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弐 当たりクジ
本日も営業中
しおりを挟む壱花は爆睡していた。
最近、睡眠時間が少なくなっているので、眠りが深いのだ。
「壱花。
……壱花、起きろ」
誰かがいい声で自分を呼んでいる。
気持ちのいいベッド。
いい匂いのするシーツ。
うっとりするような声が自分の名前を呼ぶ。
ああ、このまま眠っていた……
「起きろっ、壱花っ!
何時だと思ってるんだっ。
俺まで遅刻させる気かっ」
ひいっ。
甘い囁きからは程遠い怒鳴り声で壱花は飛び起きた。
すでに身支度を整えた倫太郎がベッドの横で仁王立ちになっている。
「さっさと支度しろっ、化け化けっ。
今日は俺も寝過ごしたから、朝食コンビニな」
は、はいっ、と壱花は倫太郎のベッドから飛び降りる。
ああ、これだけは慣れないな、と思いながら。
あのあやかし駄菓子屋にいると、仕事を終えたとき、自動的に倫太郎のベッドに戻って寝てしまうのだ。
ずっと店主をやっていた倫太郎の帰るコースがあの駄菓子屋に染み付いているのだろう。
またあの駄菓子屋のオーナーのおばあさんに出会えることがあったら、うちに帰れるようにしてもらおう、と思っていると、倫太郎が、
「シャワーでも浴びるか」
と訊いてきた。
け、結構でございますっ。
壱花はフルフルと首を振る。
そこだけ聞くと、まるで恋人同士の朝の会話だが、
「じゃあ、さっさと支度しろ。
アパート帰るんだろ」
と言う倫太郎は素っ気ない。
……ただの雇用主と従業員の関係ですからね、ええ。
会社でも、店でもと思いながら、壱花はカサカサと支度した。
倫太郎の車でアパートまで送ってもらう。
「じゃあ、遅れんなよ、急げ」
と窓を開けて言ってくる倫太郎に、買ってもらったコンビニの朝ごはんを手に、はい、と頷く。
倫太郎の車を見送る間もなく、部屋に飛び込み、シャワーを浴びて、スーツに着替えた。
倫太郎は何処かで時間を潰してから行ってくれるようだった。
秘書が社長より遅くに出社するわけにはいかないからだ。
仕事はできるが使えない。
……うん、そうだな。
矛盾する言葉だが、それが一番ぴったりな気がする。
冨樫葉介は自分の前でせっせと会議の案内状を折っては封筒に詰めている壱花を見ていた。
新人秘書の壱花は仕事はできるが、なにかが安心できない女だった。
ルックスは悪くない。
人当たりも悪くない。
だが、常に、なにかをやらかしそうな気配がしている。
やはり、こいつひとりに会議の受付を任せるのは心配だな、と冨樫は思った。
まあ、単に彼女を信用できるほど、共に仕事をしていないだけかもしれないが。
でも、木村とかは最初から、どんと任せられる感じがあったがな、と壱花の先輩秘書に当たる木村有美を思い浮かべる。
営業から引き抜かれた申し分ない美人秘書だ。
「風花」
と冨樫は壱花を呼んだ。
はいっ、と壱花が顔を上げる。
「それの受付、木村と二人でやれ」
「あっ、はいっ。
わかりましたっ」
えへらと笑って壱花は了承し、また仕事に戻る。
……文句も言わないで、なんでも笑顔でこなすいい社員なんだが。
なにかが不安になるの、なんでだろうな、と思いながら、冨樫は壱花から目をそらした。
一方、壱花は案内状を折りながら、内心、ビクビクしていた。
なんだろう。
冨樫さんに、めちゃくちゃ見られてる~。
「秘書室いいわよね~。
社長に冨樫さんに。
イケメンばっかりじゃない」
と同期にはうらやましがられているのだが。
いや、このいつも冷え冷えとした、銀縁眼鏡の似合うクールなイケメン様といると、緊張感あふれて魂が縮こまる感じがするんだが、と壱花は思っていた。
それに下っ端だから、社長には間近で接する機会はなかった。
こんなことになるまでは。
……って、いや、どんなことにもなってないんだが。
ただ、駄菓子屋での残業中、社長も側にいることがある、という程度の関係だ。
そんなことを思っていたとき、
「風花」
と冨樫に呼ばれた。
はいっ、と慌てて壱花は顔を上げる。
冨樫は今、壱花が折っている案内状の紙の束を見ながら、
「それの受付、木村と二人でやれ」
と言ってきた。
「あっ、はいっ。
わかりましたっ」
よかった。
なにか怒られるのかと思った、と安心して、えへらと笑う。
冨樫は面妖なものでも見たような顔をして、目をそらした。
そういえば、たまに店を手伝ってくれる、あのあやかし狐。
誰かに似てるなと思ったら、眼鏡外した冨樫さんと似てるかも、と思い、見つめていると、それに気づいた冨樫に、
「仕事しろ」
と威嚇された。
はいっ、と壱花は慌てて続きを折る。
社長は今日は来ない日かな?
