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神隠し
貴女、だれ――?
しおりを挟む広い座敷に通してもらい、みんなでメニューを覗き込んでいた。
「あるじゃん。
言ってたメニュー、ラーメンも」
と沙智が言う。
だが、店内を見回す霊は、
「……此処じゃねえなあ」
と呟いていた。
「違うって」
と言うと、ええーっ? と全員が顔をしかめる。
せっかく保護者も付いたことだし、堂々と店内で何か食べようと思っていた彼らは、当てが外れた顔をする。
「もう此処でいいじゃないか」
と言う三橋を、
「食べに来たんじゃなかったでしょ」
と言い聞かす。
まあ、何か頼んでから出ないと悪い感じはするが。
目的の場所でない以上、そう長居は出来ない。
「違うって何が?」
とおしぼりで手を拭きながら、百花が訊く。
それに被せるように、ひよりも訊いて来た。
「それより私が気になってるのは、そこの間は、なんで空いてるのかってことなんだけど」
自分と三村の間に置かれた座布団の上に、誰も居ないことが気になっているようだ。
霊の人の前に何もないのも悪いかと思い、自分の分の水を少し彼の方にずらすようにして、置いているのも、ちょっと不自然だったのかもしれない。
「えーとですね……」
「見えない人が居るんです」
弥生が言った。
あっ、おしゃべりっ、と思ったが、まあ、仕方がない。
あれだけ、ごちゃごちゃひよりの滑舌が悪いのどうのと文句をつけていたくせに、結局、弥生が一番ひよりとしゃべっていた。
「詳しくは話せませんが……。
霊っぽいものが居るんです」
声を落として言う弥生の言葉に、それだけで、かなり詳しい気がするが、と思っていると、ひよりは、
「あら、そうなの。
なんだか二人が意識し合ってて、そこだけ空いてるのかと思ってたわ」
などと言い出す。
「とんでもないっ!」
と否定したのは、自分たちではなく、三橋だった。
そこで、何故か、陽菜が笑うのが見えた。
「七月ちゃんは、違うわよね」
と百花が曖昧に言うと、沙智が、
「大丈夫ですよ、百花さん、みんな知ってますから」
といらぬ口を挟む。
「あら、最近の学校って、オープンなのね」
「そんなこともないですよ」
と切って捨てるように三橋が言い、みんな笑った。
頬杖をつき、みんなの様子を見ていたひよりが、ぼそりと言う。
「なんかいいわね。
学生時代って、こんなだったかしら」
「こんなだったでしょ」
と百花が苦笑いして答えていた。
ひよりの性格からいって、楽しい学生時代を過ごしていそうだが、それを覆い尽くすほどの重苦しいものが、彼女の上にのしかかり。
すべての記憶と感情を塗り替えてしまっている気がした。
「楽しかった気もするけど――
戻りたいとは思わないわね、もう」
そう淡々とひよりは言う。
「まあ、呑んだら?」
と百花が言った。
「私は呑めないけどね……」
と付け加えながら。
「あれっ?
百花さんは呑まないんですか?」
と時子が訊く。
百花の代わりに、ひよりが答えた。
「この人、今から仕事なの。
私は、今、終わったの」
「変則的なんですねえ」
「前の局で、私が朝の番組やってたときよりはマシよ。
二時とか三時とかに起きるんだから」
「それじゃ、職場の人としか、遊べないですねえ」
と時子が溜息をつきつつ言う。
「なあなあ」
と霊が腕をつついてきた。
「訊いてくれよ。
もう前の局には戻らないのか」
「……そんなプライベートなこと訊けるもんですか」
「えーと……。
七月ちゃんだっけ?
