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秋 終章 帰還 ~そして、はじまりのひと~
焼却炉
しおりを挟むそろそろ冷たくなってきた風が校庭の隅にしゃがんでいる七月の頬を撫でた。
山のようになっている灰に、元は赤かったと思われる錆びたスコップを突き立てる。
家からわざわざ持って来たものだ。
何度か掘ってみたが、舞い上がる灰に咳き込んだあとで、七月は手を止め、溜息をついた。
「なにやってんだ。
日曜だぞ」
最近、特によく聞く気がする声に、七月は振り返った。
「……『しょうきゃくろ』」
そう呟くと、槻田は眉をひそめる。
「林葉先生、最後、そう言わなかった?」
槻田は少し考える風な仕草をする。
あのとき、『証拠』という英嗣たちの言葉に反応し、林葉は頭を抱えた。
そして――
『……こ……』
『え―』
『……こ。
しょうこ しょうこ しょうこ しょうこ
しょうこ しょうこ しょうこ』
『先生!』
『あれは何処だ――
矢部……
しょうきゃ』
「焼却炉」
と七月は立てた人差し指を横の今は使われていない焼却炉に向かい倒す。
焼けて錆びた古い焼却炉の中はカラだったが。
すぐ側にある四角くブロックで囲まれたエリアには中から掻き出したらしい大量の灰が積まれていた。
槻田は懐疑的な顔を見せはしたたが、
「まあ――
学校内なら、焼却炉かな」
とおおまかなところで同意する。
横に腰を下ろしてきた。
「……人が見たら、二人でなにしてんのかと思われるわよ」
「教師が落し物をした生徒に付き合って捜してるとでも思うだろ」
「弥生たちは思わないと思うけど」
もう彼女たちには、バレバレだ。
だから、もう別れているのとだということも伝えておいた。
灰を見ながら、
「なんの証拠だろうな」
と呟いた槻田の横顔を見て、どうした? と問われる。
「いや――
何がよかったのかなあと思って」
そう言い、スコップをもう一度手に取った。
不穏な気配。
真横から殺気を感じる。
最近、槻田は敏感だ。
それでも、七月は槻田の顔を直視しながら言った。
「貴方の何処がよかったのかしらと思ったのよ」
一応、確認するように槻田が問う。
「……誰が」
「私が」
本人に向かって言うな、という顔をしていた。
しかし、槻田は口に出すことはなく、深く溜息をつくと、無言でスコップを奪った。
灰をよけてみている槻田を膝に頬杖ついて眺める。
しばらく、ざっ、ざっ、という灰を掘り返す音だけが響いていた。
グラウンドも静かだ。
テスト週間だからだろう。
「そういうものかとお前が訊いてきたとき」
こちらを見ずに、槻田はそんな話を始めた。
「お前はやっぱり、俺のことは好きじゃなかったんだと悟ったよ」
「それ、いつ?」
槻田は一瞬、答えてやるまいか、という顔をしたが、結局、口を割った。
「人体模型の話を校長としたときだ。
なんで、相手の男が此処にわざわざそれを持ってきたのかって話のとき。
お前は、その男の心理がさっぱりわからない風だった。
あのとき、実感した。
お前はやっぱり、俺を好きだったわけじゃない。
ただ、誰かにすがりたかっただけだったんだ。
そこに都合よく、俺が言い寄ってきたから、それで――」
「待った」
と七月は手を突き出す。
「誰が言い寄って来てたわけ?」
ちっともそんな風には感じなかった。
なんとなく側に居るようにはなっていたが。
「今、思えば、そうだったと言ってるんだ。
俺は――
たぶん、最初からお前が好きだったんだ。
でも、認めるのは怖かった。
だから、一度、此処での調査が終わって、離れるのを口実に別れようと思ったんだ」
きっと、それが俺の真実だ、と槻田は言う。
「ちょうどお前と真逆だな」
素っ気無い口調で槻田は付け加えた。
「貴方がそういうことを言うとは思わなかったわ」
七月はマジマジと槻田の顔を見る。
似合わない、と言うと、槻田は整ったその眉根を寄せた。
「……俺も大概情緒に欠けるが、お前はそれ以上だ」
「そういうところは好きじゃないわけ?」
からかおうと思ったわけではない。
本当にわからないから、真剣に訊いてみたのだ。
それがわかったのか、槻田は心底厭そうな顔をする。
「……この組み合わせは間違っていると思わないか」
「ええ?」
何故、自分で好きだとか言っておいて、そんなことを言い出すっ?