夜、駄菓子屋で、あっても、あまり意味のない壁時計を見ながら、壱花は思う。
此処の時間と現実の世界の時間には少しズレがあるので、時計を見てもあまり意味がないのだ。
まあ、だからこそ、此処で夜明けまで仕事しても、ある程度寝る時間が確保できているわけなのだが。
壱花はまた古い木のガラス戸の向こうの闇を見た。
来ないのかな~、社長。
職場ではあんまり口もきけないから、確認もできなかったしなーと思ったとき、黒い着物を着たいなせな美女がガラガラ、ガラス戸を開け、入ってきた。
すっとした切れ長の目が少し釣り上がり気味ではあるが、色っぽい。
こういう大人の女には永遠になれそうにないな、と思いながら、壱花が、
「いらっしゃいませ」
と言おうとしたとき、その美女が言ってきた。
「おや?
いつものあの麗しい顔の男はいないのかい?
あの狐の男さね」
……しかし、狐の男は二人いて。
二人ともよく店番をしている。
「化け狐さんですか。
それとも、狐面の方ですか?」
「いつも狐の面をかけてる色男だよ。
化けの方はいくら美しくても信用ならない奴だからねえ」
その言葉に壱花は、ん? と思った。
いつも面をかけているのに、何故、色男とわかるのだろうと。
そう問うてみると、
「魂が美しいと言ってるんだよ。
私くらいの年になると、顔の造形より、心の美しさに惹かれるものさ」
と女は言う。
ぱっと見、妙齢の美女に見えるのだが、幾つなのだろうな、と思う。
この店には、疲れたサラリーマンか疲れた子どもか、あやかししか来ない。
疲れたサラリーマンにはちょっと見えないから、この人はあやかしなのだろう。
しかし……、
心が美しい?
そうですか?
と仕事中、ちょっとのミスで激しく怒鳴られたことを思い出し、恨みがましく、壱花は思う。
社内では結構、高圧的なところもあって、あれなんですけどねー、と思いながら、
「あのー、うちの店主のどんなところが美しい感じなんですかね?」
と思わず訊いてしまうと、女は、そうさねえ、と考えたあとで、
「あのすっと鼻筋の通ってるところかね」
と言ってきた。
いや、やっぱり顔じゃないですか。
っていうか、見えてるんじゃないですか、面かけても、と苦笑いする。
あやかしには面で顔を隠してもあまり意味はないのかもしれないが。
まああれ、私みたいに、自分のところの社員がフラッと来たときのためにかけてるんだろうしな。
最近は外してることも多いし、と思ったとき、女が言ってきた。
「いや、夫婦で店をやることになったというから見に来たのさ。
あやかしの店をやるために生まれてきたような娘というのは、あんたかい?」
「いやあの……、単に、名前に化けの字が二個入ってるからそう言われてるだけなんで」
と壱花は苦笑いする。
誰がそんなこと言って歩いてるんだと思いながら。
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