146 / 258
始まりの人
うごめく骨
しおりを挟む「それは、沢木さんが、自分のアパートから出てきたことに対する言い訳じゃなくて?」
当時を思い出すような顔をしながら、校長は顎に手をやり、言った。
「……違いますねえ。
少なくとも、佐竹先生の方には、やましさは微塵もなかった。
沢木さんの方は私に気づかなかったので、反応は読みがたいですけど」
「校長がおっしゃるのなら、そうなんでしょうね」
と言うと、彼はちょっと気恥ずかしそうな顔をした。
「こういう仕事をしていると、人の顔色を読むのがうまくなってしまいましてね。
如何にも反省してそうな生徒が反省してなかったり。
喧嘩越しなのに、実はすごくこちらに対して、済まないと思ってたり。
そういう表情が、ちらちら見えるようになってくるんです。
でも――
自分のことに関しては、からきしなんですけどね」
「そういえば、校長が関わった殺人事件ってなんですか?」
それまで饒舌だった校長がそこで黙り込んだが。
しばらくして、唐突に語り出す。
「うち、人体骨格標本ってなかったんですよね」
「は?」
「いや、最初はあったんですけど。
壊れてしまって。
それが或る日、昔の友人から、いきなり、寄贈されたんですよ」
「骨格標本をですか?」
「そういうの作ってる会社の社長なんで」
ああ、と七月は頷く。
「お前のところ、壊れたままだって言ってたなって言われて。
壊れても、実際のところ、あまり授業で使うものではないですしね。
まあ、あれがあると、如何にも生物室って感じで、いいのはいいんですけどね」
まあ、確かに、何処の学校でも、オブジェみたいになってるな。
小学校とかも、もっぱら、掃除中、男子たちがふざけるのに使ってただけで、授業で使った記憶はない。
「ありがとう、と貰いました。
でも、何か気になったんです」
校長は己れの手を見る。
「骨格標本は私が運びました。
その骨を抱え上げたときの感じというか。
その標本に触ったことがある気がして。
それから、私は、夜の見回りのたびに、準備室に飾られているその骨を観察するようになりました。
頭蓋骨、アバラ、骨盤。
ただ、骨が並んでいるだけなのに。
何か何処かで見たような気がしました。
何処か――
懐かしいような気が」
校長はそう言い、月夜に輝く目を細める。
「私は、それから妄想にとり憑かれました。
その骨は私が知っている女性のもので。
彼女がなんらかの理由で殺されて、骨に加工されて、此処に飾られているのだと。
夜毎、あの模型を見るたびに、私はその考えが正しいと思うようになりました。
なんなんでしょうね。
そう思って、ただ、愛でていたかったのかもしれません。
だけど、私は余計なことを知ってしまった」
七月は校長の話を聞きながら、そっとポケットに手をやる。
急にそこが丸く盛り上がった気がしたからだ。
「本当に彼女は、この世から消えていたんです。
表向きは、離婚したあと、失踪したということでしたが。
それを知った私は確信しました。
あの骨は彼女なのだと。
私に僅かばかりあった霊感がそれを突き止めたのに違いない。
そう考えました。
だけど、私は彼女を殺し、人体模型に加工した男を摘発することはしなかった」
「犯人であり、その女性の夫である人物は、その模型を寄付をしてくれたというご友人ですか」
「そうです。
私は彼が嫌いでね。
いや――
嫌いだったんですよ」
校長の表情は話が確信に迫るにつれ、何故か和らいでいった。
いつかこうして、誰かに話す日を待っていたからかもしれないと思った。
「彼女と結婚したから、嫌いだったんですけど。
彼女と結婚したからこそ、同情もしていました。
ひどい女だったんですよ。
私もしばらく付き合ったんですが、手ひどく振られましてね。
それがあいつと結婚することになって。
あいつを恨みもしたし、哀れにも思った――」
「随分と魅力的な方だったんですね」
校長の口調に未だに忘れがたいものを感じ、そう言った。
校長は思い出すように、少し笑う。
「私は何もしなかった。
彼女の無念を晴らしてやることも――。
私を惨めに捨て去った彼女に対する復讐だったのかもしれません。
やがて、あの骨格標本が動くという噂が立ち始めました。
単にあの手のものを見ると、そう言わずにおれない子どもたちの習性だったのかもしれない。
でも、私は憤りました。
何故、私の前でだけ動いてくれないのかと。
そして、気づいたんです。
いつの間にか、霊が見えなくなっていた自分に。
私は愕然としました。
もう霊としての彼女すら見ることはできないのだと気がついて」
彼女はもう生きてはいない。
逢う手段は、霊としての彼女を見ることだけなのに、それさえも取り上げられたと思ったようだった。
「これが彼女の復讐なのかと思いました。
彼女を殺した人間を突き出さないでいる私に対する。
彼女はわかっていたんです。
私が彼女を恨みつつ、まだ愛していることを。
私は、夜毎、校舎を彷徨い続けています。
十年も二十年も。
彼女が殺されていると気づいてからのこと。
彼女と別れたときのこと。
何もかも、違う道があったのではないかと後悔しながら」
ひとつ息をついて校長は言った。
「でも、家で呑気にテレビを見ているときや、明るい日差しの下のグラウンドに立っているときなんかは、ふと、正気に返ったように思うんです。
何もかも自分の思いすごしで。
彼女は単に厭な夫から逃げただけで、何処かで平和に暮らしているんじゃないかと」
「いや――」
と槻田が口を開いた。
「その女性は殺されていると思います。
だけど、その人体模型はきっと彼女ではない」
七月は槻田を振り返り見上げた。
あの模型の幻には、確かに人の気配があったと思ったが――。
「だけど、貴方がそう思い込むように、恐らく、本物の彼女の骨に似せて作ってあったのでしょう」
「どうして、そんなことしたの?」
槻田がやったわけではないが、まるで、見てきたように言うので、つい、そう訊いてしまう。
「半分は嫉妬で、半分は自分の罪を暴いて欲しかったからじゃないのか?」
そういうもの? と槻田を見上げる。
そんな自分を彼は少し淋しそうに見ていた。
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる
まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」
父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。
清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。
この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる