に不貞の罪を着せ、火炙りの刑にした。
この二人の王の名は、一族の間でも強く名が刻まれている。
二度とこんな悲劇が起きないように教訓として残されているのだ。
エルザも母、ニーナから教わった。
巫女に仕える者として、この名は決して、忘れてはならないようにと…。

「いい?アリア。男ってのはね、目的や野心の為なら、簡単に人を裏切る生き物なの!
あいつらだってそう!巫女に助けられて、その時は感謝しても時が経ったら、その恩を忘れて、欲望に憑りつかれて、平気で恩を仇で返す!王族や貴族ってのはそういう浅ましい生き物なの!」

エルザはそう言って、アリアの腕を掴み、グッと引き寄せた。

「考えてみて?ルーファス王子はあのローゼンハイム国の第二王子。今までは呪いのせいで王太子にはなれなかった。でも、これからは?普通の人間に戻った自分なら、今からでも王太子に返り咲けるかもしれない。そんな野望を抱いたら?そして、力を得るためにリスティーナ様の巫女としての力を利用しようと考えたら?そうしたら、リスティーナ様はどうなると思う!?」

エルザの言葉にアリアは何も言い返せなかった。
エルザの言葉を完全に否定することなんてできなかったからだ。
エルザはアリアから腕を離し、乱暴に髪を掻き上げた。

「私は…!私は…!ヘレネ様に誓ったの!ティナ様を守るって…!ティナ様が少しでも危険に晒される可能性があるのなら…、それは排除しないと!かもしれないなんてリスクは犯せない。」

「そう…、だな。ごめん。アリア。」

アリアは自分が浅はかだったと項垂れた。
そうだ。どうして、忘れていたのだろう。ヘレネ様だって言ってたじゃないか。男は簡単に裏切る生き物だ。だから、用心しなさいって…。

「分かればいいの。とにかく、今は様子を見るのよ。ルーファス王子はまだティナ様の秘密に気付いていないようだから…、ッうあ…!」

不意にエルザは声を上げ、その場に蹲った。

「エルザ!?」

「グッ…!」

エルザは突然、肩に走った痛みに苦痛の声を上げた。

「エルザ!どうしたんだ!?なっ…!?血が…!?」

アリアはエルザに駆け寄った。突然、苦しみ出したエルザに訳が分からず、混乱する。
そして、エルザの肩が血でじわりと汚れているのを見て、顔を強張らせた。
エルザの肩からは噛み跡のような傷ができ、血が流れていた。

「何で突然、血が…?それに、これ…、まるで獣に噛まれたような…、と、とにかく!止血だ!止血しないと…!」

エルザは歯を食い縛り、痛みに耐える。フー、フー、と荒い息をし、汗が滲んだ。

「エルザ!とにかく、医務室に急ごう!自分が抱えるから…!」

そう言って、アリアがエルザを抱え上げようとするが…、エルザはその手を振り払い、アリアの肩を掴んだ。

「ティナ、様…!」

エルザは脂汗を滲ませ、顔が真っ青になりながらも、リスティーナの名を呼んだ。

「えっ…?ティナ様…?」

「ティナ様に…、何か、あったッ、んだわ…!急ッ、がないと…!」

エルザは肩を押さえながら、よろよろと立ち上がり、スッと手を上げて、魔法陣を展開する。

「エルザ!何を…!」

「悪いけど…、あまり、魔力、使い、たくないの…!あなたは後から来て!」

アリアにそう言って、エルザは転移魔法を発動させた。座標はリスティーナ様の元…。
早く…!早くしないと…、ティナ様が危ない…!
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