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悪徳公主を観察する離宮の人々
侍女、天天の証言 その1
しおりを挟む私の名は天天。
可愛い呼び名に鋭い目。
細長い顔。
長身、凹凸のない男のような体つき。
私に見つめられた者はみな凍りつく。
だが、私もかつては、天天という呼び名に相応しい愛くるしい幼女だったのだ。
……呼び名は将来を見据えて、よく考えてつけないといけない。
もう私の名は天天で定着してしまっている。
そんな私は有能なので、今は皇后様にお仕えする侍女となっている。
この国は近くにある大国からはちょっと遅れをとっていて。
ちょっと周回遅れの物が流行っていて。
ちょっと国が小さいが。
豊富な資源があるので――
まあ、狭い領土にだが。
よく他国の有力な貴族の娘などが妃としてやってくる。
今回は、なにを思ったか、王の娘を贈られたので。
我が国の皇帝陛下は仕方なく、彼女を皇后に据えた。
悪徳公主と呼ばれる、琳玲様だ――。
皇后、琳玲様は今、離宮の前の湖に張り出している東屋、白鷺亭で、皇帝陛下である龍晋様と若き宰相、元泉様。
そして、陛下と対立している陛下の叔父の部下である秀悦様をもてなしていらっしゃるところだ。
それぞれ趣きの違う美形だが、私の好みは軍人である秀悦様だ。
キリリとしたところが良い。
陛下の顔は整いすぎていて、なんだか怖いし。
元泉様は美しいが、目が死んでいる。
秀悦様だけが、唯一、人間味があるように思えた。
「さあ、皆様どうぞ」
皇后、琳玲様が微笑んで自ら淹れたお茶を勧める。
だが、三人は顔を見合わせ、なかなか手を伸ばさない。
皇后様は嫁入り前から、悪しき評判しかない方だが、その姿は風が吹いたら、かき消えてしまいそうな、天女のごとき可憐な美しさだ。
だが、その美貌の皇后様に微笑まれても、三人はお互いの顔を見つめ合っている。
ちなみに、今日は琳玲様はかなり前に大国で流行ったという服をお召しになっていた。
この国の今の流行りは布地がしっかりとして、絢爛豪華な物だが。
薄衣をまとったようなこの服は、まさしく天女か、女神かといった風情で皇后様によくお似合いだ。
陛下が震える手を茶器に向かい、伸ばす。
大国から買い付けてきた陶磁器だ。
「……いただこう」
「陛下っ」
と宰相様が慌てて止める。
「……皇后が淹れてくれたものを飲まないわけにはいかぬ」
「お待ちくださいっ。
毒味をお通しくださいっ」
皇后様が淹れたものなのに、宰相様はそんな無礼なことを平気で言う。
「大丈夫だ。
……たぶん。
これは、皇后が吟味に吟味を重ねて選んでくれた茶だ。
問題はない。
それに―― 皇后が淹れてくれたものは、どうせ、どれを飲んでも体調が悪化する」
「一時的にですよ」
と笑顔のまま皇后様は言い、宰相様が、
「……それを何故、信じて飲むんです」
と陛下に向かって言う。
茶器を手に、陛下は言った。
「信じてはいない」
……いないんだ、
という顔をその場にいた全員がした。
まあ、悪徳公主と噂の皇后様だからな。
その噂を聞いた皇后様はただ微笑んで、
「私たちの国では、公主とは言わないのだけど。
まあ、言われていることは本当ね。
私は向こうで悪の王女と呼ばれていたわ」
と言っていた。
訂正するところはそこだけなのですか、と思いながら聞いたものだ。
皇后様が説明をはじめた。
「一時的に体調が悪くなるのはですね。
薬草で、まず、悪所を叩き」
俺が丸ごと叩かれているがっ、という顔をする陛下は飲んだ茶が効いてきたのか、脂汗を流している。
「それから上げていくんですよ。
徐々に良い感じに」
徐々すぎるっ、という顔を陛下たちはしていた。
「皇后よ。
叩き落とすのは一瞬なのに、上がっていくのは少しずつすぎるのだが」
素直に飲みながらも、一応、皇后様に文句を言う皇帝陛下に、秀悦様が、
「陛下」
と割って入った。
「皇后様は怪しき薬草を国から持ち込み、大量に所持していると聞きましたが」
「いいえ、これは乾燥させたその辺の草です」
と皇后様が言う。
余計悪いですっ。
なんてものを皇帝陛下にっ、という顔を生真面目な秀悦様はしていた。
秀悦様は立場的には陛下の敵の手の者ではありますが。
陛下とは仲も良く、正義感が強い方です。
思わず、立ち上がり、陛下にご注進されました。
「そもそも、ほんとうに、あんな大量の薬草を上手く扱えるくらい優秀な方ならば。
うちより遥かに豊かな国の王女なのに、こんな文化の遅れた国に追いやられるわけもありません」
「ああ、それは私が忌み子だからです」
皇后様はケロリとした顔でそう言った。
「なに?」
「私が黒髪黒目の忌み子だからです」
全員沈黙した。
この国は皇帝陛下も平民もみな、黒髪黒目だからだ。
「……なんと無礼なっ。
我らはともかく、陛下まで愚弄するとはっ。
王女でなければ処刑にしてやるのにっ」
と秀悦様は剣の柄に手をかける。
彼自身、出自が良いので、その辺の貴族たちよりは立場が上だ。
だから、つい、こういう物言いになってしまうのだろう。
だが、皇后様は、ふっと笑って言った。
「私を無断で処刑などしたら――」
「皇后様の国が攻め入ってくるとでも?」
常日頃から皇后様を胡散臭く思っている宰相様もそこにのっかる。
「いえ、私を無断で処刑すると恨まれますよ。
向こうでも私を殺しても殺したりないという人たちがいるので――」
「お前は故国でなにをしてたんだ!?」
と叫ぶ陛下に皇后様は笑い、
「まあ、そんなわけで、お兄様が私をこの国に逃してくれたのです」
と言う。
「……そうだったのか。
これからも貿易を続けるという契約の代わりによこしてくれた花嫁だ。
高官の娘くらいで良いと思っていたのに、国王の娘が送られてきたから、何事かとは思っていたのだが」
私はいらぬものを押し付けられたのか……と陛下は呟いていた。
「いらぬものは言い過ぎですよ」
宰相様が一応、という感じでたしなめている。
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