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誰だって、好きになるには理由があります
二人だけの結婚式
しおりを挟む……いっそ、記憶を取り戻さない方がよかった、と深月は思っていた。
もうやってしまったあとだと思い込んでいれば、こんなに緊張することもなかったのに。
ベッドに座らされていた深月は、陽太が側に来たとき、覚悟を決めた。
……つもりだった。
「離せ、電気スタンド。
揺れで、引っ繰り返らないようビスで止めてあるから、持ち上がらないぞ」
と思わず、ベッドサイドの大きなスタンドをつかんだ深月に陽太が呆れたように言ってくる。
「それで新郎を殴り殺すつもりか」
「まだ結婚してませんけど……」
「これからするんだ。
二人だけの結婚式だ」
と言いながら、陽太は天井のライトの光を少し落とした。
「真っ暗だとお前の顔が見えなくてやだからな」
と言いながら、そっと口づけてくる。
かっ、帰ってもいいですかっ?
もう帰ってもいいですかっ?
泣いて帰ってもいいですかっ?
まだなにもされてませんけどっ、と思っている深月の顔を見て、ぷっと陽太が笑った。
「よし、とりあえず、抱っこしててやろう」
と陽太は深月を横たえ、あのときしてくれたみたいに、背中をぽんぽんと叩いてくれる。
自分を見つめる陽太の瞳に、深月はなんだか泣きそうになり、陽太の胸にしがみついていた。
「支社長~っ。
支社長が好きです。
そんな顔してるときの支社長が好きです。
ただ、一晩中、背中をぽんぽんしてくれてた支社長が好きですっ」
「……陽太」
と言い直しながら陽太は苦笑する。
「それ、嬉しいけど。
手を出すなと言ってるようにも聞こえるんだが。
ま、さすがに今日逃げ出したら、俺じゃなくてお前が鬼だよな」
と陽太は言い、容赦無く、だが、あまり激しくなく、深月を労わるように口づけてきた。
「……今でよかった。
お前を好きな、今でよかった」
だから、好きでない女を船に連れ込むのはやめてください、と思っている深月を陽太は強く抱きしめた。
「あ、そうだ」
と深月の上になりながら、陽太は深月の緊張をほぐそうとしてくれているのか笑って言ってくる。
「そういえば、俺はお前を買い取ったんだったな。
万蔵さんから。
やっぱり逃げられないぞ」
と。
「……いつ買い取られましたっけ?」
「あのとき、蔵ごと中身も買い取ったろうが」
「いや、それだと清ちゃんも買い取られてますよね……」
と深月は言った。
獅子舞の獅子に頭をかぷっとやられました。
目を覚ました深月はまだ夜は明けてないようだ、と思った。
天窓から星が見える。
横を向くと、陽太は起きていた。
あのときと同じ状況なのに、全然違う。
自分の気持ちが……と思いながら、深月はこちらを眺めていたらしい陽太に言った。
「獅子舞の獅子にかぷっとやられる夢を見ました」
「またか」
と言ったあとで、陽太は、
「それはきっと、俺に食べられてめでたい、という夢だな」
と言い出す。
「だって、獅子に噛まれると、一年いいことがあるんだろ?
でも、俺に噛まれたら、一生いいことがあるぞ」
そう言いながら、陽太は深月の白い肩に唇を寄せてくる。
「一生、お前を幸せにしてやる。
神様に負けないくらい、お前を一生見守り、大事にするから……」
陽太に抱きしめられ、深月は目を閉じた。
波が揺れて、なんだか気持ちよく、母親のお腹に居る胎児のように落ち着いた。
「このままいつまでも眠っていられそうです」
と笑うと、
「眠ってればいいじゃないか」
と陽太が囁く。
「いやでも、遅刻するんで……」
春になったので、あのときより、夜が明けるのが早い。
もう空は白み始めていた。
顔の真上にある天窓からだんだん明るくなっていく空を見ながら、深月は思う。
このゆっくり明るくなっていく感じが、なんだか、これからの未来を暗示しているみたいだと。
「今でよかったです」
と深月は言った。
「あのときでなくてよかったです。
支社長……、陽太さんを好きな今でよかったです。
大好きです、陽太さん」
……うん、と陽太が嬉しそうに笑い、深月の手を握ってきた。
そのまま二人で天窓から空を眺めていた。
「もっと大きな船を買おう」
上を見たまま陽太が言い出す。
「え?」
「だって、家族が増えるかもしれないだろ?」
「いや……家は買わないんですか?」
その勢いに、貴方、此処に住む気ですか、と思ったのだが、陽太は更に、
「そして、この船で、子どもたちを学校に送るんだ」
とまで言い出した。
「……絶対、港からの方が遠いと思いますね」
とか言ってるうちに、夜が明けた。
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