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呑んだくれてたら、異世界にたどり着いてました
王子、ちょっとやりますか?
しおりを挟む……面妖な噂が流れている、と王子は思っていた。
昼のお茶会のとき、誰かが話していたのだ。
「シリオ様が最後にねじ込んできたというあの酒場の娘。
私は見ておらぬのだが、あまりの麗しさにあのガンビオ様が膝を折ったという話を聞きましたよ」
……麗しい?
美しいか、美しくないかと問われれば、まあ、かなり美しい方だろうが。
性格がサバサバしているせいか。
麗しいとかいう艶っぽい言葉とは縁遠い感じなのだが、あのOL、と思っていると、いきなり振り向いた中年の男に、
「そういえば、王子もずっとあの娘と話しておられましたね」
と話を振られる。
「いいですな。
あのような娘もいつでも好きに出来るとは」
と誰かが笑って言い、無礼だぞ、と言うように側の者に肘でつつかれていた。
……いや、まったく、いつでも好きに出来そうにない女なのだが。
そのあともしばらく、未悠の話が続いていた。
「あの娘、ミハルというのですか?
男のような名ですね」
「未悠というらしいぞ」
と名前のイントネーションを直し合っている。
そんなに評判になるほどの美人かどうかはともかくとして、話題に事欠かない娘なのは確かなようだった。
「OL、今日は火は消さないのか?」
舞踏会の最中、話しかけてきたおじさんたちの仲間になんとなく入り、なんとなく隅のテーブルでカードゲームに興じていると、後ろから声をかけてくるものが居た。
「アドルフ王子だ」
みんな苦笑いして、さささ、とカードを片付けてしまう。
「では、未悠嬢、また」
と言って、一瞬のうちに居なくなってしまった。
あっ、こら、貴様らっ。
私、勝ってたのにっ! と思っていると、アドルフが逃げていく男たちを見ながら、
「……今、賭けてなかったか?」
と訊いてきた。
「いいえ、全然」
「まさか、この私の花嫁を決めようという催しのさなか、賭博をやるような不届き者がこの城に居るはずもないよな」
と言ってくる王子を、
いや、花嫁決める気ないくせに、と思いながら見上げていた。
「これだけ広いホールだと、隅でなにをやっていてもわからぬからな」
と言ったあとで、アドルフは溜息をつき、
「まあ、トランプくらいやっててもいいんだが、お前が混ざると急に、怪しげな賭博場の雰囲気を醸し出してくるのはなんでだろうな」
この辺りだけ、空気が澱んでいる、と言ってくる。
いやいや。
出世欲にまみれた人たちより、今の賭博好きのおじさんたちの方が余程陽気でカラッとしてますが、と思う未悠の前で、王子は、
「まったく、何処が麗しい……」
となんのことだか呟いていた。
「ところで、そのドレスはどうした」
と言いながら、王子は勝手に前に座ってくる。
「はあ。
エリザベート様が手配してくださったのです。
三日同じものを着て出る娘は居ないと」
「当たり前だ、馬鹿者」
「明日はアデリナが貸してくれると言ったんですが、シリオ様が用意してくださるようなんです」
と言うと、ほう、と言う。
「シリオがそこまで。
だがまあ、シリオも最初から用意しておけばいいものを」
と言うので、
「まさか、なにも持たずに来ると思わなかったんじゃないですか?
でも、私、最初に貴方にお会いしたときの服くらいしか持ってなかったんですよね」
と言うと、王子はあのタイトなスーツを思い浮かべたのか。
「あれはいいぞ……」
と言い出した。
「でも、人前では着るなよ」
と言ってくるので、やはり、この世界の人たちから見たら、破廉恥な感じなのだろうかと思う。
このがっぽり胸許の開いた淡いピンクのドレスよりも。
「王子、カードしますか?」
と言って、
「するか、莫迦。
賭ける気だろう」
と言われる。
「はい。
酒場のマスターと奥さんへの手土産にしようかと」
と笑って、
「……勝つ気満々だな」
と言われてしまった。
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