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王様を訪ねていきました
宿屋に着きました
しおりを挟むあの格好のままウロウロしていると、また何処の盗賊団に出会うかわからないので、未悠たちは町で服を買って、着替えていた。
うん。
こういう格好になると、居酒屋で働いていた頃を思い出すな、と動きやすい服装になった未悠は開放感に包まれていた。
まあ、自分の世界の服に比べたら、スカート丈が長すぎたりして、これでもまだ、動きにくいのだが。
「夕暮れの風が気持ちいいわね、ヤン」
と自分が暮らしていた町とあまり変わらぬその町の景色を見ながら、機嫌よく言うと、
「そうですか? 私は緊張で吐きそうです」
とヤンは言ってきた。
どうも、自分ひとりで王子妃を警護するという緊張感で具合が悪くなったようだった。
知らない町で心細いというのもあるかもしれない。
「いや、大丈夫よ、ヤン……」
と言いかけ、未悠は言葉につまる。
大丈夫よ、ヤン。
別に期待してないから、と言うのもな、と思ったのだ。
だが、まあ、男がひとり付いてきている、というだけで、女の一人旅と比べると、格段に安全になるので。
実際、側に居てくれるだけで、ずいぶん助かってはいるのだが。
「大丈夫だから、ヤン。
そろそろ宿を探しましょう?」
何処からともなく、いい匂いがしてきたので、夕食も食べたくなり、そう言うと、ヤンはまた、胃が痛そうな顔をする。
「……み、未悠様がお泊りになるような宿が、この町にありますかどうか」
「いや、何処でもいいから。
私、この間まで、居酒屋の二階で寝てたんだから」
ときには閉店後もオヤジさんが気の合う常連さんたちと呑んでたりして、騒がしい中眠っていたのだ。
どんなところだろうと眠れる。
「でも、ああいう騒がしさがまた落ち着くって言うか。
子どもの頃、親戚のおじさんたちが延々と麻雀やる音を聞きながら寝てたときみたいな……」
と呟くと、ヤンが、
「麻雀とはなんですか?」
と訊き返してくる。
さすがこの世界に麻雀はないようだった。
まあ、アドルフとエリザベートと王妃様とシリオで卓を囲むとか笑ってしまうが。
シリオ以外は真剣な顔でやってそうだな……。
だが、本当に。
育ての親に引き取られてからは、そんな普通の生活を送ってきた。
たかが、箱がひとつ開いたくらいで、お前は王の隠し子なのではとか言われても、ピンと来ないなーと思う。
「あ、此処でいいや」
町のど真ん中の石畳の大きな道を歩いていた未悠はちょうど横に見えた宿の前で足を止めた。
本当に普通の、昔のヨーロッパとかにありそうな宿だった。
だが、なんだか小綺麗な感じがする。
「ええっ? こんな普通の宿でいいんですかっ?」
とヤンは言ってくるが、
「いやいや。
普通の宿やショボイ宿の方が金目当ての強盗も出ないんじゃない?」
と答えた。
「ショボイ宿でよかったら、泊まっていけ」
いつの間にか、後ろに立っていた若い男がそう言ってきた。
どうやら、この宿の人間のようだった。
背中に大きなウサギのようなものを担いでいる。
もちろん、生きてはいない。
狩りに行ったのか、商店か、此処へ来る途中にあった露店で買ってきたのか。
なにかこう……先程の盗賊団より目つきが鋭いんですが、と格好は極めて普通なその若者を未悠は見上げた。
ちょっと髪が長めで、巻き毛気味だ。
顔は整っているが、ともかく、目つきが怖い。
「み、未悠様。
他の宿に……」
とヤンは言いかけたが、ガタイのいい男に睨み下ろされ、黙る。
だが、此処で自分が言わなければ、と思ったのか。
「ほっ、他のっ。
……他のやっ。
宿にですねっ、あの……っ」
とつまりながらも言おうとする。
「いや、大丈夫だから」
と未悠は苦笑いして言った。
「そうか。
じゃあ、入れ」
と言いながら、男は扉を開けてくれた。
あの……背中に担いでいるウサギと目が合うんですが……と思いながら、未悠たちは彼に付いて宿の中へと入っていった。
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