好きになるには理由があります ~支社長室に神が舞い降りました~

菱沼あゆ

文字の大きさ
61 / 95
理由が必要か?

あの日の夜――

しおりを挟む
 

 陽太は壊れ物を扱うように、深月をそうっとベッドに降ろす。

 二人で眠った思い出のベッドだ。

 ……いや、肝心なところの記憶はないんだが、と思いながら、陽太はベッドの側にしゃがみ、寝ている深月の顔を眺めた。

 そのうち、深月が体勢を変え、こちらに顔を向ける。

 小さな唇を少しだけ開けて眠る深月の顔は、神々しいほど愛らしい。

 ……可愛い。

 俺だけがこんなに可愛いと思うのだろうか。

 それとも、誰でも?

 誰でもだったら、今すぐこの船で深月を連れて逃げねばっ、と陽太は真剣に考える。

 杵崎が居たら、自分も深月を好きなくせに、
「そこまでの女ですかね?」
と言ってきそうだな、と思いながら。

 それにしても、この状況……。

 俺は深月に、なにかしてもいいのだろうか、と迷いながら、陽太はベッドの周りをウロウロしていた。

 一度したんだからいいだろうとか言ったら殴られそうだしな。

 ……勇気あったな、酔っている俺、とまた思う。

 船も止めたし、ちょっと呑んでこようか。

 いやいや。

 明日仕事だし。

 寝ている間に手を出して、深月に泣かれるのも嫌だし。

 なにより、こんなに気持ちよさそうに寝ているのに起こすのも可哀想……と思った瞬間、ん? と思った。

 ふと、身に覚えのない記憶がよぎったからだ。

 そうだ、あの日――。

 酒を呑んで意気投合した深月の手を引き、船に案内……

 しようとしたら、深月が桟橋から落っこちて。

 ひいいいいっ、この酔っ払い娘っ。

 とんだ巫女さんだっ、と引っ張り上げて、船の風呂に連れていった。

 で、なかなか風呂から出てこないと思ったら、深月は風呂で寝ていて。

 死ぬぞ、莫迦っ、と雪山のようなことを叫びながら、深月をベッドに運び。

 ここまで付いて来たんだから、オッケーなんだろう、と思って一緒にベッドに入ったのだが。

 深月があまりにも無邪気な顔で寝ていて――

 いや、だから、実際のところ、とんでもない酒豪の酔っ払いなんだが。

 酒臭いわりに寝顔はあどけなく。

 なんとなく、その顔を眺めていたら、ぎゅーっと母親にすがるように抱きついてきたので。

 ほんとうに可愛くて。

 思わず、子どもにしてやるように、背中をとんとん叩いてやったりとかして。

 酔って連れ込んだ女相手になにやってんだと思いながらも、微笑ましく深月の寝顔を見ているうちに――

 ……自分も寝てしまったんだった、
と陽太は思い出す。

 なんにもしてないじゃないか、俺っ!

 結局、ヘタレかっ。

 キスすらしていないっ。

 てか、こいつ、なんで、なんにもされてないってわからなかったんだ?

 ああ、処女だからか……。

 どうしたらいいんだ、と陽太は苦悩する。

 今まで、既に、なにかしてしまったので仕方がない、という感じで、深月は自分の側に居てくれた。

 あのとき、なにかあったと思っているからこそ、こうして一緒に滝行にも行けたことだし。

 いや、深月がほかほかになって出て来ただけで、なんの修行にもなってないんだが……。

 ……なにもなかったとわかったら、深月は俺から離れていってしまうんじゃないだろうか?

 っていうか、それ以前に、一晩一緒に居て、なにもできなかった腑抜ふぬけだと思われたくないっ!

 なんとかして、なにもなかったことを隠し通さねばっ。

 いや、そうだ。

 今すぐ、新しい既成事実を作ればいいんじゃないかっ?

 だが、深月に殴られそうだ、と陽太は苦悶しながら、癖でか、また寝ている深月の背中をとんとん叩いてやって。

 ぎゅっと抱きつかれて浮かれて寝てしまった。

 ……駄目だ。

 好きすぎて無理強いできん。

 こんなに好きになる前になにかしておけばよかったっ!
と後ろから深月と清春と英孝に飛び蹴りを食らわされそうなことを思いながら、陽太は眠りに落ちた。
 


 やはり、俺に勇気はなかったようだ……。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 クリスマスイブの夜。  幼なじみの圭太に告白された直後にフラれるという奇異な体験をした芽以(めい)。 「家の都合で、お前とは結婚できなくなった。  だから、お前、俺の弟と結婚しろ」  え?  すみません。  もう一度言ってください。  圭太は今まで待たせた詫びに、自分の弟、逸人(はやと)と結婚しろと言う。  いや、全然待ってなかったんですけど……。  しかも、圭太以上にMr.パーフェクトな逸人は、突然、会社を辞め、パクチー専門店を開いているという。  ま、待ってくださいっ。  私、パクチーも貴方の弟さんも苦手なんですけどーっ。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...