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……帰って来てしまいました

えーと。じゃこ天とー、めざしでお願いしますー

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「じゃこ天とー、めざし?
 厚焼き玉子と」

「冷奴」
と注文している未悠の言葉に割り込むように駿が言ってくる。

 未悠は顔を上げ、顔見知りの若い男の店員、仁科に、
「あと、じゃこと梅の焼きめしと」
と言って、駿に、

「焼きめし、違うのにしろよ。
 じゃこ、かぶってるぞ」
と言われた。

「いいんです。
 美味しいから」
と押し切ると、仁科が笑う。

 じゃこと梅の焼きめしは社長の好物だ。

 自分のじゃこ天を優先させて、そっちをやめるとか申し訳ない、と思いながら、メニューを見ていると、そのことに気づいているのかいないのか、駿がやけに微笑ましげに自分を見下ろしていた。

 しかし、自分たちが兄妹だという事実を知った今では、単に兄が妹を可愛がっているように見えなくもない。

「あと焼きとり、ファミリーセットで」
と駿が頼んでいた。

 とりあえず、それだけ、と言うと、はい、いつもありがとうございますーと笑って、仁科は行ってしまった。

「社長、ファミリーセット、多すぎませんか?」
と言うと、

「いいじゃないか。
 ファミリーなんだから」
と笑えないことを言ってくる。

 仁科はすぐにチューハイを持ってきた。

 騒がしい店内を見ながら、
「忙しそうね」
と未悠が言うと、

「そうなんですよ、月曜なのに」

 まあ、ありがたいですけど、と仁科は言ったが、バイトなので、忙しくても給料は変わらないと思うのだが。

「手伝おうか」
と思わず、言ってしまい、

「いえいえ。
 とんでもないですー」
と仁科に笑われた。

 いや、ジョッキを幾つも抱えて右往左往している人を見ると、此処で座って呑んでいるのが悪いことのような気がしてくるのだ。

 最早、職業病か? と思いながら、駿に訊いた。

「……社長、私、十七に見えます?」

「……殴ろうか」

 ですよねー、と思っていると、
「まあ、すっぴんだと見えなくもないかな」
とぽつりと言う。

 冷えたジョッキに口をつけようとすると、駿は自分のジョッキをそれにぶつけてきて言った。

「乾杯」

「なんににですか?」

「突然、降って湧いてきた妹に。
 ……とは言っても、相手がお前じゃなかったら、へー、俺には妹が居たのか。

 どっかで元気にしてるんだろうな、で終わってたかもしれないんだけどな」
と駿は薄情なことを言う。

 まあ、身内とはいえ、今まで存在も知らなかったうえに、一緒に育ったこともないのだから、そんなものなのかもしれないが。

 最初から、自分の父親が別に居るかもと聞いて育っていたアドルフとは、降って湧いた身内に対しての意識の仕方が違うのだろう。

 駿は自分もジョッキに口をつけながら訊いてきた。

「お前、自分は親の実子ではないと言っていたが、何処から来たのか知っているのか?」

「いや、知らないです。
 特に知りたくもなかったので。

 だって、私は、今の両親に感謝してますし、満足しています。

 あの人たち以外の親が居るとか言われても、ピンと来ないので。

 お母さんは、私が強がってるんじゃないかと思っているようですけど、そういうわけでもないんです」

 冷えて白かったジョッキが透明になっていくのを見ながら未悠は言った。

「まあ、そうかな。
 俺もそうだ。

 まあ、お前が訊いていたとしても、本当の親が誰かなんて、お前の親にもわからないと思うぞ」

「そうなんですか?」

 興味はないと言った。

 言ったが、目の前で話されると気になるので、つい、そう突っ込んで訊いてしまった。

「俺たちは施設から引き取られたんだ。
 小さいときだったから、俺にもその頃の記憶はあまりない。

 施設に保護されたとき、俺は小さな妹の手を引いて、ぼんやり突っ立っていたんだそうだ」

 そうか。
 それが私なのか、と思う。

 頭の中では、何故か雪の中、二人で手をつないで立っていたが、実際には、この辺りで雪が積もることは滅多にない。

 まあ、ただのイメージだ。

「お前も可愛かっただろうし、俺もこの容姿で頭も良かったから」

 自分で言うな……。

「すぐに別々に引き取られて、バラバラになったんだろう」

「なったんだろうってなんですか?」

「その施設、今はもう、よそと統合されていて、建物も残ってない」

 だから、詳しいことは、わからないんだ、と言う。

「ただ、父の友人が、施設の元園長と親しくしていて。
 その人が老衰でなくなりそうだと言うので、父に連絡してきたらしい。

 最後にお会いしてみるかというので、行ったら、俺には妹が居たことが判明した。

 なんだろう。

 ……予感がしたんだよ。
 妹が居たと聞いたとき」

 だから院長の話を元に調べた、と駿は言った。

「お前は、あの家の実子ではないと言っていたし。

 俺に気がない風でもなかったのに。
 肝心なときになると、いつも俺を拒絶し、避けていた。

 もしかしたら、お前こそが俺の妹で。

 記憶の底で、俺が兄であることを覚えていて、無意識のうちに、拒絶してるんじゃないかと思ったんだ」

 そんな風な疑いを持ったこと自体、駿自身に記憶が残っていたということなのかもしれないが。

 そう思いながら、
「でもそれ、実は私がそんなに社長のことを好きではなかった、という選択肢はないんですか?」
と訊いてみると、

「ないだろう」
と駿は言い切る。

「お前は俺を好きなはずだ。
 目を見ていればわかる」
と真っ直ぐに未悠を見つめて言ってきた。

 ……ものすごい自信過剰だなー。

 よくわからないことショボイことを言って、けむに巻いて話を進めようとするアドルフ王子とはやはり違うな、と思った。

 やっと来た、香ばしい香りのする、めざしを見ながら、未悠は言う。

「初めて見たときから、貴方のことが気にかかっていました。
 それは事実です。

 でもそれは、貴方が疑っているように、兄である貴方を覚えていたからだけだったのかもしれません」

 なんとなく発言がかんさわったりするのも、血が近すぎる兄妹ゆえのことだったのかも、と今では思わなくもない。

 だが、
「いいや、お前は俺を好きなはずだ」
と駿は繰り返す。

 まるで、暗示にかけようとするように。

 それでも、未悠は寂しく笑って言った。

「いや……そうだったとしても、もう、どうにもならないですよね?」



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