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白地図と最後の事件

そんな鍛え方、する必要あるのか?

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「実は私、幼い頃からずっとアスリートの養成所に居たんです」

 マグマにそう言えと言われたので、茉守は佐古たちに自分のことをそう説明した。

「でもそこが予算がなくなって潰れてしまいまして」

「それでなんで名前までなくなる」

「あそこでは私はNo.8と呼ばれていました」

「なんか格好いいじゃねえか。
 映画とかでよくある、なんかの実験施設の被験者みたいだな」
と佐古は笑ったが、ニートは、

 いや、そのものだろ、という顔をしていた。

「元の名前はあったのか、なかったのか。
 今ではもうわかりません。

 なにかの書類にサインするときもNo.8だったので」

「そんなにサインすることあるのか」

「はあ、お役所仕事なところだったんで」

「それで、お前はなんのスポーツができるんだ?」

 そんな佐古の問いに、茉守は少し困り、
「……ヨガですかね」
と言ってみた。

「……ヨガ、そんな徹底管理して、鍛える必要あるのか?」

 インドの山奥にでも行った方がいいのでは?
と佐古に言われる。

「っていうか、お前、そんなに筋肉もないように見えるが」

 ワンピースから覗く茉守の腕を見て、佐古が言う。

「なにごとも素早く的確に動くことが大事なんです。

 そんなに力は入りません。
 筋肉もいりません。
 怪しまれるので。

 長年かけてつちかったのは、すべてを一瞬のうちに重ね合わせて使うコツだけです」

 そこにある物や気象状況を利用したり、と言った茉守に、
「誰に怪しまれるんだ?」
と佐古が問う。

「……審判ですかね?」

「どんなズルするつもりなんだ、そのアスリート養成所」

 っていうか、ヨガに審判居るのか、と言う。

 そんな茉守の怪しい話を信じているのかいないのか。

「じゃあ、ご馳走様。
 なんかわかったら連絡するから、お前たちもしろ」
と言って佐古は帆村を連れて帰っていった。

 茉守は立ち上がり、縁側をお手洗いに向かって歩く。

 途中の柱にかけてあった細長い鏡を見た。

 時計店の名前の入ったその鏡に向かい、舌を出してみる。

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