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海に浮かぶ証拠と第三の殺人(?)
死神
しおりを挟む放り出されて長い長い道のりを歩いた。
ただ自由になっていいと言われただけなのに。
今までよりも、どうしていいかわからなかった――。
「いつから、私のこと疑ってたんですか?」
「最初からだよ。
お前、自分が怪しくないとでも思っているのか。
だいたい、ちょっと調べたらわかる。
お前がH大生の『菊池茉守』じゃないことくらい。
警察舐めんなよ」
と言うマグマにニートが言う。
「お前、警察じゃないぞ、もう。
っていうか、警察はなにも気づいてないと思うぞ」
そっちは舐めていいってことか、と佐古の方を見ながら付け足していた。
そこで佐古たちが戻ってきてしまったので、彼らと別れ、移動する。
墓のない島の墓、あの楠のところまで行ったとき、倖田が訊いてきた。
「……今更なんだが。
この話に俺は混ざっててもいいのか」
「別にいいんじゃないですか?」
と茉守は言う。
「佐古さんは警察の人だし、那須さんは報道の人だけど。
あなたは政治家。
こちら側の人間ですよ」
「……どちら側の人間なんだよ」
そんな整いすぎて、非人間的な顔の奴に真顔で断定されると怖いが、と倖田は言う。
構わず、茉守はマグマに向かって話した。
「さっき、なんで、ニートさんを殺しに来た人に名前を訊いたんですか?」
マグマは細い茉守など一撃で殺せそうな腕を組んで言う。
「ニートを殺す予定の女は、山村瑞樹という名前だからだ」
なるほど……と茉守は頷いた。
すぐ側でさわさわと枝葉を揺らしている楠を見上げる。
「では、あなたは最初から。
私がニートさんに殺された瀬野寛貴の妹の瑞樹だとご存知だったんですね」
「待て。
ニートが殺したわけじゃないだろう」
と倖田が割って入ったが、茉守は首を振った。
「ニートさんさえ居なければ、兄は死ななかったはずです」
「なんでだ。
刺した女の方を恨めよっ」
ニートは黙って自分を見ていて。
マグマは説得する気もないようで――
倖田だけが真摯に自分に語りかけていた。
「だって、あの人、死んでしまったので」
それは、とある有名な崖のある観光地での出来事だった。
瑞樹の兄、瀬野寛貴に恋焦がれた女が、寛貴を道連れに死のうとしたのだ。
女は寛貴を刺そうとしたが、抵抗され、寛貴にナイフを奪われたらしい。
そこで、女は悲鳴を上げ、ナイフを持った寛貴を指差し、叫んだのだ。
「助けてっ。
通り魔ですっ!」
女は近くを通りかかったニートが寛貴を抑えた隙に、寛貴からナイフを奪い、彼を刺した。
寛貴は後ろにあった崖から海へと転落し、女も落ちた寛貴に追いつこうとするように飛び降りてしまった。
二人の死体はしばらくして上がった。
女は海の中で寛貴を捕まえたらしい。
死んでも、ガッチリ寛貴にしがみついていた。
海に落ちたとき、寛貴に息があったとしても、浮き上がることはできなかっただろう。
「恐ろしいですね。
あれこそ、怨霊ですよ。
普通、波に揺られて離れるはずなのに。
うまい具合に死後硬直が働いたんですかね」
なんの感情も交えず、淡々と茉守は言う。
離れた場所に居た観光客たちの目には、ニートが女の加勢をして、彼女に刺させたようにしか見えなかった。
しかも、運悪く、その女はニートの高校の後輩だった。
面識もある。
共犯に違いない、と警察は判断した。
「……ニートが女の顔なんて覚えてるかよ。
だいたい、高校って、三学年で千人以上居るじゃないか。
俺は覚えてないぞ」
とマグマは言ったが、倖田は、
「俺は全校生徒覚えてるぞ。
将来の大事な有権者様だからな」
と余計なことを言う。
ニートは自分のせいで、人が死んだことにショックを受け、なにも弁明しなかった。
マグマたちが奔走して、真相を明らかにしたのだ。
「みんながいろいろ手を回さなかったら、お前、ほんとにムショ送りになってたからな」
と倖田は言う。
「……でも、ニートさんは、ムショ送りになりたかったんですよね」
茉守はそう言った。
「此処で見てて、そう思いました。
でも、ならなかったから――。
感情もなくしたようになって島に戻ってきたあなたは、あの事件の関係者の誰かが自分を殺しに来てくれないだろうかと、ずっと願っていたんですね。
最初は、穢れを嫌う神の島から、あなたが出ないのは、殺されないためかと思ってましたけど。
近くで観察していて、違うと気がつきました。
……あなたは私が来るのを待ってたんですね」
自分を殺す死神が来るのを――。
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