23 / 127
王子妃になるようです
いや、脅してないよ?
しおりを挟むやっぱり、そうか、と思いながら、未悠が歩いて行こうとすると、
「お待ちなさい!」
と焦ったようにシーラが言い出す。
「今の話、私がしていたなんて……」
という彼女は珍しく青ざめていた。
余程、この話はタブーらしいな、と思いながら、
「別に言わないけど。
そう……。
話してはまずい話だったのねえ」
と庭を囲む二十メートルはあろうかというイチイの高い生垣を見上げながら、未悠が言うと、
「あんた、私を脅してるのっ!?」
と言ってくる。
「脅してないけど、この向こうにはどうやって行くのかしら?
一回、城から出てからしか行けないのかしら。
ねえ、シーラ。
……脅してないけど」
と繰り返すと、脅してるんじゃないのよっ、と言われてしまう。
「物好きね」
とシーラは呆れたように溜息をついたあとで、
「何処から出られるのかは私もよく知らないけど。
抜けられる場所はあるようよ」
と教えてくれた。
「まあ、そうでしょうね。
王妃が行けたくらいだから」
と言いながら、やっぱり、このみっしり茂った木が怪しいんだよな、と思いながら、その枝葉に触れてみる。
上から下まで詰まっていて、何処も抜けられそうには見えないけど。
「そういえば、この高い生垣は城の庭を囲ってるけど。
城の表側に見える石の城壁は、ぐるっと広く城を囲ってるわよね。
もしかして、問題の森の辺りも囲うように?」
そう問うと、迷いながらも、シーラは渋々話してくれた。
「森の一部を囲ってるのよ。
……例の塔がある辺りまでよ。
美しい悪魔が棲むとかいう」
悪魔ねえ、と思いながら、
「じゃあ、塔も城の管轄ってことね。
もともとは城の一部だったのかしら」
と言いながら木を見上げていると、
「ねえ、いい加減にしなさいよ。
もう戻らないと――」
とシーラは後ろを気にしながら言う。
抜けられるとしたら、やっぱり、この辺りだと思うんだけどな。
城を囲むイングリッシュガーデン風の美しい庭の中でも、此処はあまり人目につかない場所だ。
此処らの生垣が怪しいと思うんだけど。
そう思いながら、未悠は木々に触れながら歩く。
アドルフは言っていた。
『私のこの顔には呪いがかかっているんだよ』
『私がこの顔に生まれたこと。
それ自体が呪いなのだ』
アドルフの母は呪いの塔に近づいたのだろう。
そのあと妊娠が発覚する。
だから、みな、思っているのだ。
アドルフは王の子なのか、その悪魔の子なのかわからないと――。
あの誰もが見惚れる美しい顔をアドルフが嫌うのは。
その顔に、王になれない呪い、そして、身内に愛されない呪いがかかっているからだろう。
ねえ、と未悠はシーラに呼びかける。
「塔の悪魔は美しいって言うけど、誰か見たことあるの?」
「さあ? でも昔からそう言うわね。
悪魔が若い娘をおびき寄せるためにそう言っているのだという人も居るけど。
……悪魔の顔は見たことはないけど」
そこで、シーラは言葉を切った。
だが、その先に続く言葉はわかる気がする。
アドルフ様がお美しいから――。
アドルフはきっと、王にはあまり似ていないのだろう。
「まあ、昔から、神よりも悪魔の方が美しいと言われるわよね」
そう言いながら、未悠はまだ木々に触れて歩いていた。
「そうでなければ、人が悪魔に心を奪われるはずがないから。
あっ、あったわ、シーラ!」
え、なに? とシーラが身を乗り出してくる。
「此処、葉っぱが重なり合ってるだけで、抜けられるわよっ」
とその葉の中に手を突っ込んで見せる。
そこの部分は硬い枝がなく、強く押せば、人が抜けられそうだ。
王妃が此処を通ったのはもう随分昔だろうから、彼女が通り抜けたのは此処ではないかもしれないが。
木の成長や剪定具合によって、位置は変わりながらも、こういう部分が何箇所か、この生垣にはあるのに違いない。
「ちょっと、なんでそんなもの見つけるのよっ。
変なところで、ラッキーな女ねっ」
やめて、行かないでよっ、とシーラは未悠の腕をつかんだ。
「側に居た私が、何故、止めなかったのかって責められるじゃないのよっ」
どうせ行くなら、私の居ないときにしてっ、とシーラはいっそ気持ちがいいほど自己保身に走った言葉を吐きながら、未悠を止めようとする。
「そもそもなんであんた、そんなとこに行こうとするのよっ。
王子じゃ不満で、悪魔にまで手を出そうって言うのっ?」
いや、おかしいだろう……と未悠は思っていた。
なんで、悪魔に私が食いものに、じゃなくて、私が悪魔を食いものにする話になっている。
でも――。
なんで、か。
そうだな。
なんでだろうな。
王子妃に決まった今、シリオも自分を森に帰してはくれまいし、自由に外に出ることも許されないだろう。
森へ行って、元の世界に帰りたいからか。
それとも、偉そげなくせに、何処か寂しげな王子の呪いが解けないだろうかとか、ちょっと思ってしまっているからだろうか。
自分は、この世界の人々のように、剣と魔法の世界で生きてきたわけではないので。
……いや、魔法があるかは知らないが、悪魔が居るから、あるかな、とは思うのだが。
現代人な自分は、近づくだけで、妊娠する呪いがあるなどと、素直に信じることは出来ない。
「そういえば、会社の先輩にも居たわ」
「会社の先輩?」
「近づくだけで妊娠するとか、話すだけで妊娠するとかいう男の人が居たのよ」
まあ、恐ろしい……とシーラは怯えるが、
「うん、まあ、違う意味でね」
と未悠は言った。
3
あなたにおすすめの小説
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~
百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。
放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!?
大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?
きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。
前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。
木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。
時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。
「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」
「ほう?」
これは、ルリアと義理の家族の物語。
※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。
※同じ話を別視点でしている場合があります。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる