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妖怪、祇園精舎
祇園精舎の正体は――
しおりを挟むみんなに好きなアイスを取ってもらうよう、ビニール袋を広げて向けながら、幕田は言う。
「地元警察から聞いてきたんですけど。
古田支配人って、糖尿病だったらしいですね」
「まあ、今、糖尿病の人、多いよな」
幕田は自分もソーダアイスを齧りながら手帳を見て言った。
「支配人も副支配人と一緒で元々、此処の人じゃないんで。
病院は自宅のある地域でかかってたらしくて、わかるの遅れたんですけど。
インスリンを打ってたらしいんですよ。
他のものと併用したり、今はいろいろやり方があるみたいなんですけど。
ペン型のインスリンを使ってたらしいんですよね。
比較的血糖値は安定していたので、一日一回でよかったみたいなんですけど。
それが一本も残ってなかったんですよ」
それも発覚が遅れた原因のひとつだと言う。
「あまり周りにも知られないようにしてたみたいで」
と幕田が言ったとき、志貴が言った。
「そういえば、俊哉くんが、支配人はお菓子を食べないから、職場で配られるお菓子をよくくれてたって言ってましたね。
糖尿病だったからなんですね」
「先生」
と深鈴が心配そうにこちらを見る。
「先生は、祇園精舎の正体は、古田支配人だと思ってますか?
もし、低血糖昏睡だったら」
充分な食事をしていないのにインスリンを打つと低血糖昏睡を起こす。
早く手当をしないと、後遺症が出たり、死に至ったりするのだが。
もう時間が立ち過ぎている。
「いや……どうだろう。
あれからかなり経っているし、あの手の持ち主は、体温は下がってはいたが、生きていた」
それにしても、消えたインスリンは何処に行ったんだろうな、と思う。
夏、鍾乳洞に入ると涼しく感じるが、せいぜい十六度前後。
インスリンを保管するには、暖か過ぎる。
まあ、廃棄したのかもしれないが。
「まだ事件かどうかもわからない。
住み込みの従業員の部屋を探したりはしてないんだろ?」
「軽くは見せてもらってるとは思いますが、こちらから強制して調べられるような状況ではないので」
と幕田は言う。
「先生」
と深鈴が立ち上がった。
「とりあえず、鍾乳洞に行ってみましょう。
話は行きながらでもいいと思います」
「そうだな。
よし、わかった。
幕田、志貴、懐中電灯を借りて、此処を出よう」
と晴比古は言った。
はい、と幕田も志貴も言ったが、志貴はなにか違うことを考えている風でもあった。
幸い、今なら、菜切は新田が連れて出てくれている。
菜切の立場的にもその方がいいだろうと思い、フロントで懐中電灯を借りた。
大きめの懐中電灯を三つも借りたせいか、水村が心配そうに、
「先生、何処行かれるんですか?
大丈夫ですか?」
と訊いてくる。
「いや、ちょっとその辺りを調べてくるだけだから」
そうなんですか……と水村が言ったとき、奥から出てきた俊哉が、
「あ、俺も行くっす」
と言ってくる。
何故か手には食べかけの最中を持っていた。
「西島くん、先生について行ってあげて」
「え、いや」
と水村の言葉を遮ろうとするが、俊哉はもうすっかりついて来る気だ。
「先生、俺きっと役に立ちますよ」
と俊哉は笑顔で言うが。
「いやそれ、なんの根拠があるんだ、お前……」
そう言いながらも、こんな裏のない笑顔で言われると、そうなのかなという気がしてくるな。
やっぱこいつ、政治家に向いてるのかな、と晴比古は思っていた。
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