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参 付喪神
これは道なのか……?
しおりを挟むバスを降りたとき、倫太郎が周囲を見回し、言ってきた。
「バスって何処までも走ってるもんなんだなー」
……どういう意味なんですかね。
いやまあ、かなり山間の町ではありますけど。
人もいるし、家もぼちぼちありますよ、と思いながら、田畑と家が並ぶ昔ながらの風景の中を歩く。
「こっち近道です」
先頭を歩く壱花はそう言い、田んぼの狭い畦道を通った。
狭い上に冬だが草がよく繁っているので、靴底が田んぼに向かって滑りそうになる。
「これは道なのか……?」
と倫太郎が訊いてきた。
道ですよ。
歩けますからね、と思いながら、壱花は、
「こっち近道です」
と言い、今度は小さな川に渡してある古い二枚の木の板を指差した。
「大人の男が渡っても大丈夫なのか、これは」
と朽ちた板を見ながら倫太郎が訊いてくる。
「さあ?
昔からみんな渡ってますけど、今のところ落ちてないです」
倫太郎からすれば、昔からあるところが問題なのだろうが。
みんな公道でもあるかのように、普通に此処を渡っている。
壱花がひょいと板にのったとき、後ろで倫太郎の声がした。
「待てっ、冨樫っ。
ひとりずつ渡った方がいい」
壱花が渡り終わるまで待てっ、と倫太郎が冨樫の腕をつかんで止め、冨樫が、
「わかりましたっ、社長っ」
と頷いている。
……なんだろう。
我々にとっては日常使っている道なのに、後ろの二人にとってはサバイバルゲーム状態のようだ。
二人はおっかなびっくり付いてきた。
川を渡り切った二人に、
「こっち、近……」
近道です、と言いながら、壱花が道があるとは思えない急な山の斜面を見上げたとき、ついに倫太郎と冨樫が叫んできた。
「近道でなくていいっ!」
そうですか。
でも、結構あるんですけどね、おばあちゃんちまで、と思いながら、仕方なく国道に出て、草と山と墓しかない道を三人で、てくてく歩いた。
よく草の匂いがするとか言うけど、本当にするなー。
夏ほどじゃないけど、と思いながら、壱花はすぐ側を流れている用水路の水を見た。
昼間の日差しをキラキラと反射しながら流れている。
それを見ながら壱花は言った。
「昔、おばあちゃんちに一週間泊まったことがあって。
ダムで泳いで鯉に足をつつかれたり、用水路に足をつけたりしてました」
「……ダムで泳いではわかるが、用水路に足をつけたりはなんだ」
「夏だったんですよ。
特にすることもなかったので、足を用水路につけて遊んでました」
「それは遊びなのか」
「ゆったり流れてるんですよ、田舎の時間って」
ちょろちょろしか流れていない用水路の水は表面だけ温かくて下は冷たい。
そこに足を浸して、ぼんやり空を眺めていた。
人生でもっともゆったりした時間のひとつだ。
……英語の構文みたいになってしまった。
そんなことを考えているうちに、ちょっと高台にある祖母の家にたどり着いていた。
祖母、千代子は庭にいて、軒下に大根を干していた。
「あら、壱花。
早かったねえ」
と振り返り、微笑んで言ってくる。
色が真っ白で丸顔の千代子は、壱花と同じで、年がよくわからない、ふんわりした顔をしている。
最近は着物でない日も多くなったが、昔は普段から着物を着ていた。
今日も落ち着いた色の着物で出迎えてくれる。
それを見た倫太郎が壱花に言ってきた。
「上品で感じのいいおばあさんだな。
お前は拾われてきたのか」
「……本当にそうだったらどうするつもりなんですか、その暴言。
私は、きっと桃から生まれてきたんですよ、ええ」
と壱花はいじける。
「あらあら、まあまあ、素敵な旦那さんを連れてきて」
と千代子が倫太郎を見て微笑む。
「いやいやいやいやっ、違うって」
と言いながら、壱花は何故、社長が旦那さんという話にっ。
冨樫さんは何処にっ?
と振り向いた。
冨樫は何故か庭の松の陰にしゃがんで、小さくて綺麗な色の鳥を観察している。
何故、このタイミングでっ?
なにやってんですか、冨樫さんっ、と壱花は冨樫を呼ぼうとした。
冨樫が見えなかったので、壱花が倫太郎だけを連れてきたことになってしまい、おかしな話になったのだろう。
「ああ、じゃあ、今、付き合ってる方なのね。
初めまして。
壱花の祖母の千代子です」
と笑顔で挨拶しようとするので、
「いや、だから違うって……」
と壱花が止めようとすると、そこでいきなり千代子は厳しい顔になり、
「なんなの、壱花。
あなた、結婚を約束した人でもないのに、二人で旅行とかっ」
と叱り出す。
ひいいいいっと菩薩から般若に変化しそうな祖母に怯え、壱花は慌てて言った。
「いやいやいや、この人は社長さんっ。
出張でこっちに来たから、ついでに寄るって言ったじゃんっ」
「あらあら、社長さんと付き合ってるの。
お世話になってます」
と千代子は頭を下げた。
……話が錯綜している。
おばあちゃん、いい人なんだが。
お父さんやお母さんと一緒で、人の話を半分しか聞かないからな、と思ったとき、ようやく冨樫に気づいた千代子が、
「あらあら。
他の方もいらしてたのね。
その鳥、可愛いでしょう」
と冨樫の許に行き、話しはじめた。
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