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壱 江戸すごろく
あやかし江戸すごろく
しおりを挟む「よし、六か」
と笑う倫太郎に、
「これ、その数、進むわけじゃないですからね……」
と負け惜しみのように壱花は言う。
「六、海坊主か
次、お前」
と言いながら、倫太郎はコマを進める。
はいはい、と壱花はサイコロを振ろうとしたが、ちょっと気になって訊いてみる。
「あのー、私の斜め後ろに誰か座っていませんか?」
「気のせいだろ」
いや、なんかいる……。
海坊主っぽいものが座ってる、と思ったが、恐ろしくて、正座しているらしいその足の辺りまでしか見られない。
ちょっと濡れた黒い足。
短い青い着物は膝上までしかない。
ひい、と思いながら、壱花はそちらを見ないようにして、サイコロを投げた。
「五、河童。
皿の水が乾いて一回休みっ」
読み上げながら、うっ、と思ったが、
「でも、河童なら、ちょっと可愛いか」
とうっかりはっきり見てしまわないよう、視線を動かさないまま、周囲を気にする。
「いや、おっさんの河童もいるだろうが。
……ああ、おっさんだ」
とあやかし慣れしている倫太郎は壱花の右斜め後ろを見ながら言った。
左後ろに海坊主。
右後ろにおっさんの河童。
今、自分は生臭い二人を従え、座っているようだ。
「はは、早く投げてくださいっ」
「待て、落ち着け。
勝負事は焦らない方がいいんだ」
とサイコロを手に倫太郎は盤上を見つめて言う。
いや、あなた、めちゃめちゃ本気じゃないですか……?
と思う壱花に倫太郎は言ってきた。
「どんなものでも俺は負けるのが嫌いだ」
「そりゃ別にいいんですけど。
なんで、この人たち、私の方にばかり寄ってくるんですっ?」
「物珍しいからだろ。
俺のことはこいつら、あやかしの一種だと思ってるから」
……どんなあやかしより強引で凶悪そうですもんね、と壱花は思う。
「一、蛸入道か」
とサイコロを投げた倫太郎が呟く。
その表情は仕事中のように真摯で格好いいが、やっているのはすごろくだ。
この人、常に全力投球なんだな、と壱花は思った。
そういえば、この店もイヤイヤやっているわりには、綺麗に掃除されているし、品揃えもいい。
「これ、ゴールに近づいていってるのかどうかわからんな」
と言いながら、倫太郎はコマに書かれている数字を眺めている。
「どう行くのが最短コースなんですかね?
っていうか、海坊主と蛸入道の違いがよくわかりませんが」
と言ったが、盤を見たままの倫太郎に、
「お前の後ろを見たらいい」
と言われてしまう。
……そういえば、背後でなにかがぴちゃぴちゃ動いている音がする。
真後ろにおそらく、蛸。
そして、左右には、海坊主と河童がいる。
「これ、コマ進んでも、前のあやかし消えないじゃないですかっ」
「どんどん増えてってるなー」
と呑気に言っていた倫太郎だが、ふと気づいたように、
「待て。
これだとあやかしが増えて、この店、あやかし側に傾いてってるよな?
人増やして、人間の世界に近づくんじゃなかったのかっ。
誰だ、妖怪すごろくなんてはじめたのっ」
と叫び出した。
いや~、と苦笑いしながら、壱花はサイコロを振ってみた。
「二、海坊主。
あ、よかった。
増えない」
と壱花は言ったが。
「いや……」
と倫太郎が後ろを指差す。
つい、振り向いてしまっていた。
壱花の後ろに、蛸入道、海坊主、河童。
そして、もう一体の海坊主が、もう座敷に座れないので、開いた襖の向こう、店のコンクリートの上に正座していた。
いやあああああああっ、と叫ぶ壱花の前で、倫太郎も叫ぶ。
「わかったぞ、最短コース!」
「わかってもサイコロの目が出なきゃ意味ないじゃないですかーっ」
叫び合う二人に、店に入ろうとしたらしい誰かがビクッとして引き返していくのが見えたが。
あやかし側に傾いた店に来るのはあやかししかいないだろうな、と思う。
もう、あやかし結構です……と思いながら、あやかしで満杯になりつつある店内で、二人はサイコロを投げ合った。
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