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支社長室に神が舞い降りました
神に近づかねばならないようだ
しおりを挟む「すみません、支社長。
クリップ忘れました」
と、それがどうした、と言われそうなことを言いながら、深月が支社長室に入ったとき、陽太は書類を手に立ち上がり、なにかをしようとしていた。
「……クリップがどうした」
と何故か、少し赤くなって言ってくる。
「クリップ、この間、お前持ってきたろう」
と早口に言う陽太に、
「いやいや、それは此処に戻ってくる言い訳でして」
と言いながら、深月は窓際に居る陽太のところまで行くと、その手をつかんだ。
陽太がびくりと身を引く。
「水垢離、行きましょうっ、支社長っ。
日曜は神社と病院で忙しいので、私、何処かでおやすみとります。
支社長がお忙しければ、ひとりで行ってきますが……」
と言いかけると、
「休もう」
と深月の手の上からおのれの手を重ね、陽太は言ってきた。
「何処で休めるかわからないが。
お前、秘書に来るんだから、調整しろ」
「わかりました」
と頷き、深月は部屋を出た。
外にはもう杵崎は居なかった。
莫迦め。
大丈夫だといいながら、支社長室に戻ったら、バレバレだろうが。
杵崎は支社長室の隣の秘書室で、微かに聞こえてくる二人の話し声に耳をすましていた。
さっき陽太につきつけた書類を見ながら呟く。
「ハンコもまともに押せない男の何処がいい、一宮……」
日曜日。
深月が境内を掃いていると、陽太がやってきた。
「あれ?
どうしたんですか?」
と笑いかけると、
「拝まれに来た。
祈祷料は幾らだ」
と言ってくる。
ちょうど社殿から出て来た清春に、
「帰れ。
邪念しかないやつめ」
と大幣でバサバサと祓われていたが。
それを見た、赤ちゃん連れでお参りにきていた清春の同級生の若いママが、
「やだー、一宮くん。
私も祓ってー」
とはしゃいで、旦那に、……おい、と言われていた。
ドンドンと太鼓の音がして、祈祷が始まる。
清春に大幣で祓われながらも、陽太は家内安全と事業繁栄を祈祷してもらうことにした。
ひんやりとした拝殿で、清春が祝詞をあげ、深月が側に控えている。
こんなときの深月は神々しいような清廉な雰囲気があって、普段とはまるで別人だ。
白く小さな深月の顔を眺めながら、陽太は思う。
神に仕える深月を自分のものにするには、俺が神に近づかねばな、と。
そんな感じに拝殿の中に居る間だけは敬虔な気持ちになっていた。
「ありがとう。
なんか清々しい気持ちになったよ」
とお祓いが終わり、清春に言うと、清春は、そっけなく、
「……そうか」
と言いながらも、ちょっと嬉しそうだった。
そのあと、近所の老夫婦が日課の散歩で神社にやってきて、清春と話し始める。
陽太は、しめしめと深月と二人、境内に出た。
まだ肌寒くはあるが、天気がいいので、そんなに感じない。
「そういえば、お前、前の名字はなんて言うんだ?
お母さんが再婚される前は、違う名前だったんじゃないのか?」
と訊いてみた。
神楽の手伝いに来る深月の同級生も普通に一宮と呼んでるし。
なんだか深月にしっくり来る名字だったからだ。
深月が他の名字であることがピンと来ないというか。
……いや、飛鳥馬はきっとピンと来るがな、と思っていると、
「いえいえ、それが前も一宮だったんですよ。
うちのお父さんも親族なんで」
と深月は笑って言う。
お前ら一族でしか結婚しないのか……。
じゃあ、俺は割り込めないじゃないか、と思ったとき、深月が、
「あ、ほら、支社長。
猫ですよ」
と拝殿の方を指差した。
回廊の下の、陽が差し込んでいる場所にでっぷりとした三毛っぽい猫が居た。
いわゆる、ぶさかわという奴だろうか、と思って眺める。
猫のスタンプが好きだと言ったから、こいつの中では、俺は猫好きになっているのだろうか?
いや、嫌いではないのだが。
俺が好きなのは、スタンプの猫じゃなくて。
スタンプの猫を送ってくるお前なんだが、
と思っていたが、言えずに、一緒にそこにしゃがんで社殿の下を覗いていた。
ひんやりとした空気が下の暗い空間から流れてくるが、背中は日差しでぽかぽかしている。
そのとき、一緒にしゃがんで猫を見ていた深月がこちらを向いて、ふふふと笑った。
なんか……こういうのもいいな、と陽太は思う。
「今までは船が一番落ち着く場所だったんだ」
猫と深月を見ながら陽太は言った。
「会社からも日常の雑事からも切り離された俺の楽園。
でも、今は、船もお前が居ないとなんだか物足らないし、つまらない」
と言うと、深月は赤くなり、俯いた。
「……ぎゅーっとしていいか?」
「え? ああ、野良だから逃げるかも」
と深月が猫を見て言う。
「莫迦。
お前に決まってるだろ」
「す、清々しい気持ちになったんじゃなかったんですか?」
としゃがんだまま、ちょっと後退しながら深月が言う。
「ああ、敬虔な気持ちになった。
お前を前にすると欲望まみれな俺だが。
今、ひどく崇高な気持ちで、お前を抱きしめたいと思った」
いや、それのどの辺が崇高なんですか、という顔をした深月に陽太は言う。
「崇高な気持ちで祈りを捧げ、人間の原始に立ち返ったところで。
本能に従い、求愛行動をしてみようかと――」
と深月の腕をつかんで抱き寄せようとして、
「帰れ」
と後ろから清春に竹箒の柄で背中を突かれる。
清春と話していた老夫婦が笑ってこちらを見ていた。
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