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妖怪、祇園精舎

美女に心配されていいことですね

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「美女に心配されていいことですね」
 鍾乳洞に行く道道、深鈴が嫌味を言ってくる。

 俊哉の持つ懐中電灯の光で晴比古は歩き、志貴の光で、深鈴は歩く。
 幕田はひとりだ。

「水村さんはすっかり先生に夢中のようですね。
 菜切さんはどうなったんでしょうね」

 少し面白くない風に深鈴は語るが、別に自分に気があるからではないのを晴比古は知っていた。

 いや、お前……。

 俺に気があるというのなら、そういう態度をとっても望むところだが。

 特に気もないのに、そういうことをやられると、ただただ俺の命の危険度が増すだけなんだが、と後ろの志貴の気配を感じながら、ひやりとする。

 自分は深鈴が志貴の許を離れて初めて深く交流を持った人間だ。

 親のように慕っているのに違いない。

 まあ、深鈴に言おうものなら、
「え? 先生の方が親なんですか?」
と言われそうだが。

 恐る恐る後ろの志貴を窺うと、彼は今のやりとりなど耳に入っていないかのように、
「しかし、仏像は何処に行ったんでしょうね」
と言ってくる。

「そういえば、仏像探しに来たんでしたね」
と幕田が笑う。

 そうだな。
 お前のせいでな、と思っていると、
「先生に頼むことになったのは、やっぱり、仏眼から仏像を連想しちゃったんですかね」

 そう言う幕田に、深鈴が、
「そういえば、先生は、自分の前世は即身仏だったとか言ってましたよ」
 だからちょうどいいんじゃないですか、と言って笑っていた。

 お前ら、基本、俺を莫迦にしてないか? と思っていると、背後で志貴がぼそりと言うのが聞こえてきた。

「……仏像って、年代を確かめるのに、頭をかち割ったりするらしいですよ。
 即身仏は割らなくていいんでしょうかね……」

 気のせいだろうか。
 即身仏じゃなくて、俺の話をしている気がするんだが……。

 もやもやとしたこの事件の犯人より、後ろに居る刑事の方が余程怖い。

 なにかあるかもしれない前方より、後方の志貴に注意を払いながら、晴比古は進む。

 ときたま振り返ってみたりしていた。

 そうしないと、後ろにナタを振り上げた志貴が居るような気がしてしまうからだ。

 横には筋骨隆々とした俊哉が居るのだが、志貴の信望者である俊哉が助けてくれるとも思えない。

 笑いながら、
「どうしたんですか、先生。
 頭カチ割れてますよー。

 年代測定してみましょうか。
 俺、やり方知ってるんすよ」
と時折見せる無駄な知識を披露してきそうで怖い。

 幕田は当てにならないし、深鈴だって、ただ残念がって終わりそうだ。

 もしや、此処には俺の味方は俺一人!?

 助けて……

と頼りになりそうな人物を頭の中で探すが、誰も彼も一癖あるうえに胡散臭い。

 定行は論外だし、ハルも怪しい。

 なにか知ってそうな大上さんも。

 ……た、

 助けて、新田さんっ!

 幕田が二時間サスペンスなら、間違いなく犯人だと言った副支配人に助けを求めてしまう。

 どんだけ周りに人が居ないんだ、と自分で思いながら。


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