好きになるには理由があります ~支社長室に神が舞い降りました~

菱沼あゆ

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支社長室に神が舞い降りました

お前は俺のものだろう

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 見学中、小学校の男の先生が工場マニアだというので話が弾み、

「此処、対岸から夜見ると綺麗なんですよ~」
 などと言われ、喜んでいたのだが。

 そのうち、地域の話から、神楽の話になった。

 そこから、今度は、
「あ~、知ってます。
 本郷喜一先生」
と喜一の話になり、

「じゃあ、今度覗いてみますよ。

 それにしても、会社を上げて地域の行事に参加してるなんていいことですね」
という嬉しい話で終わった。

 いや、会社を上げてっていうか。

 支社長と私だけなんですけどね……とは思ったが、とりあえず、会社を褒めてもらったので、そこは流した。

 


「杵崎さん、杵崎さん」

 そのあと、総務に戻った深月は、カウンターの前を通りかかった杵崎を呼び止めた。

 教師に言われた話をし、

「嬉しかったので、支社長にも直接お伝えしたいんですけど。
 今、支社長、お忙しいですよね?」
と訊いてみた。

「今はそうでもないと思うが……」

 支社長室に居るはずだ、と言われ、

「そうですか。
 では」
と行こうとして、迷う。

 なにを持っていこうかと思ったのだ。

 電球もトナーも手提げ金庫ももう持っていってしまったしな、
と思った深月の視界に、それが入った。

 今は使っていない古いパソコンデスク。

 椅子だけが比較的新しい。

 目の前にあったそれを思わず掴んだ深月だったが、
「待て」
と杵崎に止められた。

「……お前、もう秘書になれよ」
と反対していたはずの杵崎が言い出す。

 は? と訊き返して、

「支社長に用があるたび、次々いらないものを支社長室に持ち込むな。

 ……しかも段々デカくなってる」
と椅子を見下ろす杵崎に言われてしまった。




「その男はお前に気がある」

 会社が地域に貢献していると褒められたことと。

 今度、神楽の練習を覗きに来るとその先生が言ってくれたことを深月が告げると、陽太はそんなことを言い出した。

「なんでですか」
と深月は訊く。

 支社長室には、結局、椅子なしで入った。

 杵崎が連れてきてくれたのだ。

 デスクに着いたままの陽太は仕事で失敗した人間を叱責するように言ってきた。

「工場はともかく、神楽が好きとかいう若い男がそうそう居るわけないだろうが。
 お前目当てに覗きに来たいだけに決まってるっ」
という偏見を披露してくれただけだが……。

「いやいやいや。
 神楽好きの若い人は一定数居ますよ。

 私、実は杵崎さんもじゃないかと思ってるんですけどね。

 忙しい支社長の代わりにやろうとか言ってましたけど。

 杵崎さん、もともと巫女さん好きですし。

 その手のものが好きなんじゃないですかね~?」
と言ってみたのたが、陽太は、

「だから、それこそ……っ」
と言いかけ、何故かやめた。

「と、ともかく、その男はお前目当てだっ。
 間違いない。
 断れっ」

 いやいや。
 そんなに私がモテるわけないじゃないですか……と深月は苦笑する。

 だが、陽太がそんな過大評価をしてくれることが、嬉しいような、こそばゆいような。

 親より遥かに自分を評価してくれている感じがするし。

 とりあえず、崖から突き落として鍛えようとする親とは違い、ストレートに大事にしてくれるのも新鮮だ。

 だが、そんな経験は初めてなので。

 嬉しい反面、ちょっと怖い、と深月は思っていた。

 血のつながりなどでつながっているわけではないから、気持ちが冷めたら、いくら大事にしてくれていても、そこで終わりなんだろう。

 そう思って――。

「ともかく、他の男に愛想振るなよ。
 客だろうと冷たくしろ」
と陽太は言ってくる。

 ……いや、どんな会社ですか、と思う深月に陽太は言う。

「だから、秘書室に来いと言ってるんだ。
 此処なら、俺だけに微笑みかけてればいいじゃないか」

「……部長とかがいらっしゃったら?」

「別にやさしくしなくていいだろう。

 いや、まあ、年寄りなら大丈夫か。

 ……いやいや、お前を愛人にとか言い出すかもしれん」

 妄想力半端ないな……。

 私にそんな価値はありませんよ、と恥ずかしくなりながらも、

「総務だろうと、秘書だろうと、誰にでもちゃんと対応しますよ。

 貴方の指図は受けません。

 貴方が支社長だろうと、私にそんな命令をする権利はありませんから」
と言ってやったのだが、陽太はまっすぐこちらを見て言ってくる。

「なにを言ってるんだ、権利ならある。

 お前は俺のものだろう。

 お前が他の男に持ってかれないよう、お前の動きをセーブする権利ならあると思うが」

 お前は俺のものだろう、と言われて、どきりとしていた。

 横暴にも聞こえる言葉なのに――。

 ……っていうか。

 だから、私は、貴方のその、まっすぐ見つめてくるところが苦手なんですよっ。

 視線だけで周囲を囲われて、何処にも逃げられないような気がしてくるからっ。

 そう思いながらも、視線で押し負けないよう、深月は陽太を見つめたまま、じりじりとドアの方に後退すると、

「でっ、では、もう用事は終わりましたし。
 失礼しますねっ」
と唐突に言って走り去った。




 それからしばらくの間、向田沙希むかいだ さきこと膝乗りハンターに、
「ねえ、いつ嫌がらせできるようになるのよ。
 早く異動になりなさいよ~」
とよくわからないことを言われて、絡まれていた深月だったが。

 数日後、あっさり異動になった。




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