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犯人
何度でも何度でも何度でも
しおりを挟む「お帰りー、遥」
アパートのドアを開けると、いつものように勝手に人んちに上がり込んで、テレビを見ている麻里が居た。
こちらを振り向き、笑って手を振る。
自分はほっとし、靴を脱いだ。
ほら、やっぱりあれは、ただの悪い夢だった――。
コートのファスナーに手をかけたが、そのまま、そこを握り締めた。
家に着いたのだから、脱ごうとする無意識の自分。
脱ぐまいとする何かを考えている自分。
麻里の表情が曇る。
立ち上がり側に来ると、そっとファスナーを握る手に、その手を重ねてきた。
「どうしたの?」
「……寒いんだ。
なんだかわからないけど。
じっとしていられないほど寒い」
そこで麻里は笑う。
「顔、真っ赤だよ。
暑いんでしょう? ほんとは」
「いいや、寒い
……寒い。
寒い」
と自分は馬鹿みたいに繰り返す。
寒い。
冷たい。
冷たい。
夏なのに。
あのステンレスの取っ手。
夏なのに、ひんやりしていた――。
「七竈……」
「え?」
ぼそりと漏らした言葉に、麻里が眉を曇らせ、こちらを見る。
「なんで何度も殺すんだろうと、ずっと思ってた。
殺しても殺しても飽き足りないから?
それとも、何度やり直しても、殺してしまうから?」
自分の目から涙が落ちたようだった。
麻里の表情も自分と一緒に歪んだ。
「お前を運んでいる途中で人がやってくる気配がした。
植え込みの陰にお前を捨てて隠れた」
もう麻里の顔を見る勇気はなかった。
「誰かが死体を見つけたようだった。
息を呑む感じがあった。
だが、そいつはそのまま逃げていった。
そっと覗くと、逃げていく男はあの帽子を被ってた。
自分も持っている陸上大会のときのあの帽子。
なんだか自分が逃げていくような気がした。
またお前を見捨てて、逃げていくような気がした――」
麻里……とかすれた声で呼びかける。
「俺たち、まだ、友だちか?」
「……友だちだよ、遥。
あんたが何も苦しむことはない。
私が悪かったの。
私が浮かれてて。
私が悪かったの――」
こんなことになっても、そんなことを言う麻里は生きていたとき、そのままで。
彼女を抱き締めたかったが、どうやらもうそれは叶わないようだった。
「お前を好きになればよかった」
つい、そう漏らすと、
「そういうの、私たちには似合わないと思うよ」
と笑われた。
頭に浮かんだのは、夕暮れのグラウンド。
いつまでも莫迦みたいに走っている波野。
隙あらば、サボっていたハジメ。
そんな二人を笑って見ていた自分と麻里。
麻里が死んでから何度も思い出していた、繰り返し少女が殺される七竈の学園。
おのれの罪を連想させるからだろう。
まるでそちらこそが、自分の学園であったかのように心にこびりついていた。
だが、今、ようやく、あの夕暮れのグラウンドが鮮やかな記憶として自分の中に蘇っていた。
触れられない自分の代わりに、麻里が自分を抱き締めるように手を伸ばしてくれる。
「大好きだよ、遥――。
遥と出逢えて、よかった。
楽しかったよ、ほんとに」
「楽しかった……俺も。
ずっとあのままで居たかった。
大人になんかならずに、あのまま――」
そう言うと、麻里は笑う。
「でもそれじゃ面白くないよ。
いっぱい背負うものが出てきて、決めなきゃいけない将来の道があって。
そういうときこそ、友だちって大事なんだなってよくわかったし。
いつも側に居て当たり前のあの頃より、私は遥のこと大切に思ってたし、頼りにしてた。
遥は違う――?」
そう問われ、俯き首を振る。
違わない。
そうだ。
勤め始めてからは、学校に居た頃よりも遥かにストレスのかかることが多くなった。
麻里やみんなと居ると、救われる気がした。
あの頃よりも、もっと――。
「ごめんな、麻里。
せっかく波野が帰ってきたのに」
申し訳なくそう言うと、
「ああ、いいって、いいって」
と麻里はいつものように笑って手を振る。
「どうせ、片想いだから。
あと二、三日顔を合わせたからって、何も進展しなかったって」
いいって、いいって――。
いつものようにフォローを入れてくれる麻里は条件反射的に、そう言っているだけのようで。
本当に今、自分が置かれている状況をわかっているようには見えなかった。
「……幸せになってね、遥」
「無茶を言うな」
廊下を歩く足音がする。
誰かがこの部屋に来ようとしている気がした。
警察かもしれない。
だが、この状況でも麻里は自分に幸せになれと言う。
「どんな状況からでも、きっとあんたは幸せになれるよ。
バレー部に助っ人に行って、アキレス腱切って、大事な陸上大会出られなくなっても笑ってるようなお人よしなんだから」
あのとき――
今の麻里のように、大丈夫大丈夫、と笑っていたけれど。
なにも後悔がないわけじゃなかった。
だから、当日着る予定だった、あのダウンのコートとキャップを箪笥の奥深くしまい込んで捨てられずにいた。
『あのとき、本気で笑えなかった自分』を引っ張り出してきて、自分はどうしたかったのだろう。
今も笑えない。
だが、麻里は笑ってる。
だから――
足音が玄関で止まり、誰かがチャイムを鳴らした。
行こうとした自分の手を麻里が引く。
「全部ひとりで被らないで。
その方が格好いいかもしれないけど、それじゃ、誰も楽にならない。
今の貴方になら、わかるでしょう?」
何度でも何度でも何度でも――
此処に現れ、殺されるお前を、
何度でも何度でも捨てに行った自分を心配するように麻里は言う。
深く頷き、ドアを開けた。
小柄な刑事と、
そして、あの少女が立っていた。
刑事が重い口調で何かを言ったが、聞いていなかった。
少女だけを見つめ、問う。
「何度でも殺されるあんたを見て、ずっと不思議に思ってた。
あんな儚げな少女を、そんなにも殺したい人間が居るのかと。
殺しても殺したりないなんてことが、この世にあるのかと。
あんたが助かりたいと、何度も自分が惨殺された映像を見せているのかもしれないとも思ってたけど。
違うのかもしれないな。
犯人は、やり直したくて、何度でも何度でも、そこに自分が殺した霊を呼び、同じ状況を演じているのかもしれない」
その結果がいつも、同じものだとしても――。
少女は沈黙して自分を見上げている。
そう。
彼女があの惨殺されている少女のはずはない。
彼女はこうして生きて、此処に居るんだから。
「犯人の顔は――?」
もうしゃべらないと思ったとき、ぽそりと彼女はそう言った。
「犯人はどんな人物か、貴方には見えますか?」
そう問われ、首を傾げる。
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わからない。
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焼いて
焼いて
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お腹に子どもが居るので」
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