好きになるには理由があります ~支社長室に神が舞い降りました~

菱沼あゆ

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理由が必要か?

さあさあ、どうぞどうぞ

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 深月たちがタクシーから降りたとき、ちょうど、トイレから水入りバケツを深月に投げてきたあの一団がやってきた。

 駅から歩いてきたようだ。

 あっ、と由紀は彼女らに目をとめ、
「なによ、あんたたちっ。
 ちゃっかり着替えてきてるじゃないのっ」
と揉め始める。

「しかもなによ、寒いのに、その露出っ」

「じゃあ、あんたも脱ぎなさいよ。
 昼休憩のとき見たわよっ」

「なにをよっ」

「その下のワンピース、かなりVネック深めじゃない。
 カーディガン脱げばいいんじゃないの?」

 由紀は、一瞬、迷ったあとで、カーディガンを脱いだ。

 さむっ、と身を震わせた由紀は、
「莫迦ね。
 店内で脱げばいいじゃない」
と言う水かけ女と話しながら、地下の店へと階段を下りていってしまった。

 沙希が、
「さあ、みんなっ。
 頑張るわよっ!」
と言う。

 沙希、純、別のタクシーで来た也美たちは、円陣を組むと、試合前のようにみんなで手を重ね合わせ、ファイッと言っていた。

 ……全員、体育会系に違いない、と手芸部の深月は遠巻きに眺めていた。




 杵崎が少し遅れてコンパに向かっていると、
ひで
と繁華街の道で誰かが自分を呼んだ。

 振り向くと、たまに神楽の手伝いに行ったときに出会う喜一が自転車で後ろからやってくるところだった。

「おっ、そうか。
 今日はコンパか」
と言う。

「喜一さんは行かないんですか?」
と訊くと、

「俺は万理による謎の同窓会に行くところだ」
と喜一は苦笑いしたあとで、

「っていうか、俺、嫁も子どもも居るし」
と言ってくる。

 年は同じくらいなのだが。

 何故か喜一に対して敬語になってしまうのは、喜一が、自分が子どものとき、こんな先生が担任だったらよかったな、と思う感じの教員だからかもしれない。

「懐かしいなあ、コンパとか。
 楽しくもあるけど、疲れもするよな。

 もう行けない寂しさもあるけど。

 もうああいうとこ行かなくていいんだって、ホッとしたりもする」
と喜一は言った。

 奥さんも地元の人で市役所勤め、そして、親同士も元々知り合いらしい。

 夫婦で公務員で、気心の知れた相手と結婚か。

 堅実な人だな、と杵崎は思う。

「じゃあ、頑張ってな」
と喜一は自転車に乗って行ってしまった。

 一旦、家に帰ってから、呑み会に行くのだと言う。

 その後ろ姿を見送りながら、杵崎は思っていた。

 喜一さんも堅実だが、俺も堅実だ。

 だから、あいつを好きになるのは遠慮したい。

 本人たちが気づいてないだけで、なんだかんだでラブラブだしな、あの二人、と深月と陽太のことを考えていたとき、地下の店へと続く階段から深月がひょっこり顔を出した。

 その手にはスマホがあったので、店から出て階段辺りで電話でもしてたのかな、と思う。

 聞き覚えのある話し声が聞こえてきたので、外を覗いてみたのだろう。

「杵崎さん。
 遅いじゃないですか。

 みなさんお待ちかねですよ」
と深月は言った。

 だが、すぐに、
「あっ、もしかして、あのあと、なにか仕事入りました?」
と言い、先に出てしまって悪かったか、という顔をする。

 最後、自分が戸締りしないと落ち着かないので、いつも深月を先に帰らせるのだが。

 今日はコンパもあるのに、自分ひとりだけ先に出て悪かった、と深月は思ったようだった。

「ああ、ちょっと会議の出欠の変更の電話があっただけだ。
 パソコン閉める前だったから、ついでに名簿打ち直しておいたから」
と言うと、ああっ、すみませんっ、と深月は恐縮する。

 名簿の作成は深月の仕事だからだ。

 だが、メモ書きして深月に打ち直させるより、自分で打った方が早かったから、やっただけだ。

「申し訳ございません。
 ありがとうございます。

 ささ、じゃんじゃんお呑みください」
と言う深月と共に階段を下りる。

「その流れで言われると、なんかお前がおごってくれるみたいだが。
 呑み放題だよな? 此処。

 っていうか、会費、男の方が高いだろ。
 男女平等の世の中なのに」

「飲み食いする量は平等じゃないからではないですかね?」
と言う深月に、

「嘘つけ。
 絶対、俺よりお前の方が呑んでるし。

 金子たちの方が食ってる」
と言ってやったが、深月は、ささ、どうぞどうぞ、まあまあ、といつものように適当なことを言いながら、店のドアに向かって自分の背を押す。


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