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仏像は祟らない
仏眼が見せた闇
しおりを挟む「緊張して紗江さんとは話せなくて、ついつい、水村さんと」
そう菜切は言う。
「そういうのってあるよな」
と晴比古が言うと、
「えっ、じゃあ、先生は深鈴さんのことを綺麗だと思ってないんですね」
と幕田がロクでもないことを言い出した。
「いつもペラペラ喋ってるじゃないですか」
「助手と話せねえと困るだろうが……」
しかし、と晴比古は言う。
「さっきのフロントのおばちゃんもお前が持田の様子を見に来ていたとは知らない感じだったが」
ああ、と菜切は言い、
「僕が持田さんに此処のことを教えただけで、直接紹介したわけではないからですよ」
と言う。
ちょっとおかしいな、と思った。
自分が見聞きしただけではなく、他の人から聞いた持田の印象からも、そういうことを黙っているようなキャラではないのだが。
なにもないなら、ベラベラしゃべっていそうだが。
「そもそも、お前と持田はどういう知り合いなんだ?」
と訊くと、
「勝手に話すのもどうかなあとは思うんですが……」
と菜切は頭を掻いたあとで言った。
「お客さんだったんですよ」
「タクシーのですか?」
と深鈴が訊く。
『お客さん、どちらまで――』
雨の中、その客は乗ってきた。
傘も差さずに道に立っていたその客の髪からは、ぽたぽたと雫が落ちていた。
バックミラーの中、俯き、じっとしているその姿を、まるで霊のようだと自分は思った。
「タクシーに乗ってきたとき、びしょ濡れで思いつめたような顔してたんですよね、紗江さん。
で、つい、いろいろ話しかけているうちに、今、勤め先も辞めてしまって、行き場もない、なんて話を始めたもんですから、心配になって」
「それで、此処を紹介したのか」
「そうなんですよ。
それで気になって、気をつけてたんですけど」
と言う菜切に、晴比古は、
「……お前、志貴と同じ人種か」
と言った。
は? と言われる。
志貴と一緒で、雨で濡れそぼった、訳ありそうな美女に弱いんだろう、と思っていた。
「それで、持田は何処へ行こうとしてたんだ?」
「え?」
「濡れて思いつめてたから心配だったのか?
他にもなにか理由があったんじゃないのか?」
わざわざ客のプライベートに踏み込んだのには、他にもなにか理由があったんじゃないだろうかと思い問うと、菜切は、
「先生。
推理は全部深鈴さんに丸投げってわけじゃないんですね」
と感心したように、失礼な台詞を言ってきた。
「そうです。
ちょっと行き先も気にかかって。
彼女、霊園に行ってくれって言ってきたんですよ」
「霊園?」
「例の、幽霊が出る霊園です」
と菜切は言った。
「傘、持ってませんでしたけどね……」
とちょっとだけ笑って付け加える。
「それ、お前が霊園の幽霊に出会って、横転したあとか?」
「そうなんですよ。
それで余計に気になりまして。
最初、紗江さん乗ってきたとき、びしょ濡れで、なんとなく、幽霊? つて思っちゃったんですけど。
そしたら、あの霊園まで、って言うから、ゾクッとしちゃって」
「今の持田からは、そういう思いつめた感じはしないが、お前のお陰かな」
と言うと、
「いえいえ。
僕はなにもしていません。
さっきも言ったように、紗江さんに対しては、緊張して、なかなか話しかけられなかったので。
此処の人たちのお陰ですよ」
と菜切は笑う。
では、その緊張して話しかけられないはずの菜切は、紗江と一体、なにをコソコソしていたのだろう。
もう泳がすのは此処までかな、と思い、晴比古は言った。
「菜切、なにか隠しているだろう」
えっ、と菜切はつまる。
「俺は最初にお前の手を握ったとき、犯罪者特有の闇を見た。
あれはなんだ?」
菜切はその言葉に逡巡する。
だが、覚悟していたようにも見えた。
「すみません。
あの……」
菜切は迷いながらも拳を作り、言ってきた。
「仏像盗ったの、僕なんです」
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