七竈

菱沼あゆ

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疾走する霊

最初の理由から間違っていた

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 七月たちは死体の入っていたステンレスのゴミ箱の前で、順番に呼ばれて、いろいろと訊かれた。

 三橋がうまく当たり障りのないことを話しているのを見ながら、通りの反対側の植え込みの前にしゃがんでいた。

 しかし、どういうことだろう?

 あの影――

 いや、影ではない。

 私に見えないだけで、本体があるらしいあれが、昨夜、この犯行現場から逃げ去った。

 この事件とそのことが本当に関係あるのかどうか知らないが。

 少なくとも、怪しいと思って、自分が此処を調べたら、死体があった。

 そのことだけは間違いのない事実だ。

 しかし、影に本体があったとは。

 ただの霊現象だと思っていたのに……。

 七月は槻田が離れた位置からこちらを窺っているのに気がついた。

 目が合ったのに気づき、来ようとしたようだが、呼び止められていた。

 いつか見た若い刑事だ。

 どうやら、県警の刑事のようだった。

 槻田はその刑事と少し話してから、こちらにやって来る。

 その姿を上目遣いに見上げていると、槻田は側に立ち、

「どうした?
 何を考えている」
と訊いて来た。

「いや――

 なんで、私には、本体が見えないのかしらと思って。

 影がただの影でないのなら。

 そこには、本体となる人間が居るはず。

 私には、何故、その人間が見えないのか考えていたの」

 だが、
「簡単だろ」
と槻田は言う。

「それがお前にとって、見たくない誰かだからなんじゃないのか?」

「見たくない――。

 そうね。
 なんで、見たくないんだと思う?」

「……七竈の下で、昔、お前が見たものが、例えば、殺人事件とかで。

 そのとき、犯人を目撃して。
 それから恐ろしくて、犯人が見えなくなったとか」

「でも、それだと、おかしいわ。
 私には犯人が見えてなくても、犯人からは私が見えているはずよ。

 何故、私は無事なの?」

「お前が初めて影に遭遇したのが、いつの話だか知らないが。

 もし、小さな子どもだったのなら、しゃべらないと思われたんじゃないか?

 それか、犯人がうまく死体を始末したのなら、子どものお前が何か言っても、みんな夢でも見たんだと笑って終わらせると予想して、手を出さなかったとか」

「でも、私、あれから何度もあの影に遭遇してるのよ。
 ……それって、影が私を見張ってるってことかしら?」

 槻田は少し考え、
「お前が記憶を操作していたらわからないが。
 今あるお前の記憶の中で、影は最初から影だったか?」
と訊いてきた。

「え?」

「影が影になった瞬間っていうのはないのか?」

「……何が言いたいの?」

「まあ、そこを覚えてない可能性の方が高いが。

 例えば、お前が人殺しの現場を見たとする。

 人がただ木から吊るされてても、前に立ってた人間を犯人だとは子どもがすぐには思わないだろうから。

 直接、殺すところを見たのかもしれないな。

 そのとき、恐ろしくて、その人間が影になった。

 いや、或いは――」

 口にしながら、槻田は自分の中で、事件を整理してみているようだった。

「人を殺した人間が、自分に向かってきたので、逃げ出した。

 それで、恐ろしさのあまり、それ以後、その人間が影になった。

 そのどちらでも、最初は犯人が見えてたはずだな。

 恐ろしくなったから、影だけになったんだろうし」

 本体を消しても、影だけは残したのは、そこに居るものを警戒するためなのか――。

「……貴方が何を言いたいのか、わかった気がするわ。

 遠回しに言わないで。

 よく考えたら変よね。

 恐ろしい人に追いかけられて、その本体を見ないようにするっていうのもありだけど。

 でも、その人間を自分の視界や記憶から消してしまったら、ますます危ない状態になるだけよね。

 誰にも話せないし、警戒もできない」

 子どもだから、そこまで考えが及ばなかったとも考えられるが……。

「どうして、私はそのことを誰にも言っていないのか。

 誰かに追いかけられたり、人殺しの現場を見たりして恐ろしかったのなら、人にすぐ言って、助けを求めればよかったわけよね。

 そんな本体を記憶や視界から消すなんて、小賢しいことをしなくても。

 影が影になった瞬間がどのときなのか、なんで知りたがってるのか、わかるわ。

 貴方は疑ってるのよね。

 その影の本体である人間が、私のよく知っている人物なんじゃないかと」

「もっと言うなら」
と七月は槻田ではなく、ゴミ箱の向こうの低い木を見ながら言う。

「その人物は、私がかばいたくなるような誰かだったと思ってるんじゃない?

 ……そうかもしれない、と七月は認めた。

「きっと私は、私の大切な誰かが人を殺しているところを見てしまったのよ。
 だから、反射的に、その人を視界から消してしまったんだわ」

 ひとつ息を整えたあとで、七月は、
「ま、そう考えるのが、一番、にかなってるわよね」
と言ったのだが。

 今度は、逆に槻田が、
「だが、それだとおかしなこともある」
と言い出した。

「親しい人間なのに、路上でしか会わないのは変じゃないか?」

「それもそうね」

「誰かと居るときに、影を見ることはなかったのか?」

「そんな頻繁に見るわけじゃないから――。

 でも、少なくとも、影と共通の知り合いと居るときに、見たことはないわけよね。

 誰もその影に話しかける人は居なかったから。

 あ、そういえば、いつか、貴方も見ているはずよ」

「俺が?」

「わりとその影を見る場所があるの。
 そのときも影が居て、貴方はそっちを振り返ってたわ。

 それで私は貴方にも霊感があるんだと――」

「待て。
 今までの説が正しいなら、影は霊じゃないんだろう?

 俺が振り返ったのは違う理由なんじゃないのか?」

「ええっ!?
 でも、他にわざわざ振り返るようなものなんてなかったわよ」

「霊でも居たんじゃないのか?
 お前は影に気をとられていて、気づかなかったか。

 いつもそこで見ているものだから、スルーしたか」

 ……結果的に槻田に霊感があると思ったのは正しかったわけだが、そうではないかと疑った最初の理由は違ったわけだ。

「なんだか、騙された気分だわ」
と七月は呟く。

「なにがだ」

「貴方を気になり始めた最初の理由から間違ってたみたいだから」

 思わず、もらしてしまった言葉に、はっとした。

 今となっては、過去、好きだったと口にするのも、なにか負けたようで、悔しい感じがするからだ。

 槻田も一瞬、止まっていたが、すぐに、
「お前は俺に霊感があるから、俺を好きになったのか」
と機嫌悪く訊いてきた。

「そんなはずないでしょう~っ。
 霊感が居る人間なんて星の数ほど居るわよ。

 私は――!」

 はっ、と七月は気づいて思いとどまる。

 いかんいかん。
 危うく、何故、好きなのか、熱弁をふるってしまうところだった。

 暑いからかな。
 頭がおかしい――。

 話を途中でぶち切り、ふう、と七月は縁石に腰かける。

 槻田が少し物足りなさそうに、こちらを見下ろしていた。





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