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お城に帰ってきました
行くんですか? 王妃様
しおりを挟むラドミールがアドルフたちを連れて帰ったら、すぐに出発しよう。
そう思い、ユーリアは城で旅の支度をしていた。
が、なかなか帰っては来なかった。
昨夜のうちにも戻るかと思ったのに、と気まぐれな王妃らしく、思い通りにならなかったので、イライラしていると、
「アドルフ様がお戻りになりました」
と門番から知らせを受けた使用人が言ってくる。
「そう。
ありがとう」
やっとか、と思った。
王に自分が話を聞いてみるとは言ったが、不安が募り、落ち着かない気持ちになっていたので。
悪い結果に終わる話でも、いっそ、早く聞きたいと願っていたのだ。
だから、内心、急いでいたのだが、そうは周囲の人間に気取られないよう、王妃らしく、ゆったりと城の一階へと向かった。
まあ、先に下に下りていたエリザベートにはお見通しのようだったが。
こちらを見上げ、そんな格好つけてる場合? という顔をしていたからだ。
「戻りましたか? 未悠、アドルフ」
ユーリアは、一応、嫁の名を先に呼びながら城の入り口のホールに向かう、大きく湾曲した階段を下りていたが、息子たちの後ろにむさ苦しい男の集団がついているのに気がついた。
なにかしら、あれ。
あんな連中、アドルフに向けたかしら? と思ったのだが、その中に、ひとりだけ、すらりとして容姿の整った男が居た。
「まあ、リコ!」
「……ユーリア様ではないですか!」
こちらを見上げ、そう言ったリコは、自分が今、この城で王妃をやっていることを知らないようだった。
「どうしたの、リコ。
この者たちは、貴方の連れなの?」
リコは近づいたユーリアの手を取り、うやうやしくお辞儀をすると、
「いえ、この者たちは、アドルフ――
アドルフ様の旅を警護をするもの」
と言ったあとで、私もですが、と付け加えてくる。
「まあ、貴方が警護だなんて」
と言うユーリアに、リコは、
「ということは、アドルフ様は、ユーリア様の息子なのですか」
と訊いてきた。
「そう。
うちの莫迦息子よ」
謙遜ではなく、そう思っていた。
いや、この間までは、莫迦息子ではなかったはずなのだが。
おかしな女に引っかかったことにより、アドルフは既に莫迦息子と成り果てていた。
恋というのは、こんなにも人を愚かにするものなのかしらね。
……まあ、賢しらしく小生意気だった頃よりは、可愛らしくもあるのだけれど、と思っていると、その莫迦息子は、
「母上、ただいま帰りました」
と言ってくる。
そのアドルフの横で、未悠もアデリナ仕込みの優雅なお辞儀で挨拶をしてくる。
「母上は、リコとお知り合いだったのですか」
「ああ。
昔、私がお忍びで、お友だちのところに言っていたとき出会ったのよ。
リコは――」
「ユーリア様」
とリコが話を遮る。
自分の出自をあまり人前で語られたくないのだと気づき、ユーリアは、
「リコ、アドルフとお友だちなのなら、ゆっくりしてお行きなさい。
そこの者どもも」
と見るからに荒くれた感じの男達に向かい、言った。
「……そこの者どもって」
と苦笑いして、未悠が言ったのは、言いようがひどいと思ったからなのか。
自分もその中に含まれていると感じたからなのかはわからないが。
「行くんですか? 王妃様。
ついて参りましょうか?」
と言いながら、まったく旅支度もしていないエリザベートがユーリアの部屋にやってきた。
ユーリアは使用人たちに運ばせる山のような荷物の確認をしながら、
「いいわ。
アドルフたちが帰ってきたから、世話をしてやって」
と言う。
王妃たるもの、どんな場所でも恥ずかしくないよう、身支度を整えていなければならないし。
どんな場所でも、不自由はしたくない。
他の使用人たちとともに、荷物の点検をしてくれるエリザベートに、
「ああ、それと、あの荒くれ者連中もそれなりにしてやって。
あれでもアドルフの旅の仲間なのでしょうから」
いや、旅って、昨夜出かけて、今帰ってきただけなんだが……と思いながらもそう言うと、エリザベートは何故か笑い、
「はい、王妃様」
とさも忠実な部下であるかのように畏まったお辞儀をしてみせた。
「ああそれから、あのリコという青年にはご無礼のないように」
ユーリアは選び直した宝石類を信頼できる人間に渡しながら、エリザベートにそう命じる。
「ああ、あのメンバーの中で、唯一のすっきりとしたいい男ですね」
と彼らの居る場所を振り返るように入り口の扉を見ながらエリザベートは言ってくる。
「何者なのですか?」
と問うエリザベートに、答えかけてやめ、
「さあ?」
と笑ってみせた。
エリザベートにはいつもしてやられているので、ちょっとした意地悪のつもりだった。
エリザベートは、もう~、相変わらずですね~という顔をしたあとで、
「では、あの者たちの身なりを整えて参ります。
あのまま城をウロウロされては迷惑なので」
失礼致します、と言って、あっさり出て行ってしまった。
見送らないのか。
どんな使用人だ、と思いながら、ユーリアは閉まった扉を振り返り見た。
アドルフたちへの挨拶もそこそこに馬車で出かける。
少し走らせたところで、あの森の上から悪魔の塔が見えた。
今は住人の居ないはずのその塔の中に、昼間だというのに、明かりが揺らめいたように見えたが、それも一瞬のことだった。
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