誰と話してんの?」
と目をしばたたいたひよりに訊かれる。
「はあ。
あの、うちの学校のトイレに居た霊の人です。
ひよりさんのファンなんだそうです」
と見えないだろう横を手で示し、言うと、その霊の人は赤くなり、
「よせよ、お前。
トイレに居たとか言うなよ」
と恥ずかしがっている。
ひよりにも初対面で自分たちにぶちかましたみたいに言えばいいのに、この差はなんだ、と思いながら見ていた。
「そうなの。
それはどうも、ありがとう」
とひよりは、見えない霊に向かい、手を差し出す。
霊は感激のあまり、握れなかったようだが、どのみち、ひよりには見えていないことだろう。
「さすが、霊にもファンサービスを忘れないんですねえ」
と沙智が感心したように言う。
沢木ひよりには、霊は見えない、か――。
じゃあ、やっぱり、彼女が見た佐竹の霊は、彼女が作り出した幻だったのか。
そんなことを考えていたとき、ひよりが言った。
「ねえ、霊が見えてるの、七月ちゃんだけなの?」
少し迷いながら、三村が手を挙げる。
「なるほど。
そこの二人だけなのね」
ひよりは何か物言いたげだった。
「さすが、霊にもファンサービスを忘れないんですねえ」
と沙智が感心したように言う。
沢木ひよりには、霊は見えない、か――。
じゃあ、やっぱり、彼女が見た佐竹の霊は、彼女が作り出した幻だったのか。
そんなことを考えていたとき、ひよりが言った。
「ねえ、霊が見えてるの、七月ちゃんだけなの?」
少し迷いながら、三村が手を挙げる。
「なるほど。
そこの二人だけなのね」
ひよりは何か物言いたげだった。
結局、ひよりたちは、そのままそこで呑むことにしたらしく、電話で他の店を見せてもらえるよう、手配してくれた。
ひよりの口調はそう優しげでもないが、やることはかなり親切だ。
自分たちが店を出るときには、入り口まで見送ってくれた。
「じゃあ、今度、見学にいらっしゃいよ。
百花に事前に連絡しといてくれればいいから」
すっかり打ち解けたらしい弥生にそう言っていた。
はい、と弥生は嬉しそうに頷いている。
そのまま、ぞろぞろと隣の店へと向かうみんなに付いて行きかけたとき、
「七月ちゃん」
と呼ぶ声がした。
夕暮れの日差しの中、ひよりが斜めにかけられた店の赤い垂れ幕の前に立っている。
先程までの笑顔を遠く感じる、真剣な瞳だった。
黄昏どきには、人の顔がよく見えない。
だから、身近にあったはずのものが異界のもののように感じられてしまう。
今のひよりも、違い世界に足を突っ込んだ人間のように思えた。
さっきまで、誰より現実的な社会人だと感じられていたのに。
「七月ちゃん。
私じゃなかったの」
「えっ?」
「七竃の噂を作ったのは、私じゃなかったの」
ひよりは腕を組み、俯いた。
自分の中で、何か整理しようとするように。
そのまま背を向けてしまいそうに思えたが、彼女はもう一度、顔を見上げて言った。
「七月ちゃん。
貴女、だれ――?」
自分がひよりを見つめるのと同じような視線で、百花が彼女を見つめていた。
今まで見えていなかったものが見えたとき、友達をとても遠くに感じることがある。
きっと、百花にとって、今がそう――。
そして、私もまた、そういう瞬間を何度も彼らに与えてしまっているのだろう。
そんなことを思いながら、仲間たちを振り返る。
「この狸に見覚えはないかと、そこの霊に訊いてみろよ、三村」
三橋は隣の店の前の、信楽焼の狸の頭を叩いていた。
「うるせえっ!
ぶっ殺すぞっ!
――って言ってるよ」
はは、と三村は笑っているが、いつも温厚な三村の口から、そんな言葉が出ると、なんだか怖い……。
それでも、そっちを見ながら笑っているうちに、ひよりたちは中に入ってしまっていた。
だが、自分の目には、まだあの垂れ幕の前に、ひよりの姿が見えていた。
いつまでも残る影のように。
『七月ちゃん。
貴女、だれ――?』
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