そう思ったとき、槻田は大真面目な顔で言ってきた。
「だって、どっちも恋愛に疎く、積極でなかったら、話が進まないじゃないか」
ま、そりゃそうかもしれないけど……と思いながら、七月は言った。
「でもさ、私が貴方に全然気がないとか言い切られると、それも淋しいものがあるんだけど」
「じゃあ、好きなのか?」
いやあ~、と七月は小首を傾げる。
他の人よりは好きだ。
でも、それはもう伝えた。
二度も繰り返すのは、恥ずかしかった。
「でも――」
何がどう、でも、なのか。
告げないまま、七月は彼を見つめる。
槻田もまた、手を止め、こちらを見ていた。
「もし、貴方の心が広いなら。
待っててくれると嬉しいかな」
私が普通の心を取り戻せるまで――。
「でも、忙しいか。
もう警察に戻るんでしょう?」
そう言うと、
「いや、俺が追ってたのは、ほんとに帳簿の方だから」
と言う。
「そうなの?」
「……仙石さんの私怨らしいんだ、そっちは。
だから、解決しなくても別にいいらしい」
そんなのありか、日本の警察、と思っていると、
「俺を警察に留めておくための理由だったんだと思うよ。
俺が七竈のことを調べたがっているのを仙石さんは察していたから、此処の横領の話を出してきたんだと思う」
と感慨深く言う。
「……横領って。
貴方の部署、何処なわけ?」
「クビになりかけたから、人事預かりになってる」
一体、何をやったんだろうな。
頑固そうだからな。
「貴方と結婚した人には、安定した未来なんかなさそうね、意外と」
「別に。
警察をやめても、何かして働くよ。
キャリアの妻じゃなきゃ厭とか言う女は願い下げだし」
降るように来ていた見合いの話もなくなったと言う。
「教員は?」
「え?」
「教師になったら?」
「……今の職は、本当は英嗣が得るはずだったものだ」
「私立って、教員免許いらないんじゃなかったっけ?」
「免許はある」
それに、だいたいのところは要るだろ、と言う。
「教員になる気だったの?」
「何か堅い職業につこうと思ってたんだ。
だから、取れる免許は一応、一通り取った」
親御さんがいろいろあったようだから、その反動だろうかと思う。
彼と英嗣の親はどんな人間なのだろう。
まあ、息子たちがこの顔だから、お母さん美人だろうな。
大抵、息子は母親に似るもんな。
年とともに父親寄りに変わっていくようだが。
「それにしても、証拠ってなんの証拠だろうな」
「……たぶん。
いや、だとしたら、林葉先生が死んだのも、本当は呪いなんかではないのかも」
だとするなら――
よくない想像ばかりが広がっていく。
「どんどん事件が手の届かないところに向かってってる気がするわ」
「お前の手の届く範囲って何処だ?」
「……霊の出る範囲?」
呪い殺すなら、自分の範疇だが、人間の手による殺人事件は範疇外だ。
立ち上がり、溜息をつく。
槻田を見下ろし、任せた、と言いたくなった。
「白骨死体と、白骨模型の行き先もわからないしなあ。
あれも気になるのよね。
模型は或る日、いきなりなくなったって校長言ってたわよね。
どうやって、部外者が入り込んで、模型を持ち出したのかしら」
そこで、爪先立ちをして、北側の校舎の方を見ながら、
「七竈の紅葉、奇麗になったわね」
と呟く。
葉と実の紅さが目に染みるようだ。
槻田が、
「お前、七竈の前で人殺すのやめろよ」
と言い出した。
いやいや、あれ、私の意志でやってるんじゃないから……。
「帰ろっか。
お腹空いたし」
そこで、七月は辺りを見回す。
「そういえば、あれから、パンダ見ないんだけど」
こちらに戻ってきてから、パンダの佐藤を見かけない。
あの空間に置いてきてしまったのだろうか、英嗣の代わりに。
同じことを考えたようで、槻田は七月の肩の辺りを見ている。
「……居るのか?」
「さっきから、何も言わないのよ、趣味が悪いわ」
何故、趣味が悪いと言われたのかわかっているようで、英嗣はこらえきれずに吹き出した。
七月はあらぬ方を見て叫ぶ。
「居るなら居ると主張しなさいよ!
居ないと思って、べらべらしゃべっちゃうでしょ!」
『気を利かせてただけだけど?』
絶対そうではないと思われる笑いを含んだ口調で英嗣は言う。
「……お前、ずっと居るつもりか」
話している内容を察した槻田が疲れたように呟く。
「もう、なんでもいいから行くわよ、二人とも。
好きなものお供えしてあげるから、英嗣さんも来て」
と空を見上げるが、たぶん、居るのはそこではない。
『来ても何も、離れられないんだけどね、君から』
七月はまだしゃがんでいる槻田の腕をつかみ、行きかけた足を止める。
「自分の意思で憑いてるんじゃないの?」
『いやいやいや。
勝手に引っ張られたんだよ、君の力に』
槻田が溜息をひとつついて言う。
「こいつの話はなんでも、半分に聞いておけよ」
「……なんかどっと疲れたわ。
やっぱり、甘いもの食べたい。
あんみつ食べたい……」
そう呟くと、二人は声をそろえて言ってきた。
「俺はあんこは嫌いだな」
「僕、あんこ嫌いなんだよね」
「こんなときだけ、意気投合しないでよっ。
行くわよ、もうーっ。
ほら、立ってっ!」
七月は槻田の手をつかみ直し、英嗣の手をつかもうとして、こちらはつかまなくていいのだと気づいた。
便利なような――
いや、どうだろな……。
そんなことを考えながら、三人で七竈の前を通る。
風に揺れる紅い実を見上げたとき、微かに猫の鳴き声が聞こえた気がした。
振り返り、地面を見つめるが、今、そこから這い出してくるものはない。
『矢部……
しょうきゃ』
林葉の言葉を思い出しながら、七月は視線を七竈から空にスライドさせた。
呪いなどという言葉から、もっとも遠くにあるような秋晴れの空だった。
つかんでいる槻田の手のぬくもりを感じながら、七月はひとつ大きく息を吸い、グラウンドを後にした。
『七竈 ~秋~』完
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