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妖怪、祇園精舎

この人って誰だ?

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 この人って誰だ? と思いながら、晴比古は固まっていた。

 此処が自分が思っている場所なら、何故、人が居るのか。

「さあ、先生」
と菜切に手首を掴まれ、紙袋を被せられたまま、なにかに触らされる。

 ひんやり冷たいものに指先が触れた。

 ひっ、と思ったのは、それが死体を連想させる肌だったからだ。

 だが、それが誰なのか確かめるため、少し指先をその肌の上で滑らせてみる。

「……大丈夫か。
 死んでないか?」

「こ、怖いこと言わないでくださいよ」
と菜切が言うからには、その人物は生きているのだろう。

 その割に、なにも喋らないし、動かないが、と思っていると、菜切が言った。

「先生、この人は犯罪者ですか?」

 晴比古はその死者のような肌に触れたまま言う。

「……茶色」

「は?」

「犯罪者から感じる色は黒。
 この人は茶色い感じだな。

 菜切、お前の方が余程黒いぞ」
と言ってやると、

「そっ、そんなことないですよーっ」
と言っていたが。

「いや、俺が感じるのは罪の意識のようなものだから。
 犯罪犯してても、たいして後悔もしてなかったから、あまり反応は出ないかもしれないな」

「じゃあ、より悪い奴ってことっすね」
と俊哉が言う。

「そうとは限らないぞ。
 本当に犯罪者じゃないのかもしれない。

 ところで、俊哉、こいつは誰だ」

 そう晴比古が言うと、あっ、と菜切が声を上げる。

 俊哉なら、話の流れで、さらっと訊いたら、さらっと答えそうだなと思って訊いてみたのだが。

 菜切もそう気付いたらしく、ヤバイ、と思ったようだった。

 だが、俊哉は、
「紙袋被ってるんで、わからないっす」

 そう言った。

「……俺が?」

「この人が」

「紙袋被ってるのか?」
「ハイ」

「……脱がせろよ」

「いや、菜切さんが怒りそうなんで」

 そうさすがに空気を読んで言ったあと、別にヒントをくれたわけでもないのだろうが、俊哉は、

「でも、妖怪、祇園精舎っす」
とだけ言ってくれた。


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