七竈

菱沼あゆ

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神隠し

誰かの声

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 矢部さんの言い方って危険だからなあ。

 三村は苦笑いしながら、七月の言動を一挙手一投足見逃すまいと、見つめていた。

 いつ、霊に変な公約をさせるかわからないし。

 いつ、ろくでもないことを言い出して、ショックを受けさせるかわからない。

 そのときには、せめてものフォローを入れたい、と三村は七月を見張っていた。

 好きな女の子でも、こんなに見つめたことはないという程に。

 そのとき、背後から声がした。

『……殺せない』

「え?」
と三村は振り返った。

 殺せない、その呟きが闇に浮き上がるように残っている気がした。

『殺せない。
 その人には。

 私を殺した男ほどの狂気が、彼の目にはないから』

「……矢部さん」
と呼びかけ、肩をつつくと、まだ何事か考えていた七月が振り向いた。

「誰かなんか言ってる」

「えっ、誰?」
と訊き返して、こちらの目線を追うように、視線を彷徨さまよわせる七月には、その声は聞こえないのか。

 或いは、今、単に注意散漫だったのか。

「誰かが、この人には人は殺せないって言ってるみたい。
 目に狂気がないからって」
とトイレの霊を手で示す。

「目に狂気がないのが根拠?
 それはどうだろ。

 なくてもやるわよ。

 ええっ!? って人が突然やったり。

 ……凄く静かに、殺す人も居る。
 まるで茶道の御点前おてまえみたいに。

 次にするべきことが決まってるみたいにね」

 そう言う七月の頭には、誰かの人を殺す瞬間の瞳が映っているかのようだった。

 霊が見えるとかいうことだけじゃない。

 七月の目には、自分とは全然違うものが見えている。

 違う世界を見て来た彼女の世界に、僕らの経験で追いつくのは不可能だ、と思う。

 こうして、共に行動することが多くなったとは言え、七月の見ているものと自分たちの見ているものの間には、未だ、かなりの差がある。

 だが、その隔たりは、七月と槻田の間にはない気がしていた。

 それ故の近さなのかな、この二人。

 しかし、その想定で行くなら、七月と英嗣の距離もまた近い気がするのだが。

 まあ……英嗣さん、死んでるし。
 矢部さんのおねえさんが好きなんだろうから、問題ないかな。

 そんなことを考えていたとき、七月が言った。

「もしかして、あのOLの人?」
「え?」

「だって、三村くんだけに声が聞こえたんでしょう?」
と言う。

「……自分を殺した男ほどの狂気がないとか言ってたよ」

「殺されたんだったのかな、あの人。
 そっちの犯人は捕まったのかな」

 何も解決していないのに、七月はまた新たな事件に首を突っ込もうとしていた。

 やめて、矢部さん……。

 そう言いたかったが、霊とはいえ、珍しく自分を気に入ってくれている女性の手前、貴女の事件まで首を突っ込む余裕はないです、とは言えなかった。

「さっきから俺の話をしてるようだが」
とトイレの霊が言い出した。

「大丈夫だ。
 かばってもらわなくても、俺は確かに女をナイフで襲おうとした」

 いや、全然、大丈夫じゃないです……。

 言いたいところのことはわかるが、言い方がおかしい、と思った。

「俺は夜道を歩いている女をナイフで襲おうとした。

 そのとき、現れたさっきの男が、俺のナイフを取り上げ、俺の身体を捻って投げ飛ばして、地面に叩き付けたんだ。

 そして、再び、起き上がって来て、飛びかかろうとした俺をナイフの柄で殴りつけた」

 その後の記憶がない、と男は言う。

「いや、待って待って。
 だったら、あの人、やっぱり、いい人なの?」

「さあな」
と霊は言った。

「死んだあとも執拗に霊体の俺を追いかけ回していたようだし。
 正当防衛だったら、隠す必要もないのに、俺の死体、隠してたようだし」

 うーん、と七月は唸る。

「いい人、悪い人って括りがそもそもおかしいのかしらね。

 ところで、トイレの人。
 そこまで思い出したのなら、自分の名前も思い出せた?」

 いや……と彼は口ごもる。

「なんで、女性を襲おうとしたのかは?」

 いや、と男は繰り返し、七月は腰に手をやり、溜息をもらした。




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