神の住まう島の殺人 ~マグマとニート~

菱沼あゆ

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禁足地にかかる橋

神の島 暁島

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 神の島と呼ばれる暁島あかつきじま

 本土と近い位置にありながら、かつては人の立ち入れない禁足地だったこの島に、ついに橋がかかることになった。

「いよいよ今日、開通式か」

 マグマは特に感慨もなく、屋台ばかりが目立つ開通式の会場を眺めていた。

「すでに工事の人とか渡ってるのに、開通式ってのも変じゃないか?」
と呟くと、地方紙の記者である友人、那須なすが笑って言う。

「別にいいじゃん。
 同じ神の島でも、宮島ほど観光客も来ない、あんまり話題のない島なんだから。

 たまにはなにかないとね」

 すぐそこに本土があると言っても、荒れると船は出ない。

 橋ができたことを素直に喜んでいる人も居れば、

「神の島と俗世をつなぐなど無礼千万。
 橋を渡って災厄が訪れるに違いない」
いきどおっている人も居る。

「橋作ったくらいで災いが来るのなら、とっくに来てるだろ。
 泳いで」

「災厄が泳いで来るのおかしいだろ」
と那須は笑うが。

 本土はほんとうにすぐ目の前だ。
 橋も小さい。

「木を三本倒したら行けそうな距離だぞ」

「三本倒しても、つながないと行けないだろ」
と那須が言ったとき、開通式がはじまった。

 ちょっとしたセレモニーのあと、市長が渡ってくる予定だったが、来ない。

 対岸を目を細めて見ていると、なにやら揉めているようだった。

「なにやってんだろうな」
とマグマが呟いたとき、黒い点のような集団の中から誰かが抜け出し、こちらに向かい歩いてきた。

 那須が、さっとカメラを構える。

 強い潮風に長い黒髪と白いワンピースをなびかせ、見たこともない少女が橋を渡っている。

 近づくにつれ、長身で細身の彼女の顔が見えてきたが、恐ろしいくらい左右対称の綺麗な顔をしていた。

 一番に橋を渡っているというのに、喜ぶでもなく、表情はあまりない。

 近くでスマホで話していた市長の若い秘書が笑って言う。

「市長が渡るより、見栄えのいい観光客が渡った方が映えるだろうってことになって。
 頼んで渡ってもらったそうです」

「どうなんだ、そのやらせ……」

 渡り切った彼女に早速、那須がインタビューに向かう。

「今日は、なにをしにこの島へいらっしゃったんですか?」

 橋を一番に渡ってみたくて、とかかな、とマグマは思った。

 こんな小さな橋だが、酔狂な奴も多いからな、と思ったとき、彼女は、橋を渡った第1号として、記念品をもらいながら言った。

「墓がないはずのこの島に、実は墓があると訊いて調査に来たのですが」

 那須と出迎えた役所の人間がちょっと困った顔をして、こちらを見た。

「墓なんかないぞ。
 ここは神の島だからな」

 この島で人が死ぬことは許されない、とマグマは言った。

「あなたは?」

「この島にある寺の坊主だ」

 あまり表情のない彼女の顔に、初めて驚きの表情が浮かんだ。

「軍人さんかと思いました」
と腕組みしている自分の太い腕を見て言う。

「元刑事だ。
 家を継ぐために戻ってきて、坊主をやっている」

 那須が笑って口を挟んでくる。

「嘘ですよ。
 こいつ、すぐ沸騰するから、あだ名がマグマって言うんですけど。

 問題起こして、警察クビになったんですよ」

 そんな話をしている間にも、役所の人間たちが彼女に島のマップなどを渡していた。

「これがスタンプラリー用です。

 史跡や名所などがあるところにスタンプがあります。

 此処が逃げ延びた戦国武将が殺されたところ。

 此処が追ってきた戦国武将が殺されたところ。

 此処が巻き込まれた島人たちが殺されたところ」

 笑顔のまま、若い女性職員が解説する。

「……殺されてない史跡はないのか」

 此処は本当に神の島なのか、とマグマが眉をひそめたとき、男性職員が、はは……と笑ったあとで言った。

「此処は神の島でもありますが。
 古戦場でもありますからね」

「よくそんなところが神の島を名乗ってるもんだ」

「他の神の島も戦場になってますよ。
 血のついた土はすべて掻き出したりしてるそうですが」
と言ったあとで、少女は、こちらを向いて言う。

「私、H大学の学生で。
 全国の神の島について調べている菊池茉守きくち まもりと申します」

 島に橋を渡すと災厄が訪れると、ぎゃあぎゃあ騒いでいたジイさんが、ニコニコしながら、マグマに言う。

「このお嬢さんは墓を探して来られたんだろう。
 マグマ、教えてあげなさい」

 この無表情な女の美貌にやられたらしい。

 まあ、愛想はないが、年寄りが好みそうな清潔感があるな、と思いながら、マグマは言った。

「この島に墓はないが、墓守は居る――。

 まあ、墓守ってか、あれは……

 ただのニートだけどな」
と言うと、那須が苦笑いしていた。


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