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悪魔の城に行きました
私は男は信じません
しおりを挟む「『すべてをはっきりさせる。
じゃあ、また』と言って、今です。
私は男は信じません」
エリザベートは、きっぱりとそう言い切る。
未悠は彼女の部屋で、そのままお茶をいただいていた。
誰が毒を盛ったのか知らないが、眠りの罪は重いな、と思う。
なにをはっきりさせたかったのかはわからないが、エリザベートの心に、深い傷を残してしまった。
そういえば、最初の舞踏会の夜に、エリザベートが自分が若い頃のものだと貸してくれた、宝石と白い羽根のついた髪飾り。
悪魔と会うときにも、あれを身につけて居たのだろかと、ふと思う。
美しく華やかだった頃のエリザベートの姿があの装飾具により、リアルに想像できる気がした。
エリザベートは窓の外、森の上にチラと先端が覗くあの塔を見ながら言ってくる。
「あの人が、さっき、人の世は儚いものだと言いましたが、私もそう思いました。
あの頃は、あの方が、ただ美しく、高貴に見えて。
人とは違う、手に入らない殿方、という感じだったのですが。
……今、見たら、美しいけど、ただの若造でした」
私は経験を積みすぎたようです、とエリザベートは渋い顔をする。
憧れは憧れのまま、美しい姿で居て欲しかったのだろう。
いや、彼自身はなにも変わってはいないのだが。
変わらなさすぎて、大人になったエリザベートからすれば、物足りないようだった。
「私は今は渋い方が好みです。
ダンテス様とか、アポル様とか」
と大真面目にエリザベートは語ってくる。
「あー、苦みばしった感じですねー」
と未悠はその二人の貴族を思い出す。
ひとりは確か独身だったぞ、と思いながら。
「未悠様はまだ、アドルフ王子のような若造がお好みでしょうが」
王子を若造とか言っちゃってますが、大丈夫ですか……。
さすがのエリザベートにも、今回の衝撃は大きすぎたらしい。
だが、これだけ言いたい放題なら、少しはすっきりするかな、と苦笑しながら、未悠は聞いていた。
「どうして、あんな男を争ったのか。
今となっては、まったくわからないですね。
ごくまれに、ユーリアと当時のことを語ることもありましたが。
既に笑い話となっていました。
あのとき、貴女、あんな妨害してたわよね、みたいな。
まあ、そうなってて正解でしたね」
ぐはー、そんなものですかー、とまだそんな境地にはいたれない未悠は思う。
恋の傷はまだ生々しく、過去の笑い話になど出来ない。
ただ顔が似ているというだけで、夫となるかもしれない王子をまだ愛せないでいるように。
「未悠様もお友だちとはあまりそういった問題で揉められない方がいいですよ。
最後まで残り、信頼できるのは、女友だちです」
まあ、そんな気もしますが、今はまだ恋に夢を抱いていたいんですけど、と思いながら、はあ、と言ったあとで、未悠は訊く。
「あの、エリザベート様。
ということは、もしかして、塔に近づくと妊娠するという噂は……」
エリザベートは少し考え、
「そういう噂があったのは事実です。
だから、私たちも初めは遠巻きに眺めていました。
あの方の姿を見てしまうまで。
でも、……私はあの塔に近づいても、妊娠などしていません」
『私は』とエリザベートは言った。
「あの、エリザベート様。
何故、お妃様と貴女はそんな呪いの塔がある場所に?」
ああ、とエリザベートは遠い昔を思い出すような顔をして言う。
「あの近くに美しい花畑があるのですよ。
塔の前まで行ってしまったのは、たまたまです」
それはもしかして、と思う。
アドルフにまだ確かめてはいないが、最初に出会ったあの花畑、やはり、塔のすぐ側だったのか。
「……あの花畑にもいろいろ噂があるんですが」
と言ったので、訊こうとしたが、エリザベートはそこで話をしめてしまう。
「塔の呪いはある。
そう王妃様はおっしゃっています。
でも、真実は、ただ、あそこにひとりの美しい男が居た、というだけのことなんですけどね」
……そういうことなのか? と未悠は思う。
「ただ、ユーリアが―― お妃様が、呪いはある、と言われるのなら、此処ではそれが真実です」
そう言ったあとで、エリザベートは苦い顔をして言う。
「それにしても。
私もユーリアも過去の記憶は封印していたのに。
本人が眠りの封印から目覚めてくるとは何事ですか。
あの男を、決してお妃様には会わせないようにしなさい、未悠っ」
失礼、未悠様っ、とエリザベートは言い直すが、いや……別にどっちでもいいです、と思っていた。
「あの、エリザベート様。
エリザベート様は、誰があの人を刺したのかご存知ないんですよね?」
と確認すると、
「私は知りません。
もう未練もありませんでしたから。
二度と、あの塔に近づくことはありませんでしたので」
二度とっ、とか強調してくるあたり、当時は未練があったんだろうなーと思う。
エリザベートは心を落ち着けるように、紅茶を一口、口にしていた。
未悠がエリザベートの部屋から出ると、アドルフたちが待っていた。
アドルフは微妙な顔をして、こちらを見ている。
訊きたいこと訊けなかったんだな、とその顔を見て苦笑いしていると、いきなりシリオが上機嫌で言い出した。
「未悠っ。
あの男、王族だったんだよ」
王の弟だったんだ、とシリオは言う。
ってことは、当時も王妃に言い寄られてたってことか? 難儀な人だな、と思っていると、シリオは、
「王位継承権、私より、あの男の方が上なんじゃないか?」
と言い出す。
「なに考えてんですか、シリオ様。
すごい昔の王の弟なんでしょ?」
「でも、王という位に私より近い血族だぞ、なあ、アドルフ。
失礼、アドルフ王子」
とご機嫌だ。
……まあ、とりあえず、この人は放っておこう、と思っていたのだが、
「で、結局、エリザベート様からは、なにか訊き出せたのか?」
とシリオは訊いてくる。
「儚いのは、人の世ではなく、恋だと知りましたよ」
と答える。
すると、アドルフが何故かこちらを見て、
「私の恋は儚くないぞ」
と言ってくる。
いやいやいや。
突然、なに言ってくるんですか、とつい、赤くなる。
だが、今回のことで、アドルフもいろいろと思うところのことがあるようだった。
「そういえば、未悠」
とシリオがいきなり話を振ってくる。
「お前が好きだったアドルフ様に似た男って、どんな男だったんだ?」
もうラドミールが居なかったせいかもしれないが、ヤンはまだ居た。
えっ? えっ? という顔で未悠とアドルフの顔を見比べている。
こんなときにそれ、話しますか、シリオ様。
私、居るんですけど、いいんですか?
……私、もしかして、殺されますか? という思考の流れがすべて、その表情から読み取れた。
なんの裏もなさそうな、こういうわかりやすい部下も必要だな、と思いながら、未悠が、
「それ、今、訊きますか?」
とシリオに言うと、
「いや、過去をすっきりさせなきゃ、いつまでもこだわることになると、エリザベート様を見ていて、わかっただろう」
と言われてしまう。
まあそれはそうなんだが、と思いながら、チラと上目遣いにアドルフを窺った。
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