悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶

菱沼あゆ

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悪徳公主を観察する離宮の人々

侍女、天天の証言 その2

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 この離宮の周りには数々の植物が育つ豊かな森があり、後ろには仏塔が聳え立っている。

 ここは皇帝陛下の暮らす宮殿とは離れていて、間に大きな湖を挟んでいるので、船でなければ行き来できない。

 異国から送られてきた王女に与えられたものは、皇后の地位とこの離宮。

 そう。
 名ばかりの皇后様は、ここに来てからずっと、仕える者も少ない、この離宮に閉じ込められているのだ。

 危険な噂しかない姫だから。

 悪徳公主と噂のある琳玲がやってくると聞き、なにをされるかと後宮の妃たちは怯えていた。

 でもまあ……

 閉じ込めてるわりに、よく来るんだよなあ、皇帝陛下。

 まだ花のない蓮の葉の間を縫うように陛下の乗る小舟が去っていく。

 皇后様は手を振り微笑み、陛下は船の舳先まで出て、皇后様のお姿をずっと眺ていらっしゃる。

 まあ、うちの皇帝陛下もロクな噂ないから、似合いの夫婦かも、と思ったとき、

「琳玲さまっ。
 また素敵なお菓子をお焼きにならないのですかっ?」

 愛らしいくるくるした目の幼い見習い侍女、明花ミンファが言った。

 最初に明花を見たとき、何故、このような幼女が皇后様の離宮に?

 それでなくとも、女官も侍女も下女も人数が足らないのに、と思ったものだ。

 だが、
「天天さまー」
と駆けてくる姿は、実に愛らしい。
  
 この明花。
 猫みたいな役割なのだろうか、もしかして。

 確かに明花を見ていると、荒んでいる私の心もちょっと和む。

 こいつの名が天天の方がいいような、と思いながら、皇后様の近くのテーブルをつかみ、ピョンピョン飛んでいる明花を眺めていた。

「これっ!」
とここを仕切っている女官の白英はくえい様が明花を叱る。

 白英様は皇后様にこの国のしきたりなどを教えるためにここにいるのだ。

「そうねえ、クレームブリュレでも焼きましょうか?」

 みんなに珍しい西洋のお菓子を焼いてくれるので、普段は皇后様のことを悪徳公主とひそひそ言っている下働きの女たちも侍女たちもこのときばかりはソワソワしはじめる。

 明花にも混ぜさせたりしながら、皇后様はお菓子を作っていた。

 陶器の容れ物に流し入れた液体を鋳鉄製のオーブンで焼くつもりのようだった。

 皇后様自ら、オーブンの前でゴソゴソしていると、
「お退きください。私がやります」
 少し使い方を覚えたので、と白英様が言う。

 皇后様が国から持ち込んだこのオーブンは私たちには扱えないのだ。

 皇后様はオーブン内に紙を入れてみている。

 紙は、ゆっくりと黄色くなった。

「もうちょっとかな」
と呟いたあとで、視線を感じたように皇后様はビクリと振り向いていた。

 また貴重な紙でなにやってんですか、という顔で白英様が見ている。

 皇后様が器に入れたものを湯せん焼きすると、甘い香りがしてきた。

 皇后様の側にいると、こういう、この国の何処でも嗅げない良い香りが嗅げるのだ。

 皇后様は並んだ白い陶器の中の黄色いものを見ながら、
「冷ましたあと、スプーンを焼いて――」
と呟く。

 白英様が目を剥いた。

「皇后様。
 ここのスプーンは銀器ですよ」

「あ、そうだったわね。
 じゃあ、表面もオーブンで焼こうかな」

「鉄のスプーンがございますよ」
と教えると、ありがとう、と皇后様は私に向かい、微笑んだ。

「じゃあ、冷めたら、この上に砂糖かけて、熱くしたスプーンを押し付けてみて」
とみんなにもやらせようとしてくれる。

 だが、皇后様は白英様と視線を合わせ、ビクリとしていた。

 また大量に砂糖を使う気ですかっ、という目で白英様が見ている。

 そう。
 ここでは皇后様でも怒られるのだ。

 良いのだろうかと思うが、皇后様はなにも気にしてはおられないようだった。

 だが、そんな厳しい白英様もお菓子が出来上がると、いつも、ちょっとだけ笑顔っぽく口の端が上がるのだ。



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