七竈

菱沼あゆ

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神隠し

ずっと何かに追われてたんだ

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「駄目だ~……」

 ぼそりともらした沙智の言葉に、水を足しに来てくれた店長の肩がびくりと震えた。

 ひよりの口聞きで、現役高校生が取材のために、メニューと味を見に来たことになっている。

 そのせいで、わざわざ店長が何度か愛想良くやってきてくれていたのだが。

「……これ、絶対、駄目だよね」

 沙智は味見していたラーメンを時子の許に押しやった。

 一口食べて、彼女も顔をしかめる。

「違うね」

 沈痛な口調に、店長の表情も沈痛になる。

「いや、あの……
 まあ、うちはラーメン屋じゃないんで」

 ははは、と引きつり笑いをしながら、店長は弁解をはじめた。

「ほら。
 呑んだときに、ふと食べたくなるでしょ? ラーメン」

 動揺している店長は、全員高校生だということも忘れて、そんなことを言い出す。

「そんなとき、ちょっと腹を満たすのに、と思って、置いてるだけなんで、あの――

 そうだ。
 うちの軟骨の唐揚げ、お薦めなんですよ。

 ちょっと変わったスパイシーな味付けで――」

 その言葉に、ますます全員の表情が曇る。

「もっとスタンダードなのでいいんだけど……」
と沙智が呟いた。

 絶望的な表情を店長が浮かべたとき、横からラーメンをとって食べた弥生が叫んだ。

「うん!
 こりゃ駄目だ!」

「ええっ!?」

「すっごい美味しいっ!
 居酒屋なのにっ」

 店長は困惑の混ざった笑顔のまま、止まっていた。

「あの、気にしないでください。
 美味しいそうです」
と七月が言うと、店長は、

「……はあ」
と言いながら、小首を傾げながら行ってしまった。

「美味しいよ、このラーメン!」
と繰り返し、弥生は見えない霊に向かい、器を突き出す。

「これを死ぬ前に食べたら、成仏出来てたかもしれないですよっ」

「いや、だから、あの――
 ラーメンのせいで成仏出来なかったんじゃないと思うんだよね」
と三村が苦笑いして言っていた。

 霊は、いい匂いのするラーメンを前に、考え込んでいる。

 自分もだ。

 ひよりの言葉が気になって仕方ない。

 彼女のところに戻り、詳しく問いただしたい気分だった。

「なに考えてるんですか?」

 七月は霊に向かって訊いた。

「……いや。
 俺は、逃げてた気がするんだ」

 何かから―― と思い出そうとするように霊は言う。

「ずっと何かに追われてた。
 それで……逃げ込んだんだ、あのトイレに」

 何かとてつもなく、恐ろしいものだ、と霊は言う。

「とてつもなく恐ろしいって言ったら、人間ですかね?
 霊じゃないですよね?」

 霊のやることなんて、生きた人間の所業に比べれば、たいしたことではない。

 七竃の下で、人を惨殺したり、されたりしている自分そっくりの幻も、見て恐ろしかったり不快になるだけで、特には――

 ああ、ちょっと呪われたりするかもしれないけど、と思ったあとで、七月は訊いてみた。

「それ、思い出せないですか? 追って来たもの」

「それは思い出せんが……。
 ひとつ思い出したことがある」

 霊は記憶を手繰るような顔をして言う。

「俺がトイレに隠れる前。
 そんな時間じゃなかった気がするのに、教室の時計が、4:44になっていた」

「え?」

 三村も息を詰めて、こちらを見ていた。

「あの……

 貴方は、何処から来たんですか?」
と七月は訊いた。
 
 男は少し考え、

「逃げて来た。

 そう――

 確か……」

 男は最初に、ぶっ殺すぞと叫んだときからは想像もつかない顔で、ちょっと困ったように言った。



「あんたの居た場所から――」
 
 